| ―― 少なくとも私にとっては、 今日、八月十七日の朝は、いつも通りの朝だった。 |
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こみっくパーティーSS Restrict Ring |
| ♪ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ…… 「ん……?」 農家である私の家は、一般家庭と比べれば朝は早いほうだと思う。毎朝五時四十五分が私の起きる時間になっていた。 「んーっ……」 背伸びを一回。これで大抵の眠気は醒める。 起きあがり、布団を畳んで押入に入れると、私がいつも朝一番にすることになっている、南側一面に四つある引き戸を開けにいく。 がらがら、と引き戸の一つ目を開けると、遙か先に見える山麓の頂から漏れだしてきた夏の日差しが、柔らかく全身を照らす。それと同時に、爽やかなそよ風が家の中へ吹き込んで、僅かに残るだるさを心地よく目覚めさせてくれた。 引き戸をすべて開けはなったあと、いつものように台所へ向かう。 実家の廊下は古くて、歩くたびにぎしぎしと軋む。いつか底が抜けるのでは、と危惧していたけど、親に言わせれば、いつもこんなもんだったろう、と全く気にしていないようだった。 昔からだったかなぁ? 高校卒業までの十八年間暮らしたはずなのに、気に留めていなかったのか、当時は全く気にしなかった。 ……台所に近づくにつれ、いい匂いが漂ってくる。そこに入ると、いつものように、白い割烹着に身を包んだ母が味噌汁を作っていた。 「おはよう、お母さん」 「おはよう」 そしてそのまま朝食の準備を手伝う。これもいつも通り。 夕食は私が作っているけれど、朝食と昼食は現在全てお母さんが作っている。昼間はバイトの関係でどうしようもないけど、朝食は作るよ? と何度か打診はしたものの、私の一日の始まりはこれだから、とお母さんは言って譲らなかった。 お母さんの朝は、少なくとも五時半よりは早い。一体いつ起きているのかわからないけど、前日には朝食の準備などはしないので、それくらい早く起きているということになる。 「よっ……と」 ご飯と味噌汁をよそい、台所の隣にある居間へ持っていく。そしてそれらを今時珍しい円卓に並べた。なんとなくこれを見ると、一度はひっくり返したくなる。なんていうのか、昔取った杵柄というものかもしれないわね。……ちょっと、違うかしら? とっくに起きて新聞を広げていたお父さんとともに、三人での朝食が始まる。 ご飯、ナメコと油揚げと長ネギの味噌汁、納豆、厚焼き卵、漬け物、そして日本茶。東京にいたころは仕事の都合などで朝食を抜いたこともあったけど、こちらに来てからは毎日三食きっちり食べている。 さすがに農家だけあってご飯は美味しく、ミソも自家製で、そんじょそこらのメーカーものより格段に味わい深い。そういえばここ長野はミソの生産量が日本一だけど、その事実を知ったのは東京に出てからだったりする。 卵は近所の養鶏所との物々交換、長ネギは自家製と、これだけの材料のなかで、お金を出して手に入れたものが殆どないのも、いかにも農家らしいと思う。 ……テレビも付けず、会話らしい会話もないまま、黙々と箸を動かす。 でも、この感じは不快じゃない。ゆっくりと、せかされることなく箸を動かすことは、良い意味で落ち着くから。 ……そのまま、十分くらい経った。 南がご飯と味噌汁を半分くらい食べたころ、お父さんは箸を置き、お茶を一気に流し込むと、すっと立ち上がった。 「ごちそうさん。んじゃ、畑行って来る」 「はい、お粗末様でした」 「いってらっしゃい、お父さん」 そんな私たちの言葉に応えるように、こちらは見ないまま、すっ、と手を挙げる。そして、玄関から出ていった。 そんなお父さんの後ろ姿を、何故か必要以上にじっと見続けてしまう。 「……お母さん」 そして、出ていったことを見計らうと、お母さんに話しかけた。 「何?」 「……ううん、ごめん。何でもない」 「そう?」 ……最近、特に思うことがある。 あんなに大きく感じられたお父さんの背中。 それが、少しずつ、でも確実に小さくなって来ている。 もちろん、本当に小さくなっているわけじゃない。けど、背中から伝わる「力強さ」というべきものが、明らかに消えつつあった。 「……」 少し喉が渇いてしまったので、お茶を一口啜る。 お茶は確かに美味しかったけど、ちょっとだけ苦かった。 私が東京から帰郷して、一年と五ヶ月になろうとしている。 何もかも様変わりした生活に最初はとまどうことも多かったけど、高校卒業までの十八年間暮らしていた地元だけあって、なじむまでそう時間は掛からなかった。 冬はさすがに堪えたけど、それに耐えうる設備も整っているし、真夏になると嬉しいくらい涼しくて、クーラーや扇風機を使わなくても、充分に過ごしやすい。 しかし日差しの強さだけは日本各国どこでも同じで、今の季節に日焼け止めクリームと帽子、日傘は必需品になった。 