努力する意欲を高めるために

表の努力と裏の努力

努力しているが成果が表れないと思っている生徒に
努力にはいろんなタイプがあることを知る授業


 日本教育文化研究所が発行している「教育創造」という冊子が送られてきた。その中に桑田真澄さんの講演記録が載っていた。桑田さんと言えば、野球に詳しくない方でも知っているほど有名な元プロ野球選手だ。その中に、「裏の努力」という内容があった。これこそ、生徒に伝えたいと思わせる内容だった。そこで、桑田さんの人生から「裏の努力」にかかわる部分を中心に授業を行ってみた。


■資料 「教育創造」2009No.77(日本教育文化研究所)
 人が見ていないところで、掃除をする、学校のグラウンドの草を抜く、廊下のゴミを拾う……。すべて、桑田さんが高校1年生で挫折した後始めたことだ。誰もができる簡単な「努力」。これが桑田さんを大きく変えることになった。

●ねらい
 表の努力だけではなく、裏の努力もあることを知り、努力していこうとする意欲を高める。(1−B自主自律)

●準備するもの
・「教育創造」2009No.77(日本教育文化研究所)
・生徒が板書や意見を書く紙



●授業の実際(2年生に実施)
 桑田さんの写真を生徒に見せた。「知っている人?」と聞くと約半数の生徒が知っていた。

1 桑田真澄さんは野球で活躍しましたが、どんな成績か知っていますか。
 ■桑田さんが偉大なピッチャーだったことを知らせる発問である。
 生徒2人が知っていて「大リーグに行った」「KKコンビと呼ばれていた」「甲子園5回出場、2回優勝」という答えが返ってきた。そこで、「KKは、桑田のKと清原のKです。2人も1年生からレギュラーです。チームは甲子園で20勝3敗して、そこのエースでした。甲子園では6本のホームランを打って歴代2位の記録をもっています。プロに入ってからは巨人のエースとして活躍し173勝をあげました」と付け足し板書した。
・大リーグに行った
・KKコンビ(桑田・清原)
・甲子園5回出場、2回優勝
・1年生からレギュラー
・甲子園20勝3敗のエース
・甲子園6本のホームラン(歴代2位)
・巨人のエース 173勝

2 桑田さんは、結果を残す人のタイプには2つあると言っていますが、どんなタイプの人とどんなタイプの人だと思いますか。
 ■桑田さんが運も大切だと考えていることを知らせる発問である。
 生徒から出た意見を「努力する人・うまい人・あきらめない人・才能」と「運・環境」という2種類に分けて板書した。
 「桑田さんは自分をどっちだと思っているでしょうか」と問うと多くの生徒が後者を選んだ。理由は、「道徳の授業なので何かありそう」「なんとなく」などだった。「そのとおり、桑田さんは自分で実力と運だと思っているんです」と言い、資料1を配り範読した。

【資料1(前掲書p66上段・中段左)】
 野球はやっぱり結果がすべての世界です。結果残さなきゃいけないんです。結果の残し方には、僕は二つあると思うんです。実力で結果を残す人と、時々ラッキーってありますよね。運があります。それで結果を残す人。その運が良かったという人というのは再現性がないんですよ。ところが実力は五〇〜六〇%でも、あと足りない部分、この運やつき、これで埋めれば実力が一〇〇%の人に十分対抗できると僕は思ってるんです。実力を付けるには、やはり表の努力です。勉強も自分で勉強しないと駄目です。人に教えられたりしているようじゃ実力付かないです。野球もそうです。自分でトレーニングしないとうまくならないです。
 プラス、この運やつきがないとどうしようもないんです。特に野球の世界ではそうです。勉強でもそうだと思います。テストで、ここ出ないだろうと思って、そこが出たりとか。ここ出ると思ってテストに出たりとか。自分の得意なところが出たりとか出なかったりだとか、そういう運やつきもあると思うんです。

 「なぜ実力と運だと思っているでしょうか」と問うと、「謙遜して」「上には上がいるから」という答えが返ってきた。「実は、高校に入ってすぐに挫折したからなんです」と言って資料2を配布し範読した。

