| 「ねえ、サッカー部の佐藤先輩って可愛くって素敵だよね〜」 「やっぱり!? 私もそう思うの! あんなに可愛い顔をしているのに、サッカーをやっているときのキッと引き締まった顔が、またいいのよね!!」 「うんうん、それに、あんなに格好いいのに、特定の彼女がいないんだって!」 「えっ!? ほんとに!?」 「うん、実はさぁ…」 と言って、耳のそばに口を近づける。 「(佐藤先輩、女の子みたいに可愛いじゃない? それでね、佐藤先輩とすっごく仲が良い幼なじみがいるの。男の人なんだけど、一時期その人と男同士で付き合っているって噂が立ったのよ)」 「(ええっ?! 佐藤先輩って、まさかホ…むぐっ!?)」 片方の女の子がもう片方の女の子の口を塞ぐ。 「(ばかっ! そんなこと言ってないでしょ? そうじゃなくって、今年に入って、その幼なじみ君に彼女が出来たわけ! それで、そのことを自分の事みたいに喜んだんだって〜)」 「(ふられたんじゃないのね?)」 「(それで喜ぶ訳ないじゃない! それで、佐藤先輩の疑惑がなくなって、殆どの女子が狙い始めたって噂よ?)」 ぱっと離れる。 「えぇ〜!?」 「その前に私、佐藤先輩に告白する! 当たって砕けろ! だわ!!」 「でも、これで砕けたら、橋本先輩、矢島先輩に続く3回目の玉砕よね」 ぴしっ!! 「いった〜〜い……」 「余計なこと言わなくていいの!! いちいちそんなの数えないでよ!!」 「思わず数えてみたくなる年頃なのよ……」 びしっ!!! 「……さっきより、いった〜〜い」 「全く…、今度そんなこと言ったら、承知しません!」 「うんうん、じゃあ、今度は玉砕しないように頑張りたまへ」 「よーっし! やってやるわ!! 佐藤先輩は私のものよ!!」 今年入学してまだ2ヶ月も経っていない1−Bの教室でも、可愛い顔をしながらサッカー部のホープであり、性格も優しく穏和で、成績も良い、と3拍子以上の2−B佐藤雅史のことはかなり知られるようになっていた。 そんな和気藹々とした会話が飛び交う中、殆どの生徒がクラスに馴染んできたにもかかわらず、一人だけ会話もせず、ただ、決められた席にちょこんと座っているだけの生徒がいた。 姫川琴音。 入学式の時、校長先生の頭の上に照明が落ちてくることを【予知】し、見事的中させてしまう。 その後、琴音と同じ中学から入学した人たちから、彼女の特異能力である『不幸の予知』の情報が漏れだし、琴音に近づくことをしなくなったのである。 ――何を予知されるかわからない―― このために、"ちから"が判明した中学生の頃から、周りからの冷たい、嫌悪感をたっぷり含んだ視線に、琴音はずっと堪えてきたし、これからも堪えなければならなかった。 (どうしてこんな"ちから"を持ってしまったんだろう…?) 自分の持つ能力に、激しい憤りを感じることも少なくなかった。この能力さえなければ、普通の女の子のように、友達と遊んだり、恋をしたりしているはずだ、と。以前、この能力のため、一目惚れをして、思い切って告白した男の人にも、あっさりと断られてしまったこともあった。 それ以来、男の人と話をすることもなんとなく避けるようになってしまっていた。 しかし、たとえ座っているだけで、会話をしなくても、自然と耳に入ってくる雅史のうわさを聞き、どんな人なのか一度見たい、と云う衝動に駆られたのだ。 放課後。 彼女は、ベランダから校庭を見つめる。 果たしてそこには、一度見ただけで雅史とわかる、とても素敵、としか云いようのない男性がいたのだ。 彼が走る、彼が跳ぶ、彼がボールを蹴る。 琴音は、彼の一挙一動に、目が離せなくなってしまったのだった。 (……でも、私は……) 半ばあきらめの気持ちが先行したが、自分の中にある感情が走りだしたのがわかった。そしてそれが制御しきれないものがあるのも、間違いなく事実であった。 (……ううん) 無意識に軽く首を左右に振る。なにをしてみたところで、まず間違いなく避けられる、と思ってしまっていた。原因は他にもあるかもしれないが、琴音の中にある"ちから"だけでも充分な理由として考えていた。しかし、このまま何もしないのだけは、自分自身に納得がいかず、許せない行為だったのである。ここまで胸が高鳴るのは、あのとき以来だったからだ。 (私に許されるのは……こうやってじっと見つめることだけ、なの……?) ――そしてこの日から、放課後に、ただ一人、窓の外を見やるようになっていった。 