お肌は大切にしないとね♪ 「♪」 私は日傘を手に、田園の中にぽつりぽつりとしか家が無い田舎道を、家から三キロメートル先の駅に向かって歩いていた。 以前は砂利だったこの道もアスファルトが敷かれ、少しずつだが発展している様子がうかがえた。でもアスファルト特有の照り返しがあり、足下からもわりと暑さがにじみ出てくる。そう言う意味では発展も善し悪しなのかもしれない。 「♪〜♪〜〜」 思わず日傘をくるくると回しながら、鼻歌を歌ってしまっている私。あと二キロメートル程度と迫った駅で起こりうる出来事に、胸を躍らせていた。 一昨年までの私のお盆は、こみパにとって最大のイベントである夏こみが重なっちゃって、こなしてもこなしてもやってくる急な仕事とトラブルに振り回され続けたのよね。 でももう、それも今となっては懐かしい話。 そして今、私にとって年三回の大イベントは、規模が大きいこみパが終わった次の土曜日になっていた。 そう。 この日は、和樹さんが大学の長期休暇を利用して、長野へ来る日になっているから♪ 「♪〜」 ヒュウッ! 「風……あら?」 帽子……あら? どこへ……? あぁっ! ……ため池……帽子があんなとこに……あぁぁ……沈んでく……。 「……はああっ……」 ……この歳になっても相変わらず「うっかりミナ兵衛」ぶりを発揮する自分に思わず涙が出てきてしまった。 実家へ戻ってきたときに、降りるはずの駅を寝過ごしてそのまま通過しちゃって、当然のように帰りの電車もなく、終点駅のベンチで一晩過ごしちゃった、とか……。 和樹さんの言葉が嬉しくて嬉しくて、つい泣いちゃった……一生の思い出になるはずだったあの日あの場面だったのに、自分自身のうっかりで余すことなくぶち壊しにして……『一笑の思い出』に格下げにしちゃったのよね……。 「うぅ……しおしお〜……」 その言葉通り、よろよろと歩き出す。 うぅ、会う前からブルー……あ、そういえば女性でブルードルフィンっていたわよね……ライ○マンだったかしら……はっ! ……誰も聞いてないわよね? 「そろそろかしら……」 年季が入った木造の建物と切符自販機(タッチパネルなんて夢のような時代だったころの、壁に埋め込まれているタイプ)のみという、見事なまでになにもない無人駅に、申し訳ないように据え付けてある時計。 それを見ると午後二時十一分。 もう三分遅れてるけど、この辺りでは許容範囲内みたいで、気にしている方が変だったりする。 「あ……!」 思わず上り電車の方に顔を向けてしまう。 遠くから、カンカンと踏切の音が小さく聞こえてきた。 力強い電車の音と、プァーン、と鳴り響く汽笛。 白と緑のツートンカラー、少し古くさい電車が、朧気ながら見えてきた。 そしてそれは段々と大きくなり……甲高いブレーキ音が響く。 ……なんて、もどかしい時間。 先ほどまでの三分より長く感じる一分弱。 でも、間違いなく、電車は近づいてくる。 ぷしゅーーっ…… そして、見た目数人しか乗っていない二両編成の電車が緩やかに停止して、ドアが開く。 学校帰りの学生もいなければ、仕事から帰る時間でもないこの時間、こんな田舎の駅に降りてくる人なんて、一人いるかいないか。 「……はぁ」 緊張の度合いが高まってくる。跳ね上がった心臓音は、身体全体を揺らすかのよう。 ……いつも、そう。 こうやって駅で待つたび、最初に思うのは不安。信頼しているはずなのに襲ってくるこの……。 ぶるぶるっ! 「はぁ……ふぅ……なにを……?」 考えようとしたことを振り切るように、思い切りかぶりを振る。 大丈夫……南はかっちゃんのことを信じてるから。……なんてタ○チみたいに言ってみたりして。うふふっ。 ……寒……。 歳を取ってくると寒いことでも言いたくなる、って本当ね……きっと。 プシュウーッ ……え? ちょっと、まだ誰も降りてない……? あ、ちょっと? まって? え? 和樹さんは? 慌ててキョロキョロと周りを見渡してみる……けど誰もいない。 入り口は目の前の改札もどきしかないはずだし……。 け、携帯電話……あ、家に置いて……? ゴトンゴトン……ゴトンゴトン…… まさか…………。 本当に、来てない……の? 「南さん!」 ……え? 後ろ? ……ひゃっ! 「……あ……っ」 気が付いたときには、彼に両腕で引き寄せられ、抱きしめられていた。 「お久しぶりです……元気そうですね、南さん」 耳元で、声がする。 その声は……何度思い返したか解らないような甘美な声。 「はい……元気でしたよ……」 日傘を手放す。 その手で、精一杯腕を回し、自分の身体全体を押しつける。 彼の身体を、熱を、匂いを、心臓の鼓動を。 すべてを、感じられるよう……。 「南さん……」 「はい……」 顔を上げる。目の前にある愛しい人の顔。 自然に目を閉じる。そして私たちは、そのまま唇を重ねた。 「……お帰りなさい、和樹さん」 いらっしゃい、と言うのが自然なのに、どうしてなのか、口から出たのは、そんな言葉だった。 「もう! それじゃ一時間もこのために隠れてたって言うんですかっ!」 