こみっくパーティーSS

12th May


(一)

 ゴールデンウィークも、いよいよ最終日。
 世間では大型連休らしかったけど、マンガと学業と両立させなければならない俺にとって、この時期はすなわちマンガに敢然と立ち向かう、絶好で絶望な日の連続になる。
 というわけで、瑞希が連休を利用して実家(といってもそれほど遠くないけど)に帰っている間中、俺はずっと原稿にいそしんでいた。
 ……もちろん、原稿途中にゲームなんか出来るわけがない。瑞希もいない今、怒られることがないからって、一日たった……五時間くらいやっただけだ。
 まぁ、そ、そんなことは、どうでもいいことだ、よな?
 ともかく。
「お、おわった……」
 三日連続徹夜の果てに、どうにか読み切りマンガの原稿を終わらせた俺は、ふらふらになりながらも、コミックZ編集のAに渡す。
「二十一、二十ニ……」
 そんな俺に、お疲れさまとか、ねぎらいの言葉もなく、必死の形相で枚数を確認するA。
「はい、確かにお預かりしました! じゃ印刷機止めてますんで、失礼します!」
 そしてとどめに、
「先生! 次回は、絶対〆切を守って下さいよぉ!」
 などと言いながら猛然と家から出ていくA。あいつの本当の名前は新井敦(あらいあつし)と言うんだけど、編集後記にAとだけ書かれているのでそれをニックネームにしてしまった。本人は気に入らないようだけど、一オタク千堂和樹としては、名前の方も取られてAAとならないだけ、まだマシなあだ名だと思うけどな。
(Aさぁ……〆切は、破ってなんぼだろ)
 マンガ家なら誰もが笑い話のように書いてあるあの言葉を心の中でAに吐き捨てると、完全に気が抜けた俺は、その場で突っ伏してしまった。

 …………Zzz。
 ……Zzz。
 …Zzz。
 カチャッ……
「あれ? 鍵開いてる。ただいまー。……えっ?」
 ……ん?
 誰か、入ってきた……。この声は……瑞希か?
「きゃあああぁっ!」
 ど、どうしたんだ? いきなり叫んで。

 ドタドタドタドタ!

 ……まったく、そんなにドカドカ走るんじゃねぇよ、頭に……響く。
「和樹! 和樹っ! ねぇ! どうしたの! しっかりしてよ!」
 お、俺か?
 身体をゆさゆさと揺すぶられ、初めて瑞希の一連の動作の目的が俺であることに気が付いた。
 俺も俺で、顔面を床にべっとりと貼り付けている。顔と身体、節々が痛い。
「……ん……瑞希?」
「! 和樹……よ、良かった……。何ともない!?」
「……あぁ、悪い。大丈夫大丈夫……よっと」
 そのままの体制じゃ悪いと思って、くるりと半回転……

 ペリペリッ!

