句、折にふれて

(十)

山茶花のはらはらと散る開戦日

12月8日です。もう61年も昔になりました。しかしこの日を
忘れた年は一度もありません。沢山の犠牲者が、空に、海に、
ジャングルに、凍土に。  銃弾にやられ、飢えに苦しみ、空襲
でやられ、そして、外地からの引揚げの苦しみ。戦後の苦しみ・

戦場と化した沖縄でのあの悲劇・・・・・。
嗚呼、そして、広島・長崎の原爆犠牲者の方々・・・・・・



雑炊に入るるもの無き戦後かな

雑炊といえば体裁はいいですけど、手に入るもの・・何がありまし
たかねえ。薩摩芋(買出し列車ですこしばかり手にいれて)南瓜?
汁の中で形を探すのがタイヘンでした。





風花や駅弁を買ふ声せはし

時代は変わりました。旅行に出ると、楽しみの一つに駅弁があります
旅は鈍行列車で行きたいですね。“弁当 弁当〜”早く早くゥお茶も



酔ふほどに話膨るる鮟鱇鍋

鮟鱇というと、あの肝から連想すると、とてもエネルギッシュな感じ
ですね。話もみなそれぞれ薀蓄を傾けて・・・・。



冬の夜駅前タクシー溢れゐて

最近は不景気で、タクシー乗り場にはタクシーが一杯です。昔は、
順番待ちで、お客のほうが列を作っていたものですけどねえ。



討ち入りの朝もかくやと雪降りて

まあ吃驚しましたねえ。朝起きたら大雪なんですよ。初雪でした
しんしんと降る雪を呆然と見ていたら、突然、赤穂浪士の討ち入り
の朝ってこんな風だったのかしらなんて、ふっと思いました。12月
だからでしょうか。あれはたしか、12月14日でしたか?



搗きたての餅丸めゐる卒寿かな

もう間もなく今年も終わります。昔あるところで(おや、昔話みたい)
若い連中が湯気の中で、威勢良く餅つきをしていました。女衆は、
お婆さんを中心にして、お餅を丸めるのに一生懸命だったのです。
真っ白な割烹着のお婆さんは、なんと九十歳だということでした。



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