句、折にふれて

(一)
    
 

「征きますと少年空へ発ちしまま」


      梅雨明けも近いこの時季になりますと、どうしても忘れられない
     或る事を思い出します。
     台北の官舎のお隣に、一人の少年が居りました。
     煉瓦の壁の中に、三軒の官舎があり、少年の兄弟たちと私たち姉妹は
     仲良くその壁にくっつきながら お喋りをしたものです。

     私ども一家が官舎を出た後、少年が「七つボタン」の少年航空兵に
     志願したとか。そして、少年の乗った輸送船は台湾海峡で撃沈された
     らしい・・とか。 風の便りで知りました。

     季語もない句ですが、あの時代、この少年に限らず沢山の若い命が
     大空に散り、海の藻屑と消えました。どうぞ再び、愚かな戦争で
     尊い人命が奪われることがないように、祈りを込めて詠みました。

    
    

「荒神輿怒涛のごとく寄せ来たる」

     七月、私の住む町は夏祭りで盛り上がります。

     “ソイヤ ソイヤ”と、男達の威勢のいい声が響き、ドドドーッと
     見物人の群れに突っ込んで参ります。
     神輿と神輿がぶつかり合い、押し合うさまは真に壮観で、まさに
     怒涛逆巻く荒海を見る思いがいたします。

    

「浴衣着て帯だけ残る子の寝相」

     綿菓子など食べながら、お神輿を見たり、水の入ったゴム風船をパシャ
     パシャ弾ませたり、祭りを堪能した子供達はそのまま寝てしまいました。


「夜の秋そっと爪弾く黒田節」

     二十年も前に少々齧った三味線です。音をうんと小さくして偶に・・・・・

         

「原爆忌三輪車の錆びてなほ」

     一瞬にして奪われた幼いいのち。その子が乗っていた三輪車でしょうか・・・


「夾竹桃碑に刻まれし名を撫づる」

      沖縄で戦争の犠牲になられた方々のお名前が刻まれた碑、遺族の方々
      がいとおしそうに、いつまでも、いつまでも撫でておられました。

「灼くる朝閃光一瞬町は消ゆ」

      八月です。ちゃぶ台を囲んだ母と子も、「行ってきまーす」と元気よく
      学校へ出かけた子供達も、一瞬の閃光で消え去りました。

      再びあってはならない事です。

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