そうして放課後残るようになって、一週間後。琴音は美術部に入部した。 前々から絵を描きたいという願望はあったが、クラブに入部するのは、自分にとっても、周りの人たちにとっても、また苦痛を重ねるに過ぎない行為ではないのか、と思っていて、結局入部は諦めたつもりだった。事実、琴音が美術部部長に入部を申し込んだとき、顔は笑みを浮かべてはいたが、『あの』姫川琴音の入部をあまり歓迎していない様子がありありと伺えた。 琴音自身、部室にあまりいたくないこともあり、初日から、道具を持って校庭に出ていった。正直、理由はどうでも良かったかもしれない。要は、描く道具と、絵を描いていても不思議ではない理由が欲しかったのである。 校庭の片隅の芝生に椅子をおいて腰を下ろし、グラウンドの方に目を向ける。今日も、いつもの通りサッカー部の練習がはじまっていた。 とりあえず黙々とクロッキーで描き始める。 油絵の道具もある程度用意されていたが、多彩な動きをするスポーツであるサッカーを描くことは、さすがに基本ともいえるクロッキーを全くしないで絵を描くことは出来ないと思ったからである。 「……やっぱり鉛筆にすれば良かったかな……」 思った以上に描きにくい。いくら絵を描くのが好きでも、今まで全然触れたことのない木炭を使った感触に、ただただ戸惑うばかりであった。でも、描く対象は当然あの人である。 「…あれ? でも、あんなに素敵な人のことを、『絵にも描かれぬ』ほど素敵、っていうんだよね…? でも、『絵になる』人、って言葉もあるし…」 どうでも良いことを考えながらも、琴音の筆はゆっくりと進んでいった。 ………… そしてまた一週間後。 学校は休みだが、特に家にいたくもないし、いてもやることもないので、学校に向かい、絵を描きはじめる。休みでも午前中からサッカー部の練習があることは知っていたし、何より、木炭がだんだん思うように動くようになってきて、クロッキーを描くことが面白くなってきたからである。 だが、今日の雅史の調子がおかしいことは、素人目の琴音にも明らかだった。 いつもだったらゴールするのが当たり前のシュートの練習でも、ボールがバーの上や横に逸れていく。ドリブルやパスの練習もいつもの動きとは全く違って、精彩を欠いていた。なんとなく上の空で、集中できていないようだ。 (どうしたのかな…?) そして、紅白試合をしているときである。 ――はっ!? と、琴音が何か思いついたような顔をした。体の中を突き抜ける独特の嫌な感触。それこそ…… (し、試合をやめさせなきゃ!!) …今まで起こらなかった。 …だから楽しかった。 …幸せを感じられる日々だった。 …あの"ちから"さえも忘れるような。 …それがまずかったのかもしれない。 それはついにやってきたのである。 ――不幸の予知。 そして止めようと思った瞬間であった。 「あ…」 雅史が普通あり得ないような格好で落ちてくる。 まさしく、彼女が、予知したとおりに。 そして、不幸の予知は、必ず当たるのだ。 「う、うわああああああああああああああっ……!!!」 普段の声とはまるで違う叫び。あんなに素敵な顔が苦痛にゆがむ。 雅史が着地に失敗し、足になにかあったのだ。 「おい! 氷持ってこい! 早く! おいお前! 医務室から先生連れてこい! 早くしろ!!」 コーチが叫ぶ。 ―――ことん……。 目を見開き、顔がみるみるうちに青ざめ、手から木炭を落とし、地面に転がった。 「あ、ああ、あああ……………また……私………」 私のせいで、佐藤さんに怪我をさせた!! 彼女にとって、真実はそれだけだった。 目にいっぱいの涙をため、その場にいられなくなってしまい、木炭や画材を全てそのままにして校庭から飛び出した。悲しいほど美しい紫色の髪がなびかせ、目から涙が零れるのを防ぐことなく、とにかく遠くに逃げたい、その気持ちだけで、後ろを振り向くことなく走っていく。 そして、校舎が見えなくなると、近くの壁に寄り掛かって、声をあげず泣き始めた。 「どうして…? どうして避けられないの? どうしてこんな"ちから"があるの? 私、普通には生きられないの? どうして? 悪いことをしていないのに、どうして周りの人に悪いことが起きるの? どうして? どうして? おしえて? どうしてなの………?」 出るはずもない答えを求める。求めることは許されない答えを。 頬から流れ出る雫は、乾いたアスファルトの上に落ち、ゆっくりと消えていった。自分の無力さを表すように――。 |