ふり返れば


(その四)


そうですねえ、長崎県の小さな漁村に家族六人たどり着いた
のは昭和21年の四月の初めでした。

広島の大竹港に入港して一週間足止めくって、やっと出発を
許され駅の大鏡に自分の姿を写して仰天しました。そこに立
っていたのは長い髪を垂らして黄色い顔をした幽鬼だったか
らです。

列車に乗り込むのがまた大変。まだ五十代だった父は窓から
私達を押し込みました。それでも、鈴なりの列車の窓の外に
は長閑な田園風景が広がり、満開の桜が私達を迎えてくれて

いました。

「サイタ サイタ サクラガ サイタ」
同世代の方は覚えていらっしゃるでしよう。
そう、一年生の国語の教科書で最初に習うページでしたねえ。

本物の桜を生まれて初めてみました。
“あぁ日本だ、日本に帰って来たんだ”私は胸を熱くして
見入っておりました。

父の親戚の家に転がり込み、納戸の二階に落ち着くことが出来
ました。
母は、南瓜を一個どこからか買ってきて、家族六人の食事を作
りました。南瓜一個の入った「すいとん」です。美味しかった〜。




ある日、納戸の二階の我が家で、てすりに凭れて兄が口ずさんで
いました。

「泣くな 妹よ 妹よ泣くな〜
な〜けぇば〜 おさな〜いぃ ふたり〜し〜てぇ
こきょう〜を す〜て〜たぁ かいが〜な〜い〜〜♪♪」

あれから半世紀・・・

♪ な〜くぅな〜 いもとよ〜 いもとぉよぉなくな〜 ♪♪

辛い時、悲しい時、私は、いつもこの歌を口ずさんで来ました。

≪人生の並木路≫ はまだ続いております。


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