江戸しぐさの授業
他人のことをあまり気にしていない生徒に
他人への優しい心配りや行動を知る授業
江戸時代の都である江戸は当時,世界でも最大級の大都市でした。そこで暮らす人々は,知らない人とも平等に接する工夫をしていました。それが江戸しぐさです。 その江戸しぐさを知ることにより,江戸時代の人々の他人に対する優しい行動が分かってきます。日常の何気ない動きだからこそ,身についている者と身についていない者の差がはっきりと表れます。生徒が,「こういうのっていいな」と思えるような動作(=他人への優しさ)を知ることができる授業です。
●ねらい
江戸しぐさを通して,他の人々に対して思いやりの心をもって行動する意欲を高める。(2-2他の人々への思いやり)
●準備
・道徳ノートなどの,答えや意見を書くための紙
●授業の実際(3年で実施)
1.会社で,部下が上司に向かって「おはようございます」と挨拶をしました。上司は何と答えるでしょうか。
A うなずくだけ
B おはよう
C おはようございます
■授業の導入のクイズで,「普通はBだよね」と軽く流す程度の発問である。
A・・・3人(理由無し)
B・・・25人(上司だから「ございます」をつけない)
C・・・2人(平等だから)
2.いつの時代からBになったのでしょうか。
■資料の江戸しぐさにつないでいく発問で ある。
・平成・昭和・大正・明治・江戸・室町と時代をさかのぼりつつ生徒に挙手をさせ聞いていった。
「答えは,明治時代です。明治時代になって,軍隊ができました。そこで,上下関係が強調されて挨拶も変化したようです。江戸時代まではお互いに「おはようございます」と言っていました。そこで,今日の授業は,江戸時代の常識「江戸しぐさ」について勉強します。」と言って黒板に『江戸しぐさ』と書く。
3.江戸しぐさには,「肩引き」というのがあります。どういうものだと思いますか。
■江戸しぐさを具体的に知らせるための発問である。
いきなりの発問でとまどっている生徒もいるかもしれないので、そのときは隣の生徒と意見交換をさせるとよいだろう。
ヒントとして「狭い通路ですれ違うとき,どうする?」と聞くと何人かの生徒が「そうか」と言って分かったようだった。
「答えは,肩と肩がぶつからないように右肩を少し引くことです。」といって実演して見せた。
4.江戸しぐさには「傘かしげ」というのもあります。どういうものなのでしょうか。
■江戸しぐさを具体的に知らせるための発問である。
傘を用意して生徒に実演させると視覚的に分かり易くてよい。
1つ目のペアは,傘を半分閉じた状態ですれ違った。「別な方法もあるよね。」と言って2つ目のペアに実演させた。傘を傾けすぎたので「それじゃ,お互い濡れちゃうよね。」と言って席に戻させた。
「自分は濡れないけれど,傘がぶつからない程度に傾けるんだよ。この「傘傾げ」は,お互いに濡れないようにするのと,傘が破れないようにという工夫から生まれたのです。」と言って,
傘傾げ…お互いに濡れない
…傘が破れない
と板書した。その当時の傘が紙製で弱かったことについても補足説明する。
5.江戸しぐさをしないと,どうなったでしょうか。
■江戸しぐさを具体的に知らせるための発問である。
考えるためのヒントがないので,楽しくテンポよく列指名で答えさせる。
・島流し
・田舎者と思われる
・除外される
・嫌われる
・バカにされる
・トラブルが起きる
などの意見が出た。
「正解はこうです。江戸しぐさのできない大人は田舎から出てきた「ポッと出」と見られて,スリにねらわれたそうです。」と説明した。
修学旅行などで遠くに行ったとき,きまりを守れていないと「田舎から来たんだな」と笑われてしまうこともある,と触れるのもよいであろう。
ここで江戸しぐさの思想について次のように説明した。
