月の初めに想う |
これから書くことは、少々脳の状態も怪しくなった八十一歳の老婆の戯言です。 六月末に亡くなった夫の遺品を整理していたところ、吃驚仰天とんでもない物が 出てきました。 ざっと六十年も昔に、私が彼に宛てた手紙の束が一塊り。二年半分それも日付順 にきちんと纏められているじゃありませんか。 なにしろ三日置き位に出しているので、一体何を書いているのかと、我ながら不 思議に思いながら読んでみましたよ。 六十年分の湿気を吸って固まっている封書は、まだ結婚前の私が、食うや食わず で東京で苦学していた彼を励ましたり健康を心配したり、それはそれはいじらし いものでしたねぇ。 自分の仕事のこと、世話になってる叔母夫婦の揉め事などまで、自分はどう考え ているかとか、そんなことを細かく報告しているのですね。 彼は筆不精の上、忙しくて返事も碌に無かったらしいのね。 それでも、若干二十二・三のうら若き乙女の私は、 「いいのよいいのよ、貴方はお仕事とお勉強でお忙しいのですから、私へのお返事 なんてまったく気になさらないで。でもお体には充分気をつけてくださいね」・・ などと、殊勝なことを綿々と書き連ねておりました。 なにより面白かったのは全部、歴史的仮名遣いと旧漢字だったの。 時代を感じましたねぇ。 あれだけ引っ越しを重ねてきたのに、どうやってこの手紙の束を私にバレないよう に荷物に潜ませたのかと、それが不思議でなりません。 私は今回発見するまで、自分がこんなに手紙を出していたことすら忘れていました 。ハハハ♪ 二十年前のまだ若々しい彼は、いつも悪戯っぽく私を見て笑っています。 若しかしたらあの手紙束のこと、彼はとっくに忘れていたのかもしれない。 大事に取ってあったわけじゃないのかも知れない。 でもあの大発見以来、私はとても幸せです。 この上もない幸福感に満たされています。(H.23.9.1記) |