鉄道の間









自粛?



************ ちょいと鉄話 ************


     ж 48 ж 臭い鉄

 先日、洗濯機を買い替えた。回転が弱くなってしまったので、修理依頼をしたところ原因が解らないと言うので仕方なく。
 もっと昔であれば、その原因はベルトの緩みなどで、簡単修理だったのだが、今はそうは行かないらしい。
 停止時の音がインバーターのそれっぽくて結構好きではあったので、今度のはどのような音を立てるであろうかと早速試したところ技術革新が進んでいて期待するようなものではなかった。
 しかし、静かに回る洗濯機を見ていてふと気付いた。
 「今まで家では嗅いだ事が無い臭いがする。何のにおいであったろう?」
 と考えているうちに、はたとその臭いのするものを思いついた。昨今の電車のそれも新しいものの車内の臭いである事に。

 どんな所にもそこそれぞれの空間の臭いというものが存在する。それは私的空間においては全く気にならない物である。いや、気になるのであろう。でなければあんなに消臭剤が売れるわけがない。
 鉄道においても臭いがある。それが世間一般の人においては、気になる臭いなのか、ならない臭いなのかは解らないが、少なくとも私にとっては後者である。
 いや、やはり気になる。ただしそれはマイナス的に気になるではなく、その臭いをかげば、よりその鉄路をそれと強調してくれる臭いである。
 たとえば銀座線。喧騒たる道路脇からでも、きらびやかなるデパートからでも、一歩そのエリアに入り込むとカビの様でかつ無機的な臭いに包まれ、ホームに至ってそれは最高潮となる。この臭いをかぐと銀座線を強く実感する。この臭いあってこその銀座線である。
 しかし、悲しいかな、人の嗅覚は長くその臭いにさらされているとそれを感じなくなってしまい、銀座線臭は列車に乗り込むまでくらいとなってしまう。
 よって、列車を降りた駅では銀座線臭はもうさほどは感じられなくなってしまっているのだが、昨今の車両は消臭を行っているようなので、車内にあの臭いは無く、列車を降りた時にまた銀座線の駅の臭いを感じるという事になっているのかもしれない。
 いずれにせよ、銀座線から他の路線へ、上野駅などで乗り継ぎを行えばやはり上野駅には上野駅の臭いがある。それぞれにその場の雰囲気をより確固たるものにしてくれる、第一印象臭があるのである。
 では上野駅の臭いとはどんな臭いであろう。
 上野駅は広いだけあってその場所毎の臭いに結構な違いがある。いや、あった。
 近年の上野駅は全体的に茫洋とした埃と湿っぽいコンクリートの臭いが混じり合ったような臭いがするように思える。しかし、以前はもっと個々の場所で違った臭いがしていた。
 山手線、京浜東北線のホームではこれと言った臭いは感じられない。しいて言えばコンクリートの臭いである。
 乗り換えの為連絡通路へと移動すると大連絡橋では新建材の臭い。乗り換え通路(現中央乗り換え通路)では少しのカビ臭と人の臭い。そして地平ホームへ着くと土の臭いとよく利用していた13、14番線せん頭端部では蕎麦汁の臭い。そしてたまに香ってくる……。まだ列車トイレが垂れ流しだったからねぇ。
 その一方で、特定の場所に限定されない鉄道臭もある。その代表例が枕木臭であろう。
 この臭いをより強く感じる事が出来るのはやはり夏である。枕木に使用してある防腐剤が気化する事による臭いであって、ゆえにコンクリート枕木を最初から使用している路線では臭わない。
 よって、この臭いはローカル線独特の臭いであって、幹線のターミナルから乗り継いだローカル線の小駅に降り立つと感じられる臭いではある。
 と、言いたいところではあるが、幹線系のコンクリート枕木を使用している駅であってもこの臭いが漂ってくる事がある。
 枕木の防腐に使われているのはクレオソートで、長年使われているとその臭いが枕木周囲の砂利はもちろん、プラットホームなどの周辺にもその臭いが移るようで、枕木をコンクリートに交換しただけの駅ではそこはかとなく臭って来る事がある。また、完全に砂利を入れ替えて駅もまるまる建て替えられた所であっても漂ってくる事さえあるので、この臭いこそ鉄道の代表的臭いと言う事が出来るであろう。
 では駅の臭いを堪能したら列車に乗り込むとしよう。
 一歩車内に踏み込んだ途端、床に塗られた油の臭いがきつく感じられるのが床が木製の車両。防腐のために塗られている物で、雨の日などは傘から滴り落ちた水が玉になっている。物を落としたりすると黒く汚れてしまい、当然今の様に床にべったり座り込んでいる様な者もいなかった。
 この様な車両は私が良く出かけていた昭和の終わり頃にあっても、もうめったにお目にかかる事は出来なくなっていた。が、少し東京を離れるとそれが当然のように走っている所も少なからずあって、特に北海道ではその断熱性から気動車急行ですら木製床であった。
 かように、ポロポロとは体験できる臭いであったが、やはりそれが一番似合うのは古色蒼然としたニス塗り車内の旧型客車であった。この臭いは通常嫌われるものに類する。しかし、私は好きであった。
 ドアを手で開けて(開けっ放しでその必要が無かった場合の方が多い気がする)デッキへ上がればすぐにその香が漂ってきて、更にデッキ仕切り戸を開けて(こちらも冬以外は開いている場合が多かった)進めば、木がふんだんに使われているという現在の飾られた列車とは違い、特別ではなく普段そのものでありながら職人の手作りによる素朴でありながらもところどころに見られるその技術と、長年愛情を込められて整備されてきたゆえの落ち着いた輝きに満ちた客室にそれを象徴するような床油の臭いが。
 ちなみに、その頃持っていたプラスチック製客車模型の動きが悪かったため、車軸に油をさして改善を試みた事がある。良い潤滑剤が手元になかったのでミシン油をさしてみたのだがその臭いがまさに木製床の臭いであった。そこで車内をそれっぽく追加加工して、走らせるのではなく、臭いをかぎつつ車端からなかをのぞき込むという怪しい趣味に走っていた事がある。