「江戸はその当時,100万を越える人が住んでいた,世界最大級の都市だったそうです。だから,いろんな人がいたのでトラブルを起こさないようにするとか,知らない人とも平等につき合おうという意識があったのです。
例えば,「肩引き」では,混み合う道路で肩と肩がぶつからないように,右肩を引きます。これはお互いに立ち止まらず,相手の時間を浪費させないという考えです。
「傘傾げ」は,相手も自分も傘を外側に傾けて,一瞬共有の空間を作り,さっとすれ違います。お互いの体に雨や雪のしずくがかからないようにしたり,ぶつかって傘を破らないためにです。
初めにやったあいさつも,見知らぬ人とも対等につき合おうという意識で,和やかに軽くあいさつしていたそうです。」
黒板に「うかつあやまり」と,その絵を描く。生徒にノート(プリント)に描き写すように指示する。
6.吹き出しの中にセリフを書き入れましょう。
■先に説明した江戸しぐさの思想を生徒がどれだけ理解できたか,が分かる発問である。
踏んだ方の多くは「すみません」だった。
踏まれた方は意見が分かれ「すみません」と謝る派と,「気をつけろよ」と怒る派に分かれた。「怒ったら,江戸しぐさにならないでしょう。」と言ったら「ああ,そうか」という声が聞こえてきた。
「『あっ,とっさに足をよけられなかった私もうかつでした。すみません。』が答えです。」と言うと,生徒はみな納得していた。
授業の感想を書かせて終わった。
●授業の感想
・江戸は,すごく礼儀が正しい世の中だったと分かった。だから,外国の人は武士にあこがれていたのかが改めて分かった。
・昔の日本人のように,お互いが思いやりを持って生活したいと思った。
・現代の日本人は江戸しぐさのような考えをなくし,自分さえよければそれで良いという人が多いです。昔の考えを忘れてはいけないなあと思いました。
●授業実践を終えて
江戸しぐさの行動を知り,その行動の基に流れる思想を知ることが大切だ。教師がまとめて話してしまうよりも,話し合いをとおして生徒自身が,江戸しぐさに流れる思想に気づく展開がよいかもしれない。
江戸しぐさは他にもあるので,紹介する。
○逆らいしぐさ
やってもみないうちから「だって」「でも」「しかし」「そうはいっても」と,文句を並べ立てたり,さからったりしてはならなかった。
年長者のいうことには,とにかく素直に従ってみる,自分が知らないことは知っている人の意見に従うことが大事。年長者や経験者の助言はそれなりの配慮があってのことだから,多少,無理があってもそれを実行することが,本人の成長につながると考えた。
○喫煙しぐさ
たばこは同席した相手が吸わなかったら自分も吸わないのがルールだった。とっくの昔から,喫煙のしぐさには不文律があった。禁煙などとあえて貼り紙するのは野暮。料理屋などで相客に気づかずに喫煙していると,店のほうで「根付け(たばこ入れの紐などにつける飾り)をいただいてよろしいでしょうか」と預かりにきた。
また,灰皿がないところでは喫煙してはいけなかった。これが江戸っ子の常識だった。常識は「江戸しぐさ」では「くせ」になっていなくてはならない。仰々しく,○○してはならないといった礼儀作法ではなかった。
○こぶし腰浮かせ
皮の渡し場で,乗合舟の客たちが舟の出るのを待っているとき,あとから乗ってきた新しい客のために,腰かけている先客の二〜三人は,腰の両側にこぶしをついて,(あるいはこぶし分)軽く腰を浮かせ,少しずつ幅を詰めながら,一人分の空間をつくる。これが「こぶし腰浮かせ」。
動作を分解するとこのような説明になるが,実際にはそんな形を意識しなくても,ドミノの駒のように,瞬時に連鎖反応を起こし,たちまち一人分の席はできた。「こぶし腰浮かせ」は,状況をとっさに思いやる「目引き,鼻引き,合点のしぐさ」である。ゆずり合う気持ちや心くばりが「くせ」になっていた。新客は先客に礼をいって腰をかける。