うたわれるものSS

ヤマユラの戦い



第一章

ヤマユラ、とこしえに続くはずの日々

「ふぅ、今日はなんだか暑くなりそうだねぇ」
 眩しそうに空を見上げると、ソポクはそう呟く。
 手に何人もの男達の腹を満たす弁当を両手にぶら下げて、今日も夫であるテオロをはじめ、村の男達が働くモロロ芋畑に向かった。途中、モロロ芋以外に育てている様々な穀物やら野菜やらもあるが、それらすべてにたくましさを感じる。
 これなら、いつもだと風神一の月まで待たなければならない作物も、一ヶ月早い水神三の月に収穫しても大丈夫かもしれない。ハクオロが作り上げた『肥料』というものは、ここまで効果があるものか、とあらためて感心してしまう。
「アンタ、弁当持ってきたよ」
「おう、すまねぇなカァちゃん。おぅい、ヤー! ウー! ター! そろそろ飯にしようやぁ!」
「ふぃ〜働いたダニ」
「ん」
「ぼ、ぼく……もう疲れちゃったよ……」
「かー、何言ってやがんでぇ。これからはもっときついぜ? こんなんでへこたれんじゃねぇよ」
「う……」
「オヤジの言うとおり」
「そうダニ。若いモンがそんなことでどうするダニ」
 のどかな風景のなか、柔らかな風が、ゆっくりと舞い上がる。
 それは、ハクオロが残してくれた田園と、そこで働くテオロ達の疲れた身体を癒していった。
 村の男は、自らに必要なだけ狩りをし、モロロ芋の畑を耕し、また鉄の生産に精を出す。村の女は、その全てを手助けする。
 ついこの前まで戦をしていたとは思えないほど、いつもと変わらない、ヤマユラの風景であった。

 ……ヤマユラから始まった一揆は、いつしか反乱軍となり、ハクオロの群を抜いた統率力、機転に富んだ戦術に加え、圧政を強いられてきた領地民の強い意志により見事愚皇インカラをうち破り、悪政で名高いケナシコウルペ國に変わりトゥスクル國を興したことで幕を閉じた。
 だが、当然のように、そこに辿り着くまでには数多の戦いがあった。そこで常に最前列で戦い続けた勇者の一人……それがテオロである。
 彼がそのままトゥスクル國に残れば、重職を任ぜられたに違いない。が、彼は、ヤマユラに戻ることを選んだ。彼は、何よりもヤマユラを愛し、死ぬまでこの地を離れないことを願ったからだ。
 そして、彼に与えられた職責は、ハクオロがいなくなったことにより空席となった、ヤマユラの村長というものだった。
 猪突猛進の気があり少し性格に難ありかもしれないが、村人を惹きつけひとまとめにする力もあり、何事にも頼りになり、なによりヤマユラを愛する心が人一倍。村民一致で村長はテオロとなった。
 ガラじゃねぇ、と思いつつ、村人一致で自分を選出したのを反対することは、それこそヤマユラに対する最大の裏切りになること……そう思い、彼は承諾したのである。
 と言っても、金の換算やら食料分配やら鉄の売買など、頭を使いそうなものは全部嫁のソポクが担当しているので、実質夫婦で村長、というところだろうか。
 テオロが村長になって早一ヶ月が過ぎようとしているが、今のところ何も問題は起きていないところからみると、村は上手くまとまっている、と見るべきなのだろう。

