Happy Birthday……

今日はあの娘のBirthday!!ONE編


 9月26日

 長森瑞佳編


「ふう……」
 今日もなんでもない一日が終わろうとしている。
 数式が数多く並ぶノートを閉じて、空を見上げる。
 満天の星空……とは言えないけど、ぱらぱらと星が瞬いている。
「……」
 でも……私にとってはなんでもなくない日、9月26日……私の誕生日。
 友達も祝ってくれた。言葉をかけてくれた。
 でも……。
 ……。
 私は枕のそばにあるウサギの人形を手に取る。
『うっす、おれ、バニ山バニ夫!』
 ……うっす、わたし、長森瑞佳。
『よお、どうした、長森、元気ないねぇっ!!』
 ……誰のせいだと思ってるの?
『いいか長森! お前のそばにとんでもなく鈍感で頭の悪い男がいるだろう!』
 ……ほんとだよ。なんで今日は何も言ってくれかなかったの? 忘れちゃったの?
『ときには、おまえさんを罵倒したり、なじったりするかもしれない!』
 ……それよりも嫌な気持ちだよっ。
『でもな、許してやってくれ! 我慢してそばにいてやってくれ!』
 ……許せないもんっ。そばにいてほしかったもんっ……。
「どんなことをしたってな、そいつはおまえのことが好きなんだから!」
 え……?
「遅ればせながら、折原浩平、只今参上!!」
 よく見ると、二階のベランダの手すりの下から、にょっ、と顔がつきだしている。
「………」
「悪い悪い、ヒーローは遅れて登場するもんだけど、少し遅れすぎちまった! ……よっと」
 そういうと、ベランダによじ登る。
「………」
「いや、誕生日のプレゼント代がな、ちょっと足りなくて。プレゼントもないうちから祝福の言葉を贈るのもなんだからな。それでやっと今日、バイト料が入ったんだ」
「………」
「そうしたら、店が閉まってたんだよ! まあ、閉まってて当たり前の時間にいったんだけどな。でもほら、ちゃんと買ってきて……うわっ!?」
 気がついたとき、私はもう、浩平の胸に飛び込んでいた。
 浩平らしくない、柔らかい感触。プレゼントを身体の間に挟んでいた。
 それもまるで構わずに目一杯浩平に抱きついて、顔を上げ、目を軽くこすり満面の笑みを浮かべる。
「ほら……私は、浩平に元気のいい笑顔を見せたよっ……!!」
「……」
「私にも……浩平の笑顔を見せて欲しいよっ……!!」
「……」
「私も……バカだから……それだけで……幸せでいられるんだよっ……!!」
「……あぁ」
 そうすると、浩平も、満面の笑みを浮かべる。
「誕生日、おめでとう。瑞佳……」

 8月8日

 七瀬留美編

「はぁぁぁぁっ……」
 思い切りため息をついてしまう。
 浩平が半年前からずっとやっていたバイトもやっと一段落して久しぶりのデート。
 それだけに化粧も気合いを入れて、服もイエローを基調にした、それなりに値段もはったけどお気に入りのスーツスタイル、おまけにインナーまでばっちり決めてきたのに。
 それなのに……はぁ。
 辺りからは、ネクタイを緩ませたサラリーマンのオジサンが威勢良く『かんぱーい!』なんて叫びながら豪快にジョッキをぶつけ合っている。
 なんで、今日みたいな日に居酒屋かな……。
 ……私、今日、誕生日なのに。
 お金がないのかな。一浪一留の学生だし。
 いくら誕生日でも、私の方が一応社会人なんだからそう言ってくれればいいのに……つまんない意地張っちゃって。
 はぁ、ともう一度ため息をつき、周りを見る。
 フロア内を店員さんがあくせく動きながら、手に一杯のジョッキを運んでいる。その中の一人が私たちのテーブルに来た。
「はい、お待たせしました! 生二つになります!!」
「よっし、んじゃ乾杯だ!」
 あたしは何も言わず、ひょいとそのジョッキを持ち上げる。
「留美の二十四歳の誕生日を祝って、かんぱーい!!」

 ガイン!!

