焼物のギャラリー
手板に乗せて成形完成
************ 借窯徒然 ************
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乾燥器代わりにも使います
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ж43ж もっとひかりを
3月17日(2010年)、栃木県にある東芝ライテック鹿沼工場での白熱電球製造が終了となりました。これは2008年に経済産業省から発表された白熱電球製造販売中止計画を受けたもので、今後その他の会社でも2012年までにその方向に進むそうです。ノスタルジック的には寂しい感じもしますが、白熱電球が無くなっても特に困る事は無いようにも思えます。
あれっ、ノスタルジック的には寂しい……?
白熱球は我が家においてはまだまだ現役です。玄関、廊下、便所、細工場、黄色っぽい光に包まれています。実家のリビングも調光式で白熱電球を使っています。(あれはLED電球でも使えるのかな?)
全くノスタルジックになりません。
あっ、1つだけありました。ノスタルジック。
両親の実家は共に兼業農家ではありましたが祖父が毎日の農事を行う事が出来たので田んぼに畑そしてニワトリとしっかり農業をやっていました。父の実家では養蚕もやっていて夏休みに訪れると庭いっぱいに屋根を張ってその下に台を置き桑の葉が敷き詰められて白い虫がウゾウゾ。頻繁な桑の葉の取り換えや、カイコを狙ってくるスズメバチの追い払い、大きくなった物を繭作り用のまぶしに移したり(ボール紙を組んだ団地みたいなものがメインでしたが藁で編んだものも使ってました)、繭をもらって帰って箱に入れておくとガがかえってそのうち卵をポロポロ生んだり。いやー懐かしいなー。
おっと違った、白熱電球のノスタルジック。
母の実家を訪れたらひよこを購入したばかり、という時がありました。箱の中でピヨピヨピヨピヨと騒ぎたてるたくさんのひよこ。陶器製の水やりにそして暖房用の裸電球。
さほど寒い時期ではなかった覚えがありますが照明を兼ねた(真っ暗だと餌が食べられませんので)その電球はとても暖かそうに見えました。今でもそのようにひよこを飼っているところがあるのかなー。
さて、我が家。玄関、廊下、便所はLED化してもさして差し障りは無いように思えます。いや、早々にLED化した方が経済的にもお得なのでしょうが何となくそのまま。と言うよりも積極的にそのまま。だって白熱電球は100円でお釣りがくる値段で買えるんですから。
長い目で見ればお得なのでしょうがいまひとつ実感がわきません。電球型蛍光灯を付けた事もあるにはあるのですがすぐにダメになって白熱電球に戻しました。色合いの違和感も大きかったですし。
違和感と言えば最近お祭りの夜店の明かりが蛍光灯もしくはLED化されて白明るくなる傾向にあるようです。でもあれもやっぱり白熱電球の色が似合いますよね。売られている品々、特に小麦粉系の物はあの黄色っぽい明かりの方が美味しそうに見えます。でもLED化されて省エネが進みお祭り会場から発電機の音が無くなってくれれば嬉しいかも。人によってはあれこそお祭りの音と感じる人もあるでしょうが、私にとっては煩わしいだけの音。会話に支障が出るほどの音が無くなってお囃子と人々のざわめきだけになったお祭りはどんなに素晴らしい事か。ちなみに発電機が登場する以前の夜店の明かりはカーバイトだったそうで、とてもいい雰囲気だったとの事。LED化よりもそっちに戻してもらった方がいーなー。
おっと、また話がそれてしまいました。