「森の神、いつも恵みをすまねぇな。大神ウィツァルネミテアに感謝、っと」
「まったく、アンタときたら、感謝もへったくれもないような言い方だねぇ」
「ほぉ、今日はモロロ芋の……なんだこりゃ? 腐ってんじゃねえか?」
 ソポクの言葉を全く聞かず、いきなり弁当を広げる。
 彼女が持ってきた大きめの葉に包まれたものを開けてみると、皮をむいたモロロ芋に、ベタベタした何かがたっぷりと付いていた。妙に茶色く、見た目はあまりいい感じがしない。
「あぁ、こりゃこの前市場で出てたもんだよ。『ミソ』とか言って、普通は湯に溶かして飲んだりするらしいんだけど、他にも色々使ってみるといいっていうから、モロロ芋に付けてみたんだよ。これがまた美味くてさぁ。で、コレ作ってみたんだよ」
「ほぉ〜? んじゃ一口……ンン!」
「オヤジ?」
「な、何ダニ? まさか腐ってるのかニ?」
「……だ、大丈夫?」
「うめぇぇぇぇぇっ!!」
 ぐっと手を握りしめて、満面の笑みを浮かべるテオロ。それを見ながら、ソポクもまた、してやったり、という笑みを浮かべた。
「うめぇうめぇ! 取ったばっかのモロロ芋よりうめぇぞこりゃ!」
「だろ? アタシもこれを最初見たときはびっくりしちまったけどさ」
「だよナァ? 見た目の色なんざウン」

 どこおっ!

「ぐふぉ!」
 ソポクの右から繰り出される手刀が、テオロの背中にクリーンヒットする。そのはずみで口の中のモノが飛び出してしまった。
「うお……も、もったいねぇ……てめぇ! 何しやがんでぇ!」
「まったく、この宿六は……メシ中だってのに言葉を選びなさいってのさ」
「……」

 モグモグモグ
 ングングング

「……よく食べられるね、二人とも」
「美味いダニ。食べないなら貰うダニ」
「おう」
「……ええぃっ!」
 
 パクッ!

「……! 美味しい!」
「ふぅん……ターはアタシを信用してなかった訳だね?」
「え? ち、ちが……」
「……」
 じーっ、っと見つめられ、思わず目をそらしてしまう。それが真であることを裏付けるように。
「……ご、ごめんなさい」
「やだね、冗談だよ。でも安心おし。怪しいモノは作らないから」
「そうそう、カァちゃんは料理の腕だけは天下一品だからよ!」

 ドコッ!

「ング!」
「『だけ』ってなんだい? 『だけ』ってのは! こぉのすっとこどっこい!」
「す、すっとこどっこいだとぉ!」
「その通り」
「ダニ」
「あ、あは……」
「な、なんでい! 誰も違うって言ってくれねぇのかよ!」
 四人は顔を見合わせる。
 そして、いかにも面白そうに笑い出した。
「ったく、ひでぇなぁ。まぁ俺もわかってっけどよ! わっはっはっは!」
 そして、テオロも笑う。
 麗らかな日の光、青々と茂る植物、さらさらと流れる小川から聞こえるせせらぎ。
 そんな、当たり前のような風景の中に、その笑い声はとけ込んでいった――。


章間

 クッチャケッチャ 破滅への序章


 騎馬民族國、クッチャケッチャ。
 流浪の民である彼らは、皇都はおろか、城や街などをもたず、自らの領土内を転々としながら生活する。
 そんな、國としては不安定な状態であるにも関わらず、その存在はすでに二百年以上続いており、今なお勢力は衰えることが無かった、東の大国の一つである。
 しかし、そこに異変が起きた。
 國民全てが家族同様に暮らし、結束が強固であるはずのこの國で、あろうことか血縁同志の内乱が起きたのだ。
 その首謀者の名は、ラクシャイン。この國の皇、オリカカンの義弟である。
 彼は、あろうことかオリカカンの妹であり自らの妻、そして自らの子を殺し、首を掲げ、自身をクッチャケッチャ皇と名乗ったのである。
 この乱によって、國はラクシャイン派とオリカカン派、まっぷたつに割れた。義兄弟のちぎりを結び、心を分かち合ったはずの者たちも、これを機にまるでそんなことは最初からなかったかのごとく互いを忌み嫌うようになったのである。
 いや、少し違った。
 むしろ、ラクシャイン派に付いた者たちが、突然、しかも一方的に手を切り、彼ら全てラクシャインを持ち上げたのである。