話を聞くと、とんでもないことが発覚した。 和樹さんが言うことを総合すると、二時の電車で来る、って言ってたのに、わざとそれよりも一本早く来ていたらしい。 そしてそこからずっと、私を驚かすためだけに、駅の影に隠れていた……とこういう訳らしかった。 「はは、南さんを驚かせたくて……。いつも同じ登場の仕方だと飽きもしますしね」 そんなことを言って彼は屈託泣く笑う。 でも、明らかに私はそれと相反する顔をしていた。 「……本当に」 「え?」 「本当に、不安だったんですから……っ!」 子供みたいで、情けない……そう思う。 けれど、私は思っていたことをありのままに……怒気を込めてそう言った。 そんな私に、彼は呆気にとられている顔をしながら、 「……ごめん」 そう言って謝った。 「え……?」 違うのに。 私は、謝って欲しいなんて思っていないのに……。でも、私は確かに謝らせるための言動を言い放っている。そんな、どうしようもない矛盾で、頭がごちゃごちゃする。 「……あ、ご、ごめんなさい……決してそんなつもりじゃ……」 「南さん」 私の言葉を遮るように名を呼ぶ。答えるように見上げると、和樹さんもこちらを向き、私を見つめる。 「もう、南さんを不安にさせるようなことはしないから」 「…………」 彼のそのまっすぐな瞳。その視線に、私はあっさりと虜になってしまう。 私はその言葉に、顔を真っ赤にして答えた。 私……すごく解りやすすぎるのかしら……。 「……そうですよ」 そう言いながら、私は彼に腕を絡ませる。 「私を不安にさせないで下さい……ずっと……ずっとですよ……?」 「ええ」 「ありがとうございます……」 私は目を閉じながら、彼の腕に寄り添った。 「……それに、いつだって、俺も……」 「え?」 「……あ。……なんでもないですよ、南さん」 彼はそう言って、照れくさそうに、笑った。 「そういえば和樹さん、今日はちょっとしたお祭りがあるんですよ」 「お祭り?」 「ええ、盆踊りです。ほら、あそこにやぐらが造られているでしょう?」 そう言って、この町の小さな公園を指さす。 そこには、やぐらと、そこから蛸の足みたいに電気コードが何本も広がって、そこに百個近くの紅白ちょうちんがぶら下がっていた。 「へぇ……」 「もし、宜しければですけど……行ってみませんか?」 「盆踊り? ……イコール浴衣……南さんの浴衣姿……和の心……ん? ちらりと見えるうなじ? ……うおおっ! それだよ! ナイス! 日本人バンザーイ!」 「は? どうかしましたか?」 「え? いや! あははーっ、もちろん行きますともっ!」 何故かぎこちない笑いを浮かべながらも、彼は承諾してくれた。 ……。 そのまま歩くと、今までまばらだった家が次第に何軒か連なるようになってくる。 そして、私の家まであと一キロ程度のところまでやってきた。 和樹さんが長野へ来たときに宿泊する民宿へ向かうには、ここから右に行く必要がある。 「南さんも来ます?」 「あ、いいえ。実は携帯電話を家に置いてきてしまって……一度取りに帰ります」 「そうなんですか? では、とりあえず俺、手荷物置いてきますんで」 雰囲気と値段との兼ね合いがいいらしくて、気に入っているらしく、それから毎回予約しているんだけど……。 「はい。……ところで、いつも思うんですけど」 「はい?」 「どうしてうちに来ないんですか? 部屋は広いし余ってますし……」 「い? ……いや……気持ちは嬉しいんですけど……ははは」 この話をすると、いつも笑顔が引きつるのよね……宿泊費と食費がタダだし、いいことずくめのような気がするんだけど……どうしてかしら? 「じゃあ、荷物置いたらここで待ってますよ」 「ええ、解りました」 そして、私たちはとりあえず別れた。 ……これから起きることも知らずに……。 「……あら?」 私の家に近づくにつれ、何か様子がおかしいことに気が付いた。 近所の人たちが私の家の前で人だかりを作っている。 「あっ! 南ちゃん!」 その中の一人……いつも私によくしてくれているお隣の昌美さんが、私の姿に気が付く。 そして、もう齢が還暦に近づこうとしている身体にむち打って、私のところまで駆け足でやってくる。 「みなさんで……どうしたんですか?」 「お父さんがね、また倒れちゃったんだよ! それで今救急車で病院へ――!」 ………え? 「ちょ、ちょっと南ちゃん! ほら、しっかりおし!」 え、あど、どう、しよ……? ど、どうすれ……どうすれば、いいの? あ、あれ? 私……ど、どう、どうする、どうするってどうするの? 「……あ!」 「あ……ちょっと南ちゃん!」 ドタドタドタ……バン! で、電話……電話……あった! ピッ、ピッ、ピッ…… プルルルル……プルルルル……プッ 『はい。どうしたんですか南さん?』 「和樹さん! ここへ来てください! 早く……早くっ……!」 |
…… To Be Continue ……
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