 車内の臭いというのはその材質によるところが大きいのであろうが、似たような材質であってもその車両用途によっても異なっていた。つまり、普通列車用、急行用、特急用、寝台車で臭いが異なるという事だ。
 普通列車の場合、それが国電型だとさほど臭いは感じられない。かすかに素材臭はするが、多数の大きな扉による換気効果で臭いは少なくなっているのであろう。年をとった車両ではそれに人の臭いが混ざっていると言った感じもする。
 これが近郊型だと違った臭いがしてくる。基本的には国電型と同じ匂いではあるのだが、大きく違う点は煙草臭である。
 その昔、鉄道車両は基本喫煙可能であった。国電は禁煙であったが、近郊列車は車両ではなく区間で禁煙が定められたり時間で定められていたりした。よって、本来は白であったであろう天井はベージュ色に。
 そんな色が付くだけあって、車内の臭いの主たるものはそれになる。が、国電から乗り換えてその臭いに包まれると「いよいよ旅の始まり」といった昂揚感が得られるものであった。
 これが急行型となると主たる臭いは同じであっても車内臭はより強いものになる。
 近郊型はドアが客室内にあるので、ある程度換気が行われるし、非冷房車が一般であったので臭いそのものは薄い。しかし、急行型となるとドアはデッキにと客室とは区切られたスペースとなり、ほぼ冷房化されていたので換気はあまり良くなく、よって臭いがこもり易くなっていた。
 そして、これが特急型となるとそれは更に強くなる。急行型は窓が開閉可能構造だった為結構隙間風が入っていた。しかし特急型では密閉構造の為より臭いはこもり、空調機からのカビ臭さも加わっていた。
 また、優等列車には独特の臭いが添加されていた。飲食物の臭いである。
 普通列車においてのそれは少人数の軽食程度でさしたるものではない。しかし、これが優等列車となると団体客が宴会の様相を呈しており、乗車時間も普通列車に比べて長いのでその臭いが車両に浸みつき安ホテルの宴会場のごとき臭いとなる。
 更に寝台列車ともなるとそこに一夜を過ごす人々の臭いも混ざって生活臭漂う空間と化している。
 そのほかの匂いとして特徴的なのが気動車で、それは基本的には排気ガスの匂いであって、そこに軽油の香りが混ざるローカルなものである。
 気動車臭は隙間風吹き込む老車両に限らず、完全空調の閉め切り特急でも例外ではない。トンネルに入ると強く車内にたちこめる
 気動車の排気ガスは蒸気機関車の煙に比べれば微々たるものであるが、それでもかつては長大ディーゼル列車が発車した後の駅のホームは排煙もうもうたるものであった。
 SL時代のトンネル通過はまさに地獄であったそうで、抜け出てきた客車の開口部からはまるで燃えているかのごとく煙が噴き出している影像を観た事がある。が、逆に言えばトンネルを抜ければ乗客は窓を開けて車内換気に努めたであろう。結果、車内はその悲惨な状況に反して臭いは残らなかったのかもしれない。また、清掃もそれを踏まえて丁寧に行われた事であろう。
