阿修羅と菩薩

(十一)

文字通り、「盆と正月」に長男は帰省してくる。

そして、田舎暮らしの私を東京の美術館か博物館、また、
私が独りで芝居見物など出来ないのを知っているので、
芝居か、ミュージカルに連れて行ってくれる。

今年は向田邦子の「阿修羅のごとく」を芸術座に観に行ってきた。


芸達者な中村メイ子も、母親役をごく自然に演じる歳になって・・
長女役の山本陽子は、流石に貫禄を見せて舞台を引き締めていた。

しっかり者の母親と三人姉妹にそれぞれ喜劇タッチで男を絡めて
いたが、ドタバタともいえる芝居の最後に、山本陽子が言った台詞
「女を阿修羅にするのも、菩薩にするのも男次第よ」

中年の女性が圧倒的に多い客席だったが、同伴の男性諸氏には
身に覚えのある人も多かったのでは?(笑)



来年三月に芸術座は取り壊されるそうだ。成るほど古くて狭いとこ
ろだった。演じる役者さんにとっては、お客と一体感が得られて、
多分いい劇場じゃなかったかと思うが・・・。

狭い廊下の壁面に、芸術座で演じられた芝居の写真が処狭しと貼り
付けられていた。芸術座の歴史だった。何十年も前の森光子そして
現在の森光子が演じる林芙美子も居た。

芝居がはねて、ちょっと一服しようかと、すぐ目の前の帝國ホテル
に入った。


隣のボックスで、いかにも企業戦士らしい男性二人と女性一人が、
書類を広げて熱心に会話をしていた。シャンデリアの下ではふさわ
しくない感じもしたが、若々しく都会的で、私は久しぶりに良い
心持ちになっていた。

「さあ、ぼちぼち行こうか」と、ロビーに出たら、おや、演奏の
準備をしているではないか。ジャズらしい。


「まだ始まらないね、行こう」と言いながら未練たらしく写真
を撮ってきた。真っ暗で情けない写真だけど・・・。16.8.10記


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