【資料2(前掲書p64下段15〜27行目)】
 「PL学園に入学して、清原、桑田すごいと。監督がちゃんと試合に出させてくれるわけですね。清原君はばんばんホームラン打つんですよ、四月から。もういきなり四番なんです。清原は高校でも十分やっていけるなと。じゃあ桑田はどうだと。僕もチャンスいただいたんです。何度も投げたんです。ばんばんばんばんとホームラン打たれて、ピッチャー失格です。桑田はもう中学までだなと。背も低いし、ボールもそんなに速くないし。バッティングと足が速い守備もいいから野手に転向だって言われたんです。」
 「周りにすごい人が多かったので、自分は実力的には今一歩と思ったんですね」と確認をした。
 「この後、母親に『みんな体も大きいし、恐らく三年間メンバーに入れない。レギュラーにはなれない。おれはどこかの弱いチームへ行ってレギュラーになりたい。転校させてくれ』と言いました。母親は『最後の最後まであきらめちゃ駄目。何が起こるか分からないんだから。あきらめないで』と言って励し、桑田さんは続けることにしました」と説明を加えた。

3 この後、桑田さんはどうしたと思いますか。
 ■桑田さんの「裏の努力」につながる発問である。
・あきらめなかった…1人
・運が来るように待った…1人
・監督にピッチャーをやりたいと言った
              …6人
・一生懸命練習した…14人
・みんなの練習の後の練習…2人
 「どれも実際ありそうな答えだね。でも全然違うことです」と言うと、生徒はえっという感じだった。「『運が来るように待った』が一番近いかな」と言うと、生徒達は驚いていた。「実は『裏の努力』をしたのです」と言い、資料3(p○)を配って範読した。
● 資料3
 先ほど言いましたように表と裏の努力に分けますと、表の努力はどういうことかといいますと、ランニングしたりピッチングしたり腹筋、背筋をしたり、そういうことなんです。その時から、今度はじゃあ裏の努力をやろうと。自分で位置付けて編み出したんです。この努力というのを。裏の努力をしても野球は絶対うまくならないんです。分かってるんです。十五歳でも分かってたんです。
 ところが、この裏の努力はすごいパワーを持っている。今でも不思議なんですが、あの十五歳のときに気づかせていただいたことが今の自分につながっているんです。裏の努力、どういうことをしたかといいますと、トイレ掃除です。雑草取り、ゴミ拾い、あいさつと返事、玄関に寮ですから靴いっぱいあるわけです。乱れてたら、ぱっぱっぱっとそろえるだけです。たったそれだけです。
 僕の努力には特徴があるんだって言いましたね。短時間集中型なんです。一日五分しかやらないんです。寮ですから便器もいっぱいあるんですけど。一日一個便器をぴかぴかに磨くんです。次の日は隣の便器、次の日は隣の便器です。一階が終わったら次の日は二階です。できるだけ誰にも見られないように五分間だけです。二十四時間のうちのたったの五分。続けたんです、三年間。寮生活は六時半起床です。六時に起きて五分だけやったんです。
 天気のいい日は寮の前がグラウンドですから、グラウンドの芝生の雑草を二十個、三十個取ったらおわりですね、五分ですから。雑草を取ったり、廊下を見て、ごみが落ちていて、ゴミ箱にぽんと捨てる。そんなことしたって野球はうまくならないんです。分かってるんですが、なぜか十五歳の時、桑田真澄やりたかったんですね。これは陰の努力なんだと。
(前掲書p64上段12行〜下段14行)

4 桑田さんが高校3年間、裏の努力を続けることができたのはなぜですか。
 ■短時間にできるからこそ継続できたことを知らせる発問である。
・1日5分だから
・人の役に立つ
 「これ以外にもあります」と言って聞いてみたが答えが出なかった。そこで「こんなことも努力しているという自信もあったでしょうね」と付け加えた。
 そして以下の2つの発問をした。

5 みんなは、どんな裏の努力ができそうですか。
 ■自分自身について考える発問である。
・あいさつ
・掃除
・ゴミを拾う

6 もしも裏の努力が続いたら、どんな結果になりますか。
 ■将来について明るい予想をさせる発問である。
・部活でレギュラーになれる
・結果がついてくる
・教室がきれいになる
・みんなに感謝される
 授業の感想を書かせて終わりにした。

●生徒の感想
・裏の努力は思ってもなかったことなのでびっくりしました。何事も裏の努力は大切なんだなと思いました。
・桑田選手の言っていることは正しいと思った。自分も家庭とかで、桑田選手の裏の努力をしたいです。
・実力だけでなく運もある。裏の努力をするなど、よい言葉を聞きました。表だけじゃなく裏の努力も大切だと思った。


● 追実践するときに
 発問4は時間をとって、「こんなことをしていても野球がうまくならないと分かっていながら続けたのはなぜですか。」もしくは、「こんなことをしてどんないいことがありますか。」の方がよいかもしれない。というのも、生徒が納得していない可能性もあるからだ。この場合、発問6は不要だろう。