 しかし、無煙化されて人々はその苦しみを忘れた。ディーゼル車がトンネルを抜けても、以前は冬でも行われていたであろう、換気の為に窓を開けるという事をする人はいない。そして特急列車ともなれば空けようにも開けられない。よってディーゼル臭はしっかり車内に浸みつく。
 が、私はこれらの臭いが好きだ。それぞれの列車にそれぞれの臭いがある事でよりその車両に乗っている事を強く感じる事が出来る。寝台列車などはデッキから車内に進みあのにおいを嗅いだところで嬉しさと優越感の様なものさえ感じさせられるのである。
 気動車臭などは仕組みとしてはバスと同じはずなのだが、その臭いは全く違う。バスの場合は少々不快にも思えるものであるのに対して、鉄道の物は郷愁的な臭いに感じる。ましてやその床が木製であったりすればなおさらである。車の芳香剤に「バスの香り」があったとしてもまず売れないであろうが、「ローカル気動車の香り」は売れるかもしれない。(当然逆だろうという人も多いであろうが)。
 が、一つだけ嫌な臭いがある。いや、それは臭いとは違うかもしれない。
 それは比較的人の動きが少ない密閉性の良い列車に長時間乗った時に感じられる。いわゆる空気が淀んだという状態である。
 ある年の夏の急行「大社」。乗り込んだ最後尾の車両は出雲市駅を出る時からほぼいっぱいで、朝から大盛り上がりの団体もあった。だか、やがて昼を過ぎ、日本海側を抜ける頃には車内の空気はべったりと体に粘つくように感じられ、乗客の多くがうつろな目となっていた。あれほど元気だった宴会団体ももう静かだ。床に落ちた物を拾おうと頭を下げるとクラクラする。夕方に名古屋に到着。下車する人々の足取りは重い。ホームに降り立って外の空気を吸ってもけだるさがすっきりする事は無く、しばし腰掛けて休んだ。あの状態は一体何だったのであろうか。乗り物酔いとは違う。ただ頭が重くボーッとする感じだ。
 ディーゼル車だったので軽い一酸化炭素中毒であったのであろうか。しかしこの感じは電車列車であっても遭遇する事があるので酸欠なのかもしれない。

 車両それぞれの臭いは乗り込んだ時に感じられるもので、すぐに鼻が慣れてしまって解らなくなってしまうものである。その様な状態において時折の臭ってくるのが地域の臭いだ。 近年は車両の密閉性が良くなり空気清浄機なども取り付けられているので解りにくくなっているが、かつての隙間風吹き込む列車ではよくあった。
 その最たるものが東海道本線の田子の浦付近。大垣夜行で眠り込んでいてもその臭いで目が覚め「もうじき静岡か」となる。
 両毛線上り列車。佐野を出て秋山川を渡ると臭って来る甘い臭い。「ああ、もうすぐ大小山が見えるな。」

 ブレーキ臭のする風を浴びながら着いた駅に漂う油の臭い。夏の午後の日差しは強く松ヤニが漂っている様な空気。やがて対向の列車が風を引き連れて走り過ぎると残された硫黄の臭い。それらをぬぐい去るように動き出せば田に満ちる青い臭い。
 ずいぶんと昔の香景となってしまった。

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