Happy Birthday……

今日はあの娘のBirthday!!WA編


 12月24日

 森川由綺編



 ――わああああああっ!!

 みんな必死になって手を降り続ける。止まらない歓声がまわりを包み込んでいる。
 そんなみんなの視線の先にいる私。
 みんなの期待に応えて歌い続ける。
 私が出来るファンへの精一杯のクリスマスプレゼント。
 それが毎年恒例になっているこのクリスマスライブ。

 でも。
 みんな、ごめんなさい。

 今歌っているすべての歌は、すべての私は……。

 昨日。
 私の部屋で行われた、ささやかなクリスマスパーティー。
 イブイブになってしまったけど、彼が私の仕事の都合にあわせて開いてくれた。
 そのときに渡されたプレゼント。
 彼は言う。
『俺は我が儘』だと。

 24歳のバースディとクリスマスプレゼントを、まとめて私に贈ってくれた。
 ものは一つだけど、二倍のお金がかかっている、と笑いながら言っていた。
”普通そういうことは言わないんじゃないかな?”
 笑いながら私も思わず言ってしまった。
 そんな中、彼は言った。
『でも、俺は我が儘だから』

 彼からの贈り物を、わくわくしながら受け取ってみる。
 小さな箱だった。
 でも、あまりに特殊な形をしている箱。
 わくわくから困惑へと変わる。
 小さい頃お母さんに言われた。
 好きな人から貰うものよ、と。
 それが私の目の前にある。
 開けてみた。
 近所のお店にあるようなものでもない。
 それが見た目でも判るものだった。

『俺は嫌なヤツだと思う』
『由綺を縛り付けてしまうことが怖い』
『由綺に約束されたものを壊してしまうかもしれない』
『でも、俺は我が儘だから』
『由綺を縛り付けていたい』
『俺から離れられないようにしたい』
『だから』
『これを贈る』
『いくら謝ってもすまないことかもしれない』
『ライブの前日に渡すものではないことも判っている』
『でも、俺は我が儘だから』
『会えるときはいつでも会えるわけじゃないし』
『渡せるときに、どうしても渡したかった』
『由綺に受け取って欲しかったんだ』
『俺は』
『由綺』
『お前と……』

 ――わああああああっ!!

 私は振り切るようにひたすら歌い続けた。
 次々に流れていくメロディ。わき上がるみんな。
 そして、その流れの中、ラストソングのメロディが流れる。

「皆さん、今日は、本当に来てくれてありがとう!」

 ――わあああっ!!

「それでは、最後の曲になりました! 聞いて下さい! 『Illumination』!」



 七色のときめきも つまらない喧嘩も
 夢の中を漂うように流れていく
 でもいつの日にも ずっと信じていたよ
 あなたが私を愛してくれること

 互いに手を取って 冬空を駆け抜けた
 小さく響くクリスマスソング
 見慣れてる街並みを 彩るIllumination
 冷たい闇に暖かい光が灯る

 あなたに優しく抱かれて
 雰囲気に飲まれながらのkiss
 戸惑う中で目を閉じる

 引き寄せた左手に
 我が儘なサンタクロースが
 とても静かに舞い降りた

 薬指を彩る小さなIlluminationに永遠の誓いを感じているよ……



 そして間奏が流れ出した瞬間。

「皆さん!!」

 私は叫び、決心した。
 私にもサンタクロースが舞い降りたことをみんなに伝えることを。
 左手の薬指にある柔らかな輝きを持つ呪縛を解き放てそうにないから。

 みんな、ごめんなさい。そして……。


 11月26日

 緒方理奈編



「失礼します」
 ……そんなに……。
 さっきからどんどん重なっていく箱や花束。その上にはカードらしきものがついているのも多かった。そう、『バースデーカード』だ。

 今日は私の誕生日。

 そして、さっきから重なっている箱は、知り合いの人達が私に贈ってくれた品物の数々。
 どんな想いで私にプレゼントを贈ってくれているのか……。
 兄の影響を恐れて、本当に祝ってくれているかわからない代物もあるかもしれない。
 私は、『緒方』の組織にはめ込まれた存在に過ぎないから。