 私はジョッキを動かさず、ただ浩平がぶつけるだけ。とてもそういう行事とは思えない豪快な音が響き、間髪を入れず浩平は煽るようにがばがばとジョッキを一気呑みして、その辺のオヤジと変わらないような、
「ぷはーっ、やっぱ夏はコレだよな!」
 なんて言い放った。
「お? どうした? ビールは嫌いか? それならオレが呑むぞ」
「……」
「ん? なんだか怖い顔してるな。いつものようにがーっと一気呑みしてくれ」
「……私が、いつそんなことしたっていうのよ」
「なんだよ、機嫌悪いな……あ。ひょっとしておまえ」
 さすがに私の不機嫌オーラを察知したのか、聞き難そうな表情を浮かべる。
「やっと、解ったの?」
「あぁ。ズバリ!」
 だけど浩平が言った言葉は、私の予想をはるかに覆すセリフだった。
「便秘だろ?」
 私の中でピンと張っている糸が切れそうになる。
「……殴るわ」
「わかった、オレが悪い。だから冷静になれ」
「だいたいあんた……」
 私がテーブルにドン、と手をついて、浩平ににじり寄ってやろうとしたとき。

 ――かつん

「……え?」
 何かに触ったような……?
「留美! 立て、早く!」
 畳にべっとりと、広がる黒い液体。これって……?
「醤油!?」
「わ……」
 ……あ。服に…………。
 …………。……。
「……もう……」
「うわ……」
「……もう、やだぁ……うっ……うぁぁ……」



「う……っ……うっ……ひっ……」
 困った表情を見せ続ける浩平を無視しながら、帰り道をひた歩く。
 もう……最低。最低だよ、こんなの……。
「仕方ないだろ、学生には金がないんだよ。だいたいだな……」
 何か言ってるけど、もうどうでもいい。もう帰りたいよ……。
「お前にも責任有るんだぞ」
 な……!?
「何言ってんの!? 私の何処に……」

 ――ひょぅっ

「えっ?」

 ぱしっ

「お前が半年前に『一番大切な人からもらえれば最高』なんてオレの目を見て号数まで言うからだ。これのお陰で半年のバイト代含めたオレの全財産殆どパーだ」
「これ……って……」
「それで勘違いしたかもしれないオレの気持ちはそれだってことだ」
「……」
「まだ仕事も決まってない。金もない。今は何から何まで無い無い尽くしだ。だけどそれには気持ちを精一杯込めた」
「……」
「返事は今じゃなくていい。なんなら留美がオレを待ってくれた一年、待ってもいいぞ。でも今断るならそれ置いてってくれ。なんだかんだ言ってやっぱり金無いからな」
「……タイミング、激悪よね」
「あぁ、そうだな」
「置いていきたい気分だわ」
「はめようとしながら言っても説得力無いぞ」
「一生、記憶に残りそうだわ」
「そのつもりだからな」
「ホント、バカよね」
「一浪一留してるしな」
 ……あれ?
「これ、7号?」
「間違う訳無いだろ? まさか、はまらないわぁ、ウフ♪ なんてことは無いだろうな??」
 汗がたらたら出始める。
 ……や、やばい……マジだわ……これ。
「やっぱり返事は待ってて、半年くらい」
「……あぁ。せめてそれをはめられるようになってから返事くれ」
 ……うぅ、乙女にあるまじき行為……。
 明日からダイエット強行を誓う私だった。

PS:服のことは、家に帰ってから思い出した……

 5月15日

 椎名繭編


「♪」
「そんなにひっぱらないでも大丈夫よ、繭」
「♪〜」
 ぴたっ。
「えっ……?」
 にこっ。
「みゅっ♪」
「ここ……?? 繭の欲しいものがあるところって??」
「みゅーっ♪」
 たたたたたっ。

 ウィーン

「いらっしゃいませ−!!」
「♪」
「こちらでお召し上がりですか?」
「みゅっ♪」



「………本当に、誕生日のプレゼントは、これでいいの?」
「みゅっ♪」
「でも、こんなにたくさん……しかも照り焼きばっかり……食べられるの?」
「みゅーっ♪」
 はむっ。
 むぐむぐ。
 にこっ。
「♪」
 はむっ。
 むぐむぐ。

 ……うぐ……。

 ごくごく。
 ぷはっ。
 にこっ。
「♪」
「……でも、美味しそうだから、いい、っか……」



「やっぱり……これは全部持ち帰りましょう」
「……みゅーっ……」
「すみませーん、袋下さい〜」



「ふぅ……ふぅ……結構……重いわね……」
「みゅーっ……」
「ん? 繭だってふたつもってるじゃない。ふふっ……母は強いんだから、大丈夫よ」
「…………! みゅーーっ♪♪」
 どさどさっ!
 だだだだだだだだっ!!
 ばっ!!
 がしぃっ!!
「うわぁぁっ!! あ?? 繭?!」
 ぎゅうっ。
「♪〜」



「すみません、持っていただいて」
「ああ、大したこと無いッス。でも大変だったんじゃないんッスか?」
「……ホント言うと、結構、大変でした」
「♪」
 ぎゅっ。
「あら?」
「♪」
 ぎゅっ。
「おっ?」
「♪〜〜」
 にこにこにこにこ。
「繭、嬉しいけど……ちょっと」
「そうがっしり腕持たれると……荷物が……」
「♪〜〜〜」
「……」
「……」
「ま、嬉しそうだからいいか」
「……そうですね、ふふっ」
「♪〜〜〜〜」

