WHITE ALBUM SS

藤井冬弥デビュー秘話


「時代は今、若い男の演歌だろ」
 何の脈絡もなく、英二が言い放った。
「……相変わらず唐突の上、意味がわからないわ」
 理奈は完全に呆れた様子で、はん、聞いちゃいられない、と手のひらをひらひらとさせる。
 それに比べて由綺は、こくこくと二度頷く。
 しかし表情は、何も考えていないようにしかみえない。
「俺も少し油断してたよ。まさかここまで”きよし”が伸びてくるとはね……」
「やだねったら、やだね、きよしー! ですよね!」
 由綺はあの独特の身振り手振りをなぜか完璧にトレースしながら力説する。
 きよしー、のかけ声がいかにも還暦前後のおばはん臭い。
「……由綺、少し落ち着きなさい。まったく、あのズンドコのどこがいいんだか。だいたいね、あんな曲がオリコンでベストテンに入るなんて珍事もいいとこだわ……って何よこの訂正線は? こんなのSSで使って良いと思ってるの?」
「ふん……甘いぜ理奈。ギャグSSは失笑でも笑いをとれば勝ちという不文律がある。つまりだな、ギャグSSは文型なんかあってないようなものだ。訂正線くらいどうってことはないぜ」
「ふーん……じゃあ暴露するけど、このSSは〆切五時間前に書いてるのよ
「……あ」
「ふふ、確かに面白いわ……都合の悪い発言は全てこうなるのね?」
「あの……」
「何?」
「あまりやらないほうがいいみたい……」
「……逃げ腰ね」



「で、だ。我が緒方プロダクションでも、是非とも若い男の演歌歌手を輩出したいと考えている」
「だいぶ安直ね……」
「それって、カンニングの時に使うあれだよね」
「……それは、あんちょこ、でしょ」
 由綺に一応つっこむ理奈。律儀というか何というか、である。しかし英二は、話を逸らすまいと咳払いを一つ入れ、注目を集める。
「そこでだ。若い演歌歌手にふさわしい人物を捜そうと思う。協力してくれるか?」
 由綺はなぜか楽しそうに、理奈ははいはいわかりました、と呆れかえりながらも一応、頷いた。
「で、その”ふさわしい人物”ってどういう人?」
 理奈が当然と云えば当然の質問をすると、英二が満足げに一度頷いてから解説を始める。
「まず、若い男の演歌歌手、ということで、ターゲットは熟年層、主に女性だ。ということは、まず可愛いと思わせるくらいルックスが高くなくてはダメだな」

 条件一:ルックスが高い

「それと、相手はババァ年齢層の高いお姉さんだ。若い男にはある意味でたまらないだろう。それらを前にしても嬉しそうににこにこと笑っていられるほど感情を見せないことが重要だ」

 条件二:感情が表に出ない

「時には、このSSの作者のように、顔で大地震が起きたんじゃないか、と云えるヤツもいるだろう。そういうときでも、お美しいですね、といえるほど、みのもんたのように自分の心に嘘をついても平気なことが必要だ」