 そんな中、ゆったりと心地よい三拍子を奏でる『テネシーワルツ』。
 ゼンマイ仕掛けのオルゴール。
 これだけは、間違いなく、なんのかけひきも、事情も、義理も。
 そんなものからかけ離れたもの。
 そう信じたい。
 いいえ、信じることが出来る。
 音楽の贈り物は兄さんを意識しなかった証。
 私だけを見てくれた証……。
 ……いつしかゼンマイが戻り、曲が止まりそうになってきたとき、思わずあわてて手を伸ばし、それを掴むと、なぜか一生懸命巻き戻す私。
 どうしてこんなことするのかしら……。
 オルゴールは逃げやしないのに。
 ……。
 つながりが、なくなって、しまわないように……。
 かな?
「そんなどこにでもあるようなオルゴール、そんなに大事にしなくたっていいんじゃない?」
 後ろから余計なお世話な声が聞こえる。
「うるさいわね。本人が気に入ってるんだからいいじゃないの」
「おいおい……つれないなぁ……だけどな」
「?」
 後ろを振り向くと、私を脅すような目をしている。
「お前は『みんなの』緒方理奈だって事を忘れるんじゃないぞ」
 それだけ言うと、控え室から出ていった。
「……それも余計よ」
 私たちの間を美しく儚いメロディがとうとうと流れる。
 その流れが、いつか、私たちの間を分断してしまうかもしれない。
 私が『私個人』の緒方理奈であることを望んだとき。
 それは訪れるのかもしれない。
 
 オルゴールが心を刻む。
 鮮やかに耳に響くしらべ。
 やわらかなその流れに。
 今だけは身を任せよう……。

 4月7日

 澤倉美咲編



いつから?

 いつからなんだろう? 自分の気持ちに気が付いたのは。

 どうして?

 どうしてなんだろう? 自分の気持ちに気が付いたのは。

 少なくとも。

 あのときから。そう、あの日から、私は”嫌な女”になった。

 あのとき。
 みんなが夕凪大学に入学してまもなくの。
 私の、誕生日、だ。
 いつものメンバーで、いつものように開いてくれている、私のバースディパーティー。
 由綺ちゃん、はるかちゃん、七瀬君……そして藤井君。
 でも、その年は、いつもと大きく違うことがあった。
 由綺ちゃんが初めて来ることができなかったんだ。
 由綺ちゃんは、緒方プロのオーディションに見事合格を果たし、子供の頃からの夢だった歌手になるための第一歩を踏み出した。その夢を実現するために、学校以外の全ての時間を割いて、レッスンに、そして仕事にめまぐるしい日々を送るようになったが、それでも、私の誕生日に開く毎年恒例のパーティーだけは毎年来てくれていた。
 でも、ついに抜けられない仕事が入ってしまったらしく、電話の先で何度も謝ってたっけ。
『ごめんなさい』って。
 でも。
 ごめんね、由綺ちゃん。
 私の方が謝らなくちゃいけないの。