 そして、戦が始まった。

 最初の頃は、ラクシャイン派が圧倒的であった。理由は不明だが、ラクシャイン派の者は総じて普段では考えられないようなすさまじい力を身につけており、次々とオリカカン派をねじ伏せていったのである。
 だが、同時に言えたことは、彼らが優れたものを得たのは力だけであった。いや、それどころではなく、彼らは以前まで持っていたはずの技や術を全て力だけに変えてしまったかのように、それを全く使用しないのである。
 さらに、オリカカン派は仲間が傷ついたときなどは互いに助け合っていたが、ラクシャイン派は仲間が傷ついても気にすることはなく、さらに言えば自分が怪我をしたところで気にかけることなく槍を振り続けた。そこには、共済を旨としたはずの國民性などかけらもないものだった。
 彼らは、何かにとりつかれたかのように、ひたすら武による戦いのみを続けたのだ。
 そんな彼らに異様を覚えたが、半ば当然のように徐々にオリカカン派が盛り返していく。
 もともとクッチャケッチャの皇は統率力に優れているとされるが、オリカカンは特に群を抜いていた。しかも、武、知とも優れ、当代随一の皇とされていた。その彼が力、技、術、魅、それら全てを使いこなし、一派全てを牽引している。それにより、彼らの軍隊はその力を存分に発揮しているのである。
 そんな相手に為す術もなく、ラクシャイン派はあっけなく崩れていく。以前までは『ラクシャインこそクッチャケッチャ一の知謀者』とうたわれていたにも関わらず、力に頼る一辺倒な戦い方しかしない。そして最悪なのは、ラクシャイン率いる軍隊に統率などなく、単なる烏合の衆と化していたのである。
 そして――。
 ラクシャイン派をほぼ制圧し、諸悪の根元であるラクシャインをついに追いつめた。國の南北を繋げる架け橋で、挟み撃ちするかたちになったのである。
 しかし、追い込まれてからの彼は見事としか言いようがない戦いを披露した。ラクシャイン一騎を数騎が取り囲み、同時に攻撃を仕掛けるのだが、まるで引けを取らない。その槍捌きはまさしく、このような反乱を起こす以前のラクシャインを彷彿とさせるものだった。
 そして、何故か。彼はウマばかりを狙い、騎乗の人間に致命傷を与える攻撃をしなかった。ただでさえ不利なのに、このような行動をとったのは、今でも理由が解らない。
 どちらに、しても。
 兵卒ですら他国の将軍並の実力があるといわれるクッチャケッチャ。それほどの手練れに対しては、どれほどの武を備えていても、そのうち傷つき、力つきていく。
 だが、騎乗していたウマも倒れ、身体には数十とも数百とも思える傷痕があるにもかかわらず、彼は立ち続け、兵卒との立ち回りを続けたのだ。
 それをずっと見続けていたが、埒があかないと思ったのか、ついに皇オリカカン自らラクシャインに対し攻撃を仕掛けた。
 ラクシャインはそれを待っていたかのように、まっすぐオリカカンに向かっていった。しかし、それはあまりに単調で素直すぎる攻撃だった。
 たった、一突き。
 今までの奮闘が嘘のように、やけにあっさりと、オリカカンの槍がラクシャインの腹に突き刺さった。背中に刃が抜けており、まさしく致命傷である。
 だが、槍が刺さった腹を見るや、何を思ったか、彼はふ、と微笑んだ。そして、オリカカンに、何か一言二言呟くと、自らの手で槍を引き抜き、橋の上から飛び降りたのだ。
 身の丈六尺を超える偉丈夫が、豆粒のようになっていく……そして、ここまで聞こえるような轟音とともに谷底の川へ沈んだ。
「……行くぞ!」
 それを見届けたオリカカンは、きびすを返す。
 彼がオリカカンに向かい、何と言ったのか定かではない。ただ、彼の顔は、より険しさを増していたのだけは事実だった。
 ――こうしてラクシャインの反乱は収まったが、それからの修復が大変だった。ただ、元々が流浪の民であり共済を旨とする國民であるためか、見事なまでの復興をみせ、瞬く間に國を立て直していった。
 ――そんな、矢先。
「オリカカン様、申し上げます」
