来し方を想ふ


(10) 息子達が生を享ける為の序章


平成十八年の秋の始まり。いつもこの部屋にいて
任天堂DSの「脳を鍛える大人のトレーニング」
を着実に毎日欠かすことなくやって、トレーニング
終了のハンコを毎日貰っている夫。

「要支援」の体になってからは、外を歩くことも
無く、この部屋で健康器具を使って、これも毎日、
同じ時間に、同じ回数、きっちりこなしている。

「任天堂DS」のこのトレーニングのチップは、
何時の間にかレベルアップして、もう三個も使って
いる。
これに疲れると、うとうとまどろむ。
目覚めると本などを読んでいるが、またDSを
始める。一日にこなす量を決めているのだろう。

このDSのトレーニングはいろんなジャンルがあり
結構難しい。
記憶物や数字物は夫の得意中の得意だが、私には
苦手中の苦手だ。頭がパニックになってしまう。


終戦時、海軍の学校の生徒だった夫は、いつも細身
の紺色のズボンを履き、洗い晒しの白いワイシャツ
を着ていた。
あばたも笑窪とやら・・神経質そうな細い指まで
素適に見えちゃって・・・(^.^)

ある夜、パイオリニストの岩本真理さんの演奏会に
行った。深紅のドレスに深紅の靴を履いた彼女は
とても美しかった。
ロマンティックな気分も抜けやらぬまま、会場を出
て生垣の根元に腰を下ろした私に、
この「あばたも笑窪」が囁いた。

「僕と一緒になってください。僕は生活をエンジョイ
することだけは自信があります」

爾来半世紀あまり・・・・・
ある日、この話をしたら、彼は「覚えていない」と
ぬかした。そうでしょう、そうでしょう・・・・・。
エンジョイしたのは結局、己ひとりだけだものね。
(H.18.9.24記)


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