 その日は、みんなが大学生になって、しかも同じ大学で。
 めでたい席だってことで、藤井君が持ってきたワインとか日本酒。
 大学生になったら酒解禁!
 そんなデタラメな理由で、まだ20歳に満たないのに飲み始めてしまう。
 そこで、止めれば、良かったかもしれない……所詮、後悔が先に立つ訳がないけれど。
 唯一お酒が飲める年齢の私だけ飲めないからと言って遠慮して、はるかちゃんは飲んでも全然表情は変わらなくて、七瀬君はとても明るくて。そして藤井君は、どんどん無口になっていった。
 しかも、はるかちゃんとか七瀬君と比べ、藤井君はまるでジュースのようにがぶがぶと飲んでいった。
 パーティーも終わったときも、はるかちゃんと七瀬君はある程度酔いが醒めたのか、すっと立ち上がったが、藤井君は立ち上がったのはいいけど、足がおぼつかなくて目も焦点があって無くて立ち上がった直後その場で崩れるように倒れてしまい、そのまま動かなくなってしまった。
 一瞬ヒヤッとしたが、冷や汗とか顔色とかには変化なく、ただぐっすりと寝てしまっただけだった。
 結局、そのまま寝かすことになって、はるかちゃんと七瀬君は帰っていった。
 毛布と布団と枕、そして、はるかちゃんが言うには夜中に吐いてしまうこともあるらしいので、まわりに新聞を敷くことにした。
 藤井君の身体から立ちこめるお酒の匂いで少し気持ち悪くなりながら、毛布と布団を敷き、枕を頭に乗せようと、左手で頭を抱え、右手に枕を持った。
 そのとき。
「……由綺……俺……」
 と、蚊が鳴くような声で言うと、涙をぽろり、と流したのだ。
 藤井君と由綺ちゃんは恋人同士だけど、最近は由綺ちゃんの仕事がすごく忙しくて、全く会えなくなってしまったこと。
 私たちの前ではずっと気丈に振る舞っている藤井君が出してしまった、とても寂しそうな、本当の気持ちを乗せた声。
 相変わらず身体から放出しているお酒の匂いが私を少し酔わせたのかもしれない。
 私の中を一瞬にして何かが駆けめぐった。
「そんなに、寂しい……の? なら……どうして……」
 由綺ちゃんじゃないと、いけないの?
 そう思いながら、枕を離し、彼の頭を両手で抱えて、目を閉じると。
 藤井君と唇を重ねた。
 そのときばかりはお酒臭いという気持ちは一切無くて、やわらかく心地よい感触だけが唇に残った。
「……!?」
 なにをしているんだろう? 私は?
 慌てて手を離しそうになったけど、一瞬で思いとどまり、ゆっくりと、藤井君の頭を枕に乗せる。
 由綺ちゃんに対してのやるせない気持ち、申し訳ない気持ち、そして、私自身が藤井君に向けている気持ち。
 それらが重なり合って、頭がごちゃごちゃしてくる。
 藤井君はそんななか、羨ましいくらいただひたすらに眠り続けた。



「ん……あれ? ここは……?? ってぇぇっ……、頭がガンガンする……気持ち悪い……」
「あっ、おはよう、藤井君。大丈夫? 水持ってこようか?」
 典型的な二日酔いの藤井君に笑顔を見せる私。
 でも。
 その笑顔は、偽りのもの。
 偽りで固めた”嫌な女”の始まり……。

 2月15日

 
河島はるか編


 上を見上げると、真っ青な空のなか様々な白を生み出す雲。
 下を見つめると、寒空にさらされた冷たいアスファルト。
 椅子に座りながらそれをぼぉっ、と見つめる。
 いつもならとても充実している時間。
 手の中にある、そんな気持ちを吹き飛ばすものがなければ。
「……」
 チョコレート。
 いつものような100円の板チョコじゃなく、私が持つには似合わない、おしゃれな包装紙にラッピングされた箱型のものだ。
 そして、その右上の目立つところにハート型のシールが貼ってあって、そこには、
『St.Valentine’s Day!』
 と踊るような文字で書かれている。
 私自身、チョコレートに目がないことは認めるけど、これは私のであって私のでなくなる予定のものだった。
「がらじゃないね」
 誰に言うわけでもなくそうつぶやく。
 似合わないことはするものじゃない。
 妙に意識して、昨日は冬弥と会話すら出来なかった。
 でも、今更渡す、ということはもっと恥ずかしい。
「食べちゃ、おうかな」
 そうつぶやくとすぐにぺりぺりと包装紙をはずす。
 これでもかと思うくらい可愛らしい水色のリボンに包まれた生チョコレート。
 結構、財布が痛かったから、とてもおいしい……とおもう。
「お? はるか、美味そうなもの食ってんな」
「……」
 くるり、と後ろを振り向くと、なんと冬弥が立っていた。
「なんだよ、そんな珍しい顔するな。それとも驚いたか?」
「冬弥も食べる?」
「話が飛びすぎだぞ……。ま、いいか、貰うよ。しかし、はるかにしては珍しく手の込んだやつを買ったなぁ」
「……今日、昨日の売れ残りの特売してたんだ」
「あ、そうか。おっ、これ美味しいな……もう一個貰えるか?」
 まあ、結果がこうなったから、いい、か、な?
「うん……冬弥はいくつ貰えた?」
「それを聞かないでくれ」
「ふぅん、ゼロ?」
「言いにくいことを言うなぁ……、由綺と美咲さんからは貰えた」
「そ」
「あ、そうだ。はるか、俺に付き合ってくれないか? ちょっと買い物したいものがあるんだ」
「うん、いいよ」



