二 土曜、午後十時


 色々と考えてしまい、時間的に十分以上は長くお風呂にいたようだった。危うくのぼせそうになりながらも、なんとか部屋に戻って来れた。
「ふう……」
 ……明日、午前十時、駅前で待ち合わせ。
 私としてはもう少し早くして、なるべく人混みを避けたかったけど、相沢さんがそれだと早すぎる、ということで、十時で落ち着くこととなった。
 彼が言うのには、日曜日の朝は寝るためにあるそうで、早く起きてしまったら『いいよね増刊号』を見ることにしているらしい。つまり、十時は、彼にとってまだ睡眠時間だから早すぎる、という、いい意味でも悪い意味でも相沢さんらしい理由だった。
 日曜日だからって、生活のリズムを狂わせてしまうと、かえって疲れてしまうんじゃないだろうか。
「でも、私も、人のことは言えないか、な?」
 そういう意味では私も、日曜に用事以外で自分から外出することなんて、ここ数年無かったことかもしれない。
 そう思うと、自分の行動はかなり衝撃的だ。
「あ!」
 急に心配になり、おもむろに立ち上がると、わかっていながらもクローゼットの中身をのぞいてみた。
「やっぱり……着ていくようなものなんてないなぁ」
 買った覚えもないから当たり前なんだけど、服が殆どない。女の子らしい服なんて、それこそ皆無に近い。出歩かない分、おしゃれ着を持ってなくても必要性を感じなかったし、不満もなくて、欲しいとも思わなかった。
 でも、せっかくの機会だし……あ、この前の誕生日にお父さんとお母さんから買ってもらった……のはあるけど冬服。
「……う〜ん」
 ベージュを基調とした色柄のもの上下に、ワンポイントでリボン、日差しよけのつばが広い、白の帽子。
 結局、この前家族で出かけたときとあまり変わらない、というよりこれしかまともに外に出られそうなものが無い。
 今まではなんとも思っていなかったけど、こうなると……うぅ。今度機会があるなら買っておこう。
「ぅん……?」
 どうしてだろう?
 散歩だけなのに、いろいろ考えてしまう。
 人と会う、って服飾とかいろいろなことをあれこれ考えてしまうものなんだ。
 そんな他愛も無いことを楽しいと感じる。
 こんな気持ち、すっかり忘れていた気がする……。
「……」
 きっと、少し違う。
 もしかして『相沢さんと会う』ということが、特別なのかもしれない。
 そう……。
 あの子と会うのが特別だった、あのときのように。
『みしおは、春が来て、ずっと春だったらいいと思わない?』
「なつかしい言葉……だったなぁ」
 私は机に向かうと、鍵がついている引き出しを開けてみた。
 そこは、スペースのわりに殆ど何も入っていない。その中に一つだけ、ぽつんと置いてあるもの。それは指輪、だった。あの子が私にくれた……バースディプレゼント。
  つい、と指輪をつまんで、それを眺めると、あの日のことを思い出す。
 そう……あの子と出会った、あの日のことを。

第三章 あの、思い出

SSのページへ戻る