マーちゃん


(その十五)


マーちゃんは不思議な人だった。

実は私の従兄なのだが、相当歳も離れていたと思う。
私が小学生の頃、大学生だったのだから一回りより
もっと上かも知れない。

私の父は官吏で一見謹厳そうだったから、当然家庭
も真面目で、これといった記憶もない。
私が九九を覚えられなくて、父親に鉛筆で頭を叩か
れたこと位か。

マーちゃんは、東京の大学に行っていて、時々帰って
きていた。
ある日、遊びに行った私にギターを弾いてくれた。
「早苗ちゃん、コップを持ってきて」とマーちゃん
が言った。興味津々で見ていた私は、コップを使った
その音色に驚いた。

なんとも美しい音だった。夢のような音だった。
「ハワイアンギターの音だよ」というようなことを
言ったと思う。(60年以上も昔の記憶なのではっ
きりしないが)

潤んだような大きな目だった。美しい顔をして、偶に
ぼそっと面白いことを言う人だった。エノケン一座に
誘われたと言っていた。結構三枚目だったのかも・・

学生服の下にだぶだぶの白っぽいズボンを履いた写真
を見たような気がするが、なかなか粋でスマートだった。

戦後、東京の何処だったか、マーちゃんの家に遊びに
行ったことがある。何十年ぶりかで駅で会ったのだが
私にはすぐ分かった。潤んだ大きな目は其の侭だった
「おぅ早苗!」雑踏のなかで手を挙げていた。

しかしあの頃のこと、酷い家だった。
「早苗に天下一品のカレーをご馳走するよ」といって
自分で作ってくれた。「インドカレーだよ」・・・

娘が二人いた。下の子は“みちる”といった。
「青い鳥」から取った名前だといっていた。
上の子の名前は忘れたけど、まさか“チルチル”じゃ?

一生、青い鳥を探していた人だったのかも。

私がマヒナスターズのムード曲が好きなのは、和田 弘
の弾くあの音色が、60年前に聞いた、マーちゃんの
あの音色に似ているからかもしれない。(15・8・30記)


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