ONE SS

歌姫



 
「………………」
 懸命に口を大きく開いて、『歌』おうとしているわたし。
 でも何も音が無いの。わたしから声が出ているわけでもないの。
「ダメ。こっちに”聞こえない”わ。もう一回」
「………」
 わからない……、わからないの。部長もわたしが何をすればいいのか教えてくれないの……。
『人魚姫』が今回の題目。
 そしてわたしが主役『人魚姫』に抜擢されたの。そのために、人魚だったときは全部無しにして、魔女との契りを交わし美しい声との代償に二本の足を貰うところから物語が始まるの。でも、ところどころ語を補足していて、例えば、他の国のお姫様に惹かれる王子様に向けて、声が出ないのに愛の歌を歌う場面があるの。
 でも、出来ないの。どんなに一生懸命やっても、演技を変えても。みんなに『歌』ってるって伝わらないの……。
「ほら、何してるの? もう一回。聞こえなかった?」
「……」
 わからないの……。わからないの……。どうすればいいのかわからないの……。

「……!」
「ダメ。もう一回」

「……………、…………」
「全然”聞こえない”わよ。もう一回」

「…………! ………!」
「全然ダメ。もう一回」
「〜〜〜〜〜っ!!」
 何!? わかんない!! 何すればいいの!? どうやればいいのっ!? わかんないっ!!!
 わたしはキッと部長を見る。すると、さっきと比べものにならないほど冷たい表情になる。そして、今まで必死に押さえつけたものが出てきた。

 声も出したことがないのに、歌なんか歌えるはずがないっ!!
 そんなこと、部長には解んないよぅ!!
 
 わたしは大きくかぶりを振った後立ち上がると、壇上から、そして教室から逃げていった。逃げた。逃げた。逃げた……。どこを走ってるのかも解らないけど、逃げたの……。

 誰もいないのに、とても大きな空間が広がる。多くのテーブルと多くの椅子。そして、昼時には人垣に埋まって見えない調理場。
 ここは、そう。わたしと『あの人』の思い出の場所の一つ……食堂なの。『あの人』とここで出逢って、一生懸命演技の練習をしたの。『あの人』も一生懸命見てくれたの。負けないように頑張ったの。
 そして、出来たの。みんなの前で、わたしを伝えられたの。でもそのお礼も言えないままに『あの人』は消えちゃったの。みんなも覚えてないの。覚えてるのは、わたしだけなの……。
 わたしは、『あの人』を忘れないようにすること、そして、挫けそうなとき、頑張ったわたしを思い出すために、誰もいなくなったここへくるの。
「ん……? この匂い、澪ちゃんかな?」
 ? あ……。
 わたしは、彼女の手を握って、元気良くぶんぶんと振り回す。
「やっぱり。私の鼻も捨てたもんじゃないよね。目が見えない分、四感は鋭いんだよ」
 そういうと、にこり、と笑いかけてくれたの。
 部長の大親友、川名みさき先輩なの。
「澪ちゃん。雪ちゃんが捜してたよ。部活、逃げちゃったって」
「……」
 この前本に書いてあったとおり、やってみるの。
 手を掴んで、『う、ん』。手話。これでいいはずなの。
「どうして?」
 通じたっ! 良かったなの。
『わ、か、ら、な、い』
「何が?」
『う、た、え、な、い』
「へぇ……何を歌うの?」
『お、う、じ、す、き』
「あぁ、王子様へのラヴソングね」
『う、ん』
「うーーん、それじゃ、澪ちゃんには好きな人いる?」
『う、ん』
「羨ましいな、どんな人? ……ってそんな場合じゃないよね。王子様じゃなくて、その人に歌えば良いんじゃないかなぁ?」
『?』
 はてなはわからないから、?を手の上でなぞるの。
「澪ちゃん、いつも雪ちゃんに言ってるんだってね。『伝えたいこと、いっぱいあるの』って」
『う、ん』
「それは、どうやって伝えたいのかなぁ?」
『!』
「びっくりマークまで書かなくてもいいよ」
 うにゅぅ〜……。
「澪ちゃんには、澪ちゃんなりの伝え方があるんだよね? それで、みんなに”この人が好き”なことを伝えればいいんじゃないのかな? 歌は、声だけで歌うものなのかな? それだったら雪ちゃんも『聞こえない』とは言わないと思うよ」
 あ……!
『あ、り、が、と、う』
「……なにかヒントになったかな? それじゃ、頑張ってきてね」
『う、ん』
 手を握ってぶんぶんと振って、お別れの挨拶をしたの。
「うん、じゃあね」
 やってみるの!!



