極める

(その九)


何気なくテレビのニュースを見ていたら、篠田桃紅さんが出ておられた。
前衛書家である。

もう、四十数年も昔、あるお宅に伺った時、桃紅さんにお会いした。
お会いしたというより、そこに桃紅さんが居られたというべきか。

背がすらりと高く、毅然とした感じで、和服の帯を低く締めた美しい方
だったと記憶している。

当時私は未だ筆など持つ事もなく、桃紅さんのことも知らなかった。
後に、その書を拝見して驚愕した。
シャープな線で書かれた絵のような文字だった。

まさに前衛書道だった。切れ味鋭いその書を拝見しながら私は、あの夜
の桃紅さんを思い出していた。

テレビの画面で、皇后さまと話しておられる桃紅さんは、年配になられ
てはいたが、やはり、和服で低く帯を締め昔日の桃紅さんだった。

何の道にしても、一つの道を極めるのは大変なことだ。
勿論才能がなくては駄目だろうが、毎日の努力の積み重ねの結果だと
思う。

私の師匠は、もう故人になられたが、居合抜きの達人であり、哲学書を
読み、仏教の本を読む方だった。
その書は、鋭さの中に温かみと優しさに溢れ、実に品のいいものだった。

その道に研鑚を積むのは当然のことだが、それに人間性とその生き方が
裏打ちされなくてはならない。ならないというより、裏打ちされたものが
結果として現れてくると私は思う。

私の一生は結局なんだったのだろう。何一つ出来ていないじゃないか。
漫然と日々を送る私だが、毎日反省している。

ーーーーーーーー『反省だけなら猿でも出来る』ーーーーーーーー


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