何となく積極的に白熱電球の我が家ですが、細工場の明かりだけは何となくではなく確信犯的積極に白熱電球です。
細工場の天井に付いている明かりは蛍光灯です。でもこちらは部屋をとりあえず明るくするどちらかと言えばサブに当たる照明。メインは長いコードを引っ張ってぶら下げられている60ワット白熱電球です。
焼き物の細工場もやはり明るいにこしたことはありません。しかし、だからと言って細工場に直射日光を入れる事は不可です。乾燥前の品物に直射日光が当たると偏乾きになって変形するなどの悪影響がありますから。
ですので細工場は北側だけに窓があるのが理想です。やむなく南側に窓を付けた場合は下屋を伸ばして直射日光が入らないようにしたり障子などで遮光しなければなりません。
が、やはり暗いんです。日没後や天気が悪い日、そして我が家の様な日影屋。
部屋全体の明かりは天井中央。ろくろや細工台は窓際にあります。すると当然外からの明かりがなければ手元は部屋照明の作りだす自分の影になってしまいます。これでは仕事になりません。そこで手元電球の登場です。
これをろくろ上などに蛍光灯を固定している人もありますが、私は白熱電球。それも固定はせずにコードでぶら下げているだけ。ろくろの上にはそれをひっかける位置調整可能支持装置と細工台の上には二つのコード固定式支持装置(実は装置なんて立派なものではなくて横に伸ばした棒と天井からぶら下げた紐の先に針金フックを付けたもの)。高さはひっかけるコードの位置をずらすことで調節します。
位置調整が出来るようになっているのは作っている品物や作業内容によって光を当てる位置を変えたいからです。
たとえばろくろ水引きの時は作品全体の形、大きさを把握しやすいように電球を少し高めの真上にもっていきます。手元は少々影になりますが制作に支障はありません。
これが削りの時は低めの少し手前に電球を移動します。削りは高台<部分のみの作業になりますのでピンポイント的に手元に光があたり、かつ凹凸が解りやすいように低くするのです。
細工台の場合もそうです。土練り(この時はあまり使いませんが)や取って付けなどの細工、絵付け、それぞれで見合った位置と高さに変えています。
しかも電球が移動式であるならばろくろと細工台それぞれに明かりを付ける必要がありません。仕事をしているのは私一人。一度に二つの場所での作業はできません。よってそれぞれの作業の時にそこへ電球を移せばよく、余計な設備投資が不要なのです。(そんな大げさなものではありませんが)
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炎渦巻く登り窯の中
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ではなぜ、その明かりを白熱電球で、とこだわるのでしょうか。
まず第一は慣れです。ずーと白熱電球でやってきているのでなんだか変えたくない、というのが本音です。変えると作風まで変わってしまいそうなそんな気がして。
それに移動式という点があげられます。
白熱電球であれば付属装置はソケットだけ。それが蛍光灯だと安定器等々の付属機器が大きく結果全体が大きくなって移動式には向かないのです。電球型蛍光灯も以前は大きくて移動式にはちょと不向きでした。
それと色合い。やはり白熱電球の色は柔らかくて好きです。それに焼物において作品の色は焼きあがって初めて出る物なので極端に言えば制作中は凹凸や顔料系釉薬の濃淡が解ればそれこそ白黒の世界でも構わないのです。だから細工場の明かりの色は好みの色で良しとなります。で、私の好きな色は白熱電球の色。
また蛍光灯は目が疲れると昔から言われています。(昔だけ言われていたのかな?)