 6月4日

 上月澪編



 う〜……。
 何も思いつかないの……。

『演劇部恒例 お誕生日を”自分で”祝う一人舞台』

 どうしてこんなものを恒例行事にしたのか解らないの。
 演出も脚本も、その他全部自分ですることが条件なの。
 こんなに苦労するのにどうしてか続いてるの。
 そして、終わった人はみんな言うの。
『最高のプレゼントでした』って。
 ……その気持ち、わからないの……。

 ……ダメなの。
 鉛筆を指先でくるくるさせても、口をとんがらして鉛筆をひっかけても、美味しい紅茶を飲んでも、はちまき締めても、頭をぽかぽか叩いても、思いつかないものは思いつかないの。
 期日は明日。
 困ったの……。

 ……。………。………う〜。
 ………。……!
 あ……!!



 ……始まるの。
 用意したのは、この学校の男子用の制服の上着。いつも使っているスケッチブック。そして、プラスチックのどんぶり。
 伝えたいこと、いっぱいあるの。
 そのなかで、今、一番伝えたいことを伝えるの。
「じゃあ、上月さん、始めていいかしら?」
 うんっ!
 私は大きく頷いて……そして、私の一人舞台が始まったの。
 どんぶりを持っていたけど、見当違いなほうを向いていたから、誰かに中味全部かけてしまうの。
 そのお詫びに上着を洗うの。
 そこからすべては始まるの。
 自分とその人は、ちょっとしたきっかけなのにどんどん近づいていくの。
 あの人が怒っていると思って泣いてしまったこともあったの。
 演劇部に入ってくれたの。
 スケッチブック、一緒に取りに行ったの。
 夜中まで、一緒に話して、眠っちゃったとき、私の不安をなくすため頭をなでてくれてたの。
 演劇の練習に、たくさん、たくさん付き合って貰ったの。
 そして、何かに引き合うように近づいていく理由が、私のスケッチブックに書いてあった一言で全てわかったの。
 私にとって、”思い出の人”だったの。
 でも、気がついたときには、遅かったの。
 その人は、私のそばで消えてしまったの。
 みんなのなかからも消えてしまったの。
 あたかも、そこに存在しないように。
 でも私の心には残ってたの。
 ……ううん、絶対に忘れられるわけなかったの……。
 そして、私はその人が書いたスケッチブックの言葉をぐちゃぐちゃにサインペンで塗りつぶしたの。
 そして、周りに残った白いスペースに、今の気持ちを書いたの……。



「なかなかだったわ、上月さん。思い人が目に見えるようだったわ」
 ……照れくさいの。
「で、どう? 感想は」
『最高なの』
「そうでしょう? やっぱりね〜、これ、終わった後はみんなそう言うのよね〜」
 ……今、私が一番伝えたいことを、一番伝えたい『あの人』に贈ったこの舞台。見てくれたかな??

 ――かならず帰ってくる。
 ――それまで、待っててくれるか?

 お返事、できたの。
 気持ち、伝えたの。

 ……私、あなたが帰ってくるまで、ずっと。

『待ってるの』

 4月21日

 里村茜編

 さぁーーっ……。

 雨。
 雨。
 雨。
「茜?」
 冷たい。
 苦しい。
 気持ち悪い。
「……」
 どうして立っているのだろう?
 どうして雨に濡れなきゃいけないんだろう?
 どうして傘を差さないんだろう?
「茜っ!!」
 忘れたのに。
 忘れたはずなのに。
 わ……す……れ……

 どしゃぁっ!

 目の前が真っ暗になる。
 腕と、顔が、痛い。
 それだけはわかった。

………

「あ、おばさん。ここで目が覚めるまで待ってていいですか?」
「えぇ。じゃぁ、お願いしますね」
「はい」

「……」
「……」
「……ぁ?」
「気が付いた?」
「…詩子?」
「太ったんじゃないの? 重かったんだからね?」
「…私」
「なにもない空き地で、雨の中、傘も差さずに、ぼぉっと立ってた。他に質問は?」
「…ありません」

 気が付いたときは部屋のベッドの上だった。
 顔と腕に大きめの絆創膏がベタベタと張ってあり、いくらか消毒液の匂いがした。
 思い出す。
 つい最近、こういうことがあった。
 でも、あの時は痛くなかった。
『あいつ』が、抱きとめてくれたから。
 そう、『あいつ』が。