 冬弥と行き着いたところは、近所のスポーツショップ。そして何を思ったかテニスコーナーに入っていった。
「……シューズって意外に高いんだな」
「まあね」
「これは困った……けどな。はるか、お前、何がいい?」
「?」
「あ、言うの忘れてた……。はるか、21の誕生日、おめでとう」
「あ」
「まさか、自分のこと忘れてたんじゃないだろうな?」
「あはは」
 忘れてた。
「一昨年からテニスを再開したようだし、靴でも買ってやるか、なんて安易な考えでいたんだけど……う〜ん……」
「冬弥。じゃ、これ」
「どれ? ……ってテニスラケットじゃないか? お前こんなのよりいいやつ持ってるだろう?」
「冬弥もやろう? テニス」
「な?!」
「日頃運動不足しているようだから、私が鍛えてあげるよ」
「……」
「冬弥とテニスをやれると、嬉しいかな?」
「なんか半端だな」
「じゃ、嬉しい」
「本当にこれでいいのか?」
「うん」
「わかったよ。じゃ、はるかさんに鍛えていただくとしますかね」
「あはは」
 冬弥からは、いっぱい、いっぱい贈り物をもらった。
 テニスもそうだし、なにより冬弥といると暖かい。
 できることなら、これからも同じ時間を共有していくことが最高だね。
「よっし……いっちょ、アガ○を狙うか」
「髪の毛も?」
「……危ないと思うぜ? その発言」
「そう?」

 1月18日
 
 観月マナ編



 ふら……ふら……ふら……

 振り子のように振れる懐中時計。指で摘んだチェーンが、ちゃらちゃらと金属のすれる音をわずかに奏でる。規則的な懐中時計の動きを、私はただぼおっと見つめた。
 その懐中時計は、一年の経過をゆっくりと私に伝えた。
 そう……もう……一年になる。藤井さん……。
「はっ!? もう、何言ってるの!? 私ったら!! ほーんと、馬鹿みたい!!」
 独り言でここまで大声を出す私は、もっと馬鹿みたい、だった。
 そう、藤井さんなんて、ただの家庭教師。
 ついでにいうと、『お姉ちゃん』の……彼氏。
 うん。そう。だよね。たぶん。今でも。
 私の机を飾っている一葉の写真。
 そこには、私より1つ年上なのに恥ずかしがらずにこやかにVサインなんて送っている『お姉ちゃん』とそれを呆れ顔で見ている私がいる。
 これは私が高校2年生の時だ。
 このあと、お姉ちゃんは芸能界デビューを果たす。夢を追いかけたんだ。
 でも、追いかける、ということは、まず後ろを振り向くことをしない。
 がむしゃらに走っていかないと、追いついていかないから。
 ……そして、何の巡り合わせか。
 私のところに、失礼でがさつでなんのとりえもなさそうな男がやってくる。
 そう、なにもいいところなんてないの。
 ないの。
 ないのよ。
 ないのに……。
 どうして、こうなっちゃうんだろう?
 あのとき笑い飛ばしていたはずのテレビ番組。
 こんなに都合良く修羅場になるわけがない、と。
 でも。
 今はこの写真を見つめることが、自己満足を満たすだけの私のカルマ。
 この笑顔をされたときに、私がするべきことは何?

 ふら……ふら……ふら……

 懐中時計は。
 いつまでも穏やかな流れを見つめていた。
 そしてこれからも同じ流れを見つめることだろう。
 私がそんな中必死でもがいても。
 いつかやってくるものに。
 絶対に負けないように……。