それは蛍光灯がずっと点灯しているのではなく高速で点滅しているからです。関東地方以東なら一秒間に100回、関西なら120回。交流電気だからですね。しかし、白熱電球ならばやはり電気的には交流なので点滅してはいますがフィラメントの赤熱による発光なので電流が切れても余熱で光っていて光が消える前に次の電気が来ます。だからボワーッと点きっぱなし。点滅はせずよって目の疲れも軽減されるとか。
それに蛍光灯は長期間使っているとだんだん暗くなってきてそのうち点滅が激しくなりやがて点いたり消えたりとなかなかスパッとは寿命を迎えません。これが原因で多少イライラしながらも、まだ点いているから、とついつい交換を先延ばしして結果目が疲れるばかり。
一方白熱電球は古くなってもさほど明るさが変わることなくある日突然スパッ。時には最後にバシッ!!とひと光。うーん、潔くていいですねー。
まあ、結局は何となくの習慣で使い続けているだけで変えてしまえばそれまで何でしょうけど。とにかくより明るいに越したことは無いでしょう。明るすぎるのも問題ですが。
焼き物において、より明るくなってほしい、というものがもう一つあります。それは窯焚きの時です。
これは窯場が明るくなって欲しいというものではありません。確かに窯づめの時は明るい方が良いのですが、いざ窯に火を入れたならば窯場はどちらかと言えば暗い方が良いのです。
窯焚きはその火の加減を見ながら行います。ですからまわりが明るすぎると火が解りにくくなります。また炉内雰囲気調整でも色見穴から噴き出す炎の大きさを見て判断しますので―たとえば還元焼成の時は炎の長さがどのくらいとか、酸化焼成の時は炎が出るか出ないかぎりぎりくらいくらいとかです。―まわりが明るいとそれはやりにくい物となります。
私の場合はその雰囲気調整が重要な頃合いが夜になるようにします。具体的には朝5時ごろ窯に点火すると雰囲気調整が重要な1000度くらいは日没後になり窯場は十分に暗くなってくれます。
しかし、いつもその時間に点火出来るとは限らず、時には昼日中燦々と太陽が照る時間帯になってしまう事もあります。
そのような時は色見穴をふさいでいる蓋をちょっとだけ開けて蓋に炎が当たるようにして判断したりとやはりちょっと大変です。
その頃になると窯の中は赤熱していて真っ赤になった品物がはっきりと見えます。しかし、これはまだまだです。その後温度計上は上がっていってもそれではと覗いた窯の中がはっきり見えるとがっかりなのです。
窯焚きでは500度くらいになると品物は赤く光りはじめます。ガス窯などではこのくらいの温度までは簡単に上がってしまうので、気づけば色づいていた、という事がほとんどなのですが、登り窯などの薪窯ではここまで行くのが一苦労。何しろそこまで3日くらいかかりますから。
皆さんは夜明けの瞬間をご覧になった事があるでしょうか。
それを見るのは海、それもまわりに全く明かりがない夜行フェリーなどがいいです。
夜の海は真っ暗です。それこそ海と空の区別がつきません。
やがてふと東の空を見ると目の高さに糸の様な何となく赤い筋が見えます。しかし、それをよく見ようとすると闇に溶けてしまって、あれっ、気のせい?、となります。
一度目をそらして十分に暗闇に目を慣らしてから見るとやはり赤い筋の様なものが見えます。
それを繰り返していくうちに赤い筋は目をそらさなくても見える確かな糸となり、紐となってその上の漆黒の部分の色が薄くなっていきます。
それと同じ物が登り窯焼成の時に見られます。
「色づいたんじゃないか?」
「いや、まだだろう」
「ほら大中火前の壁、色づいてないか?」
「おお、確かに」
この瞬間は窯焚きの最初の喜びです。
そして温度は徐々に上がり窯の中の品物がはっきり見える様になります。
1200度、品物は白熱して来ます。輝く品物が見えます。表面はだいぶテラテラした感じ。釉薬が溶けてきています。ゼーゲルコーン(窯内温度を知る為の物)が見えます。
でもこれではまだなのです。
更に温度を上げます。やがて窯の中は白輝して正視するのが難しくなります。はっきり見えていた品物もゼーゲルも何処にあるのか解らなくなります。
見ているだけでも辛い窯の中をじっと見つめ続けます。やがてなんとかその輝く光に目がいくらか慣れてゼーゲルが何となく見えます。
「8番半倒!」
「9番は?!」
「まだ!」
「よし!大くぺ!」
「どうだ!」
「まだ落ちません!見えません!」
「あっ、8番完倒! 9番10%!」
白く白く光り輝く炎の中で焼き物が生まれます。
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