「何事か」
「はっ。シケリペチム皇ニウェ殿から、伝令が参っております。いかが致しましょう」
「そうか……ここへ通せ」
「はっ!」
 またか、と思った。
 シケリペチム。西の軍事大国である彼の國は、最近になって新興國であるトゥスクルに攻め入るよう『助言』するようになった。
 ニウェが言うには、このたび興されたトゥスクル國は、皇が変わったことにより商業や工業が盛んになり、ここ最近は鉄を作り上げる技術もあるらしく、富に満ちあふれているという。國が盤石でない今こそ攻め入り、その國力を手に入れるべきだ、なんならシケリペチムとともに挟み撃ちにしても良い、と進言していた。
 ただ、これを文面通りに読むわけには行かなかった。
 それなら軍事力が優れているシケリペチムこそ攻め入り、その國力を奪うべきであろう。何よりも戦と血を好むニウェである。わざわざクッチャケッチャにそのような進言をするなど、危険極まりない匂いしかしない。むしろ、両方とも國力を疲労させて漁夫の利を得ようとしているのではないか――そう思わざるを得なかった。
 だからといって無下にするわけにもいかず、いつものように、先だって起きた内乱を理由に現在は困難として断ることにした。
 しかし、今回はいつもとは違った。
 オンカミヤリュー族。いわゆる『調停者』が伝令者だったのである。
「……オンカミヤムカイが、わざわざシケリペチムの名を使ってまで、余に何用か? まさか『調停者』である貴公がトゥスクルに攻め込めと言うわけではあるまい?」
「クッチャケッチャ皇オリカカンよ、よく聞くがよい。ラクシャインはいまだに生きている」
「……何?」
 そんな訳はない。いかに屈強な武人と言えども、槍で身体を貫通した上、あれほど高い位置から谷底に落ちて助かるなどということは、考えられないことだった。
 そして、あのいまわの際に呟いたあの言葉。仮に生きているとしても、すぐさま死を選ぶことだろう。
 しかし。
 彼の言葉は、強引に脳髄にねじり混まれるような感覚とともに、真実として直接脳にたたき込まれていった。
「ラクシャインは、汝に刻まれし傷を薬師を傀儡として癒させ、顔を仮面で隠し、名を改め、トゥスクル國を興した。見間違うな、『顔を仮面で隠した者』こそラクシャインである」
「……」
「あのことを思い出すが良い。汝の妹、そしてその子を残酷に殺害した貴奴のことを。今の感情は貴奴に刷り込まれた捏造である。故に捨て去れ。ただただ憎悪に満ちていた、あのときを思い出すが良い」
「……」
「ふむ。まずはヤマユラという集落で暮らす者どもは、貴奴の『家族』とも言うべきものらしい。『家族』が殺されるという思いがどのようなものか、知らしめるのも、また一興であろう」
「……」
「真実だ。故に、迷うな」
「……解った」
 そう答えたオリカカンの表情は、怒りと憎しみに満ちていた。
 思い出したのだ。あの憎しみ、あの怒りを。今までのことなど、すっかりと記憶の底へ封じ込めて。
 ……これが、幻惑の術であることを、彼は最後まで気が付くことはなかった。
「誰ぞあるか!」
「はっ!」
「ラクシャインが生きておる!」
「なっ……! それはまことでございますか!」
「余はこれより、貴奴がいるトゥスクルへ攻め入る! 貴奴の『家族』であるヤマユラを襲撃し『家族』が殺されるのはどのようなものか、身をもって知らしめてくれるわ!」
「はっ!」
 一礼すると、戦の準備のため、慌てて出ていった。
「よくぞ、教えてくれた。礼を言うぞ、オンカミヤムカイ」
「ふむ。ゆめゆめ油断されぬことだ」
 そういうと、何事もなかったように、身を翻す。
 ラクシャイン、そしてオリカカン。彼らはこの男の幻惑の術によって、自身を、そしてクッチャケッチャ國を滅ぼすことになることは、また後日語られることになる……。

……To Be Continue……

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