 条件三:自分の心に嘘が付ける

「歌は鍛え上げればなんとかなるが、声に魅力があることが絶対に必要だ」

 条件四:声に魅力がある

「最後はやっぱり体力だな。高ければ高いほどいい。だが、最低、連続四十八時間は苦もなく動けるくらいの体力があればいいな」

 条件五:体力が人並み以上

「以上だ……どうだ?」
 理奈はとりあえず聞いてみたが、呆れるようにかぶりを振る。
「そんな人、いるわけ……」
 だが、途中まで言いかけて、あ、と思い出したような表情を見せる。
「……いたかも。全て当てはまってる人。すごく身近に」
「えっ? 理奈ちゃん、誰? 誰?」
 由綺は本当に解らない表情だ。英二も興味ありげに耳を傾ける。
 理奈は、わずかばかり含み笑いを浮かべ、意地悪く答えた。
「兄さん」
 妹のとんでもない発言に、ブーッ! と唾を飛び散らせてしまう英二。ごほごほ、と咳込み、かなりの動揺を見せたが、すぐに冷静さを取り戻したかのように見せるため眼鏡を指で直す。
 そして改めて自分の言葉を繰り返すと、なるほど、と納得してしまった。由綺も続けて、あ、確かにそうだよね、と深々と頷く。英二はちょっとだけ心を抉られたような気分になった。
「はは、こりゃ理奈に一本取られたな。でも俺はダメだ、一応プロデューサーだからな」
「やっぱりね」
 あはは、うふふ、と、兄妹とは思えぬ、むしろ火花を飛び散らせたような緊張感溢れる笑い声を互いにもらした。
 由綺はこの時の様子をこう述べる。
 気温が三度以上下がったように思えたのに、この二人の背中には漆黒の炎が纏われていた、と。
「……他に、いないか?」
 未だ緊張感が続くなか、いい加減埒があかないので、話を続けることにした。
 三人とも、腕を組み、うーん、と考えてみるが、一向に思いつかない……はずだったが、あ! と理奈が思いついた表情を見せる。
「いた! いたわ! 少なくとも、一、二、三に当てはまる人が!」
「え? え? 誰? 誰?」
「やっぱり俺だ、っていうオチは無しだぞ?」
「兄さんは全部。この人の声は私好みでいいけど、五は解らないの」
 はは、と笑う英二の微笑みは、一部でしか通じない一言で云えばアシュラマン笑いの面と云えよう。
「由綺……ちょっと」
「え? え? 何々?」
 理奈は由綺に、ごにょごにょ、と何か耳打ちをする。
「え? え? ええっ?」
 そして、白い粉が入った袋を渡した。
「……いいわね?」
「……わかった、やってみる。でもホントにやるの……?」
 口元がにやり、とした理奈に、由綺は少しだけ不気味さを感じた。
「それでね、その人って誰かっていうと……」



 まるで取調室のような部屋。
 しかし、丸形スタンドもなく、ついでにカツ丼もない。
 あるのは業務用机一台と椅子一脚、そしてそこに座っている”ふさわしい人物”。由綺がここへ連れてきたのだ。英二が呼んでいるから、と。
「……で、俺に何の用ですか?」
「ふはははっ! よくぞ来た、まい同志!」
「はっ?」
「どうだ青年? 似てないか? 九品仏大志に」
「……くほんぶつたいし?」
「ん? 知らないのか? まぁいい」
 ……といいながら、少し残念そうである。
「青年!」
「?」
「おまえの胸に、燃えさかる心はあるか?」
「!」
「お前の胸に、誰にも負けぬ鋼の心はあるか?」
「……」
「お前の胸に、大いなる野望は眠っているか?」
「……ぅ」
 確かに大学へは行っているが、何を俺はしているのだろうか……?
 何を求め、何をやりたいのか……?
 目的も決まっていない。何をすべきか解っていない。
 目的を決めるために大学へ行っていると云えば綺麗かもしれないが、それでいいのだろうか……?
「それでいい」
「……は?」
 どうやら、英二は別世界(こみパ)にいっているらしい。
「我が同志青年」
「……?」
「お前……演歌を歌ってみないかっ!」
「は、はぁ?」
「いや……間違いだ」
「……」
「歌うべきだ。いや……違う。歌え! 歌うんだっ! それがお前の宿命だ! 運命だぁ!」
「な、なんでですか?」
「ん? 俺が歌わせたいからさ。それにどうせ大学行ってもなんにも目的ないんだろ?」
「そこが大志と全然違いますよね。途中までは同じなのに、ずっぱりと粉々に斬るところが」
「なんだ、大志を知ってるのか? なら話は早いな」
「……早い、とかは日本語が間違ってません?」
「ということで、演歌はどうだ?」
「聞いてないし……」
「仕方ない……ティータイムにしようか。由綺ちゃん、お茶持ってきて」
「はい」
 何の脈絡もなく端から由綺がコーヒーを持ってきた。
「っていうかここは芸能人がお茶持ってくるんですか!」
「ん? いいじゃないか。男のロマンが一つ叶った気がしたろ?」
 そう言われると、確かに。
 普通のコーヒーだけど、飲んでみると美味しく感じてしまった。
 コスプレ喫茶みたいでドキドキしてきてしまっているようだ。
 ドドドキドキキドキドキ……。
「あ、あれ……?」
 違う。
 身体の様子がおかしい。
 心臓の鼓動が異常で、とにかくクラクラする。

 どさぁっ!

 身体が言うことを利かず、そのまま倒れる。そして一瞬で眠りに堕ちるのだった。

…… TO BE CONTINUE ……

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