「あら?」
 ……みんなに、謝らなくちゃいけないの……。
「ずいぶん長いトイレだったわね。それじゃ続きやるわよ、上月さん」
 えっ? あの、その……。
「何?」
 思わずふるふると頭を振ってしまうの。
「はい、じゃ、とっとと壇上に行って。ほら早く!」
 部長……先輩方……みんな……ごめんなさいなの。
 でも、思いついたの。思った通り、やってみるの。
 ……”聞いて”下さい。貴方のために、歌います。たとえ、声が無くても、身体の全てに乗せた『歌』を貴方に贈ります。
「! へぇ……」
 目で、口で、腕で、手で、指先で、そう、身体全体で。歌、伝えるの。気持ち、伝えるの。
「……」
 貴方に手は届かなくても、貴方を想う自由を信じて、一番伝えたいことを伝えるの。
「……」
 でも…………っ!!
「!?」
 手を届かせたい! わたしのそばにいて欲しい!! 戻ってきて欲しいの!!
「……」
 でも、わたしはその方法を知らないの……。悔しいの……。悲しいの……。
「……はい! そこまで!!」
 そんな部長の声。それと同時に周りから拍手を贈って貰った。
「良かったわ……。いい”歌”だった。気持ちがすごく伝わってきたわ……」
 嬉しいの。
「特に最後のアドリブ? 一生懸命に手を伸ばしてるのに届かないところなんか、良く気持ちを表していると思うわ……。最高よ」
 ……えへへ。
「でも、ねぇ。『伝えることがいっぱいある』にしては、一番伝えたいことを、一番伝えたい人に伝えるのにさえこんなに苦労してたんじゃ、先が思いやられるわ……」
 ……うにゅ……。
「でもさ」
「?」
「早く、伝えられるといいわね。待ち続ける『その人』に」
 あ……。

 うんっ!







 おまけ。

 澪、みさき先輩と別れた後に。



「……行ったわね」
「どう? 私の名演技は?」
「どーでもいいけど、匂いで上月さんを判断するのはやめて欲しかったわ……」
「私の鼻は一級品だからね。今日、雪ちゃんが食べたものも解るよ」
「えっ?! な、何!?」
「うーんとね、カレーライス」
「……真面目に聞いた私がバカみたいだわ……」
「はずれ?」
「今日は親子丼」
「おいしいよね」
「そう? 普通だと思うけど」
「でも、雪ちゃんもよく一つで大丈夫だよね。感心しちゃうよ」
「殆どの人はあんたに感心するわよ」
「そう? 照れるな。えへへ」
「……誉めてないわよ。さて、もう戻らなきゃ。……みさき。ありがと」
「明日の昼食でいいよ」
「……ぜーんぜん、割に合わないわ……」
「うぐぅ。そんな事言う人嫌いだよ、雪ちゃん」
「……そのセリフは、特に私たちは言っちゃいけないと思うわ」
「うぐぅ」

 びしぃっ!!

「……痛ぁーっ……雪ちゃん、本気でデコピンやったぁ……痛いよ〜〜……」
「小指だっただけありがたいと思いなさい」
「ううっ、痛いよ〜、目がちかちかするよ〜」
「嘘おっしゃい!」
「うぅっ……雪ちゃん、ホントに極悪非道だよ……」
「……さて、そろそろホントに戻らなきゃ」
「澪ちゃんより早く部室行かないと、作者がストーリー書き直しだもんね」
「……秘技、デコピン四連打……」
「へっ?」

 びしびしびしびしぃぃっ!!!

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