「うぉぉっ!?」
 か、顔が床に張り付いて! すっげぇ痛てぇ!
「ぷ……っ、あははははははっ! あ、あんた……かお……顔に痕付いてるよ!」
 そんな俺の顔を見た瞬間に笑う瑞希。
 顔をさすると、頬のところで足下の床を触っているような、ざらざらした感触がある。どうやら相当しっかりと付いているらしい。
 瑞希は瑞希で、俺の顔を何度もちらちら見ながら、そのたび涙を流して大笑い。
 こいつ……いつかしばく。
「あ、ははははははは、もお……酸欠するかと思ったぁ。どうしたの? こんなところで寝てたりして」
「あぁ……どうやらAに原稿渡したらそのまま倒れちまったみたいだ」
 少し物騒な答えかもしれないが、まぁ事実だからなぁ。
 う〜ん、Aに原稿渡したまでは覚えてるから、俺はそこで事切れた、ってことか。でも、まだ幻聴とか幻視とか無いだけまだましだな。ゴールデンウィーク万歳。
 でもなぁ……どうして原稿ってのは、時間的に余裕がある、がいつの間にかあったはず、になって、いつも〆切ぎりぎりになっちまうんだろう。
 というより、最近、いつの間にか原稿にあてる時間を逆算しちまってるんだよな、俺。しかも、最初から〆切日じゃなくてデッド(この日を超えると原稿が落ちてしまうという日だ)で計算するようになっちまった。
 あ〜ぁ、このままじゃ、いかんよなぁ……。
 いつまで経っても……こんなんじゃ……連載なんて……出来そうに……ないよなぁ。
 ん……ふわぁぁ。
 ……ん……眠…………Zzz。
「……え? 和樹?」
「……」
「ね、寝ちゃったの?」
「……」
「もう……しょうがないなぁ」
「……?」
 何だ……? 頭が、やわらか、い……。ひざ、まくら……?
「お疲れさま、和樹……そして、おやすみなさい……」
「ん……」
 敢えて言うが、瑞希の膝枕は、コレで人が殺せると思うほど「やわ気持ちいい」……頭を乗っけているだけなのに、瑞希の体温や匂いや鼓動を強く感じる。俺の全てを包みこんでいるような気さえする……。
 なんて、やすらぎ……。
 正直言えば、俺の全てを瑞希に預けているようで情けない気もするし、どこか敗北感みたいなものもあるけど……。
 ……いいか、そんなことは。もう……溺れ……よ……。
 …………。
 ………。
 ……。
「……ん?」
 気が付いたら、俺は布団の中にいた。
「ん〜……!」
 めいっぱい伸びをして、布団を畳む。
 ベッドの方がいろいろ便利とは思うんだけど、全て二人分でただでさえスペースを取ってるところに二つのベッドじゃさらに狭くなってしまうので仕方なく布団、といったところだ。
 どうやら俺が完全に寝た後、瑞希が布団を敷いて転がしておいてくれたようだった。
 閉じられたカーテンからいくらか光が漏れている。どうやら、次の日まで寝ていたらしい。
「ん?」
 あれ? そういえば今日、なーんかあったような……。

 ジリリリリリリリリリッ!

「うわっ! 何だぁ?」
 突然のけたたましい音。周りを見渡すと、その正体は目覚まし時計と判明した。とりあえず音を止める。九時半にセットされているところを見ると、瑞希がセットして置いてくれたものらしい。
 瑞希がこうしていくということは、何かあったはずだ。
 えーっと、今日は……やべぇ、マジでわかんねぇ。最近予定とかは全部瑞希に任せっぱなしだし、特に昨日まで原稿のことで頭いっぱいだったからなぁ。予定なんかすっかり忘れちまった。
 まぁとりあえずいいか。そのうち思いつくだろう。メシにしよう、メシ。
 瑞希と一緒に暮らしてからというもの、朝食は毎日喰うようになった。俺が寝過ごしていても、ちゃんと作り置きしてくれている。
『ほらほら、朝ご飯食べておかないと、今日の元気が出ないでしょっ』
 ……らしい。文部科学省の検定教科書に出てきそうな台詞をそのまま言うところが瑞希の生真面目さをあらわしているというか。
 とりあえず、テーブルに置いてある裏返しにした茶碗を手にとる。……と、そこに挟まっていたメモのような紙が一枚、ひらひらとテーブルの下に落ちていった。
 それを拾い上げ、内容を読んでみる。それには……

『十時からのゼミ、遅れないでよね
                     瑞希』

「ふおぁぁっ!」
 まるでジョッキー・チュンになったような声を思わず上げちまう。
「やっべぇ! そうだったぁ! 急がねぇと!」
 くそ、何やってるんだか……まったく、俺も成長してねぇよなぁ。こんなんじゃ、いつか瑞希に愛想尽かされちまうかもなぁ。
『うん……あたし、あんたの幸せになってあげるね。だから、あたしも幸せにしてよ』
 ……忘れもしない、あの言葉。
 瑞希は俺の幸せになってる。
 でも、俺は瑞希の幸せに……なっているのだろうか?
 でも、ま、それはおいといてだ。
 とりあえず――。
「風よりも速く走らねぇと間にあわねぇっ!」

……To Be Continue……

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