 7月28日
 
 篠塚弥生編



 おかしい。
 最近の私はおかしい。
 なぜ、私はこの男の前に座っているのだろう。
 ……至極簡単。彼が私を呼びだしたからだ。
「……」
「……」
 互いに口をきくことすら出来ないのに、何をしているのだろう?
 無駄。無駄なだけ。一番嫌っていたはずの、無駄な時間のはず。
 でも、今のこのときを、何もしていないときをも、何かしら充実を感じてしまう。
 ……どう考えても最近の私は狂っている。
『弥生さんて、まるで精密機械のようだな。はは』
 初めて謁見したとき、社長はこう言った。その後、付け加えるように、
『でも、精密機械は目に見えない部品すら、ちょっとでも狂いはじめると手が付けられないんだよなぁ。ん?』
 ……まさしく、今なのかもしれない。感じる。崩れゆく、脆い私を……。
「……あのさ」
 そんな中、彼の方が口を開いた。
「はい」
 私は、軽く返事を返す。あくまで冷静に。
 ……こんなに”冷静”を意識したことなどない。”冷静”とはこんな行動だったろうか。……それすらわからない。
「これ……」
 そう言いながら差し出すもの。
「これは何でしょう?」
 素っ気のない返事。
 ……滑稽なほどつくってるのが解った。自称『篠塚弥生』を。
「お祝い」
「……」
「その……誕生日でしょ? 今日って」
「……」
 忘れていたわけじゃない。
 ただ、一個人が一つ歳を取るだけの他愛ない出来事をどうして「祝う」という言葉を使うのか。むしろ、時間の過ぎゆく様を虚しく感じる日ではないだろうか。
 ……。
 それではなぜ、私はここにいるのだろう……。
 私は……どこかでこの出来事を期待していたのではないだろうか……。
「……昨日、家に由綺が来てさ……」
 ……!?
 ふ……ふふ……私は……何を動揺しているのだろう。
 彼と、由綺さんは……れっきとした恋人同士なのだから、当然のことではないか。
「そのまま腕を引っ張られて……気が付いたらショッピング街で」
「……」
「それで……あれこれと店を回って……差し出されたのがこれだった」
 え……今、何て……?
「『これ、絶対弥生さんに似合うから!!』……って言われた」
「あ……」
「最初何のことなのか解らなかった。でも、弥生さんが明日が誕生日ってことを教えてくれて……」
「な……」
 先程から何を言っているのだろう。この男は。
 そこでなぜ由綺さんの名前が出てくるのだろう。

 ――かたかたかた……

 こ、コーヒーカップすらまともに持てない……っ。
「それで……」

『ねえ、冬弥君。傷って、ゆっくりちょっとずつ切っちゃうのと、早めにスッパリ切っちゃうのじゃ、どっちが治るのが早いと思う?』
『弥生さん、今でも、全然研いでもいないナイフをゆっくり押し当てられ続けてるみたいに、痛くて痛くて仕方なさそうな顔してるんだ……』
『私も、それを見ていて、痛いんだよ』
『でも、それ、弥生さんの特効薬になると思うんだ』
『……もちろん、私にも……』
『もしかしたら、冬弥君も治っちゃうかもしれないよ?』
『だから、それ、もってってよ、冬弥君』
『大丈夫。本人から聞いてるから、処方箋は間違ってないよ』
『知ってるかもしれないけど、明日、弥生さんの誕生日なんだよっ』
『明日は弥生さんも一日オフだし……今日頑張って治してもらって、明後日会うときにはには、元気になってると、いいなっ』
『そうすると、私も治っちゃうんだ』
『でもね。治せる人は冬弥君しかいないんだよ』
『だから……早く治してよ、冬弥君』
『冬弥君が、最初にスッパリ綺麗に切っていれば、こんなことは無かったんだからね?』
『もう治ってたよ、きっと』
『……もう完全に治せないくらい、傷口が広がってるかもしれないけど』
『でも、多少傷が残っても治ったほうがいいよね』
『頑張ってね、冬弥君』
 ――私も、応援してるから……。

「……」
「結局、由綺が一番強くて、俺は…強がっていただけで、とても脆弱だってことだったんだ」
「……」
「弥生さん……どう返答してくれても、いい」
「……」
「これを受け取って欲しい」
「……っ」



 …。
 ……。
 真っ暗でよく見えない。灯りも付けてないから、当然……。
 ……先程頂いた銀のピアスも、見えない……。
 ……藤井さんも、隣にいるのに、見えない……。
 ちょうど、いい……。お互い、今は見られた顔でもないだろう。

 明日、由綺さんに、どういった顔で会えばいいのだろうか。
 笑えば、いいのだろうか。
 それなら……明日、笑えるように……泣いても、いいのだろうか?

 ……由綺さん……。
 私は誇ることでしょう。
 貴女から藤井さんを……奪えたことを。
 そして、私が出来ることと言えば。
 明日、幸せそうに笑うこと。
 それは、私に、藤井さんに、そして貴女に。一番最低で、最高の効果がある”特効薬”になるでしょうから……。


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