「茜??」
「…忘れてくれません」
「??」
「…どうしてなんでしょうか?」
「どうしたの?」
「…いえ」
「どうしてあんなところに? 私にも言えない?」
「…涙で流れてくれないので、雨なら流してくれると思ったんです」
「はぁ?」
「…それが詩子には一つも残っていないから、言えません」
「……」
「……」
「……うん!! よくわからないけど、悲しいことがあったんだよね??」
「…はい」
「それじゃ、お酒でも飲んで、ぱーっと……って訳にもいかないから、ちょっと待っててよね!!」
「??」
 それだけ言うと、詩子は外に飛び出していきました。

 そして、30分後。

「はーっ、はーっ……ほら! 茜の好きな山葉堂の練乳ワッフル! とりあえず、ぱーっと!! ヤケ食いでもしちゃって!! ね??」
「…早いですね」
 ここから、普通に走っても、私なら商店街まで15分掛かるのに。
 もっとも、私が単に遅いだけなのかもしれない。
「ほら、まだ、暖かいよ。早いうちに食べよ? 今、お茶用意して貰ってるから!」
「…詩子」
「何?」
「…ありがとう」
「そういうこと言う前に、早く元気になってよね! それが私の最高のお礼になるんだから!!」
「…はい」

 ――こんこん

 ノックの後、お母さんが入ってくる。
「お茶、持ってきたわ」
「あ、ありがとうございます〜。それじゃ、食べようか? おばさんもどうですか?」
「じゃぁ、一つ頂こうかしら」
「…頂きます」

 ぱくっ

「うわーっ!? 何これぇ!? あっまーーーーいっ!! 甘すぎるっ!!」
「ま、まるで砂糖を直接食べているみたい…」
「…おいしいです」
「これはいくらなんでも……おばさん、塩頂戴!」
「そ、そうね……ちょっと待っててね」
「…そんなの間違ってます」
「茜ぇ、これ、本当においしいって思ってんの?」
「…はい、でも」

 でも、今までで一番美味しくなかった。
 一番美味しい食べ方を知ってしまったからだと思う。
『あいつ』と一緒に食べて、『あいつ』が甘いといって、それを見ながら食べたあの味。
 基本的な味は同じなのに、何でここまで違うのだろう。

「でも?」
「…もっと、甘くてもいいです」
「うぇ〜っ……あ、そうだ、これ。茜のだよね? さっきのところに落ちてたんだけど」

 そういうと、ベッドで隠れていたものをすっと私に差し出した。
 目覚まし時計だった。

「…それはもう、私のではありません」
「そうなの? この前これと同じやつを買ったじゃない?」
「…それは、誕生日のプレゼントとして受け取ってもらえたのに、置いていってしまったんです」
「はぁ?」
「…ですから、それは私が預かっておきます。それは、私にとって約束の証ですから」
「何の?」
「…必ず、戻ってくるという証。そして、私の誕生日に、好きなものを買ってもらえるという証」
「??」
「…そう、約束したんです。『あいつ』と」
「ふぅん……男?」
「…はい」
 それを聞くと、詩子は大きなため息をついて、頭をぽりぽりとかく仕草をする。
「はぁ〜っ……、茜、それは騙されてるよ……絶対に」
「…私はあきらめが悪いです。それに…騙されているとしたら、それすら解らない馬鹿です。けど」
『あいつ』も、きっと私と同じくらい馬鹿だから。騙せるほど頭が良くないから。
 その約束を思い出させるから。誕生日のプレゼントも絶対に貰うから。
 だから。はやく。戻ってきて。

 浩平……。

 6月3日

 川名みさきさん


   ・
 こつへぃくLへ

 きみがりゐくなって
            かうtうとの
 れすれち。ったよ       くういたつのかゐ
 てモもと
      ってきてくねるニとしんしでゐ
きみモヤくそく£もってね
   ー
 みささ

 ……。
 これ、正しく書けているかな?

 浩平君へ。
 君がいなくなってからもうどのくらい経つのかな。
 忘れちゃったよ。
 でも戻ってきてくれると信じてる。
 君も約束守ってね。

 みさき

 って書いたつもりなんだけど。
 み、さ、き以外はうまく書けてないかも……。
 ううん、下手すると自分の名前すら間違っているかもしれない。
 やっぱり難しいよ。ひらがなって。

 浩平君。
 君があの公園からいなくなってから、私、どうなるかわからなくなるくらい絶望しちゃったよ。
 今まで諦めていたこと。例えば、外出することとか。……男の子に恋をするとか。
 今まで許されることじゃないと思ってたんだよ?
 でも、君は許してくれた。
 私に”外”を教えてくれた。
 私に”恋”を教えてくれた。
 でもね。
 君と私が気が付かない内に、私に別のことも教えてくれちゃったんだよ。
 今まで、私、強く生きなくちゃ、って思ってた。そして強く生きてたつもりだったよ。
 でもね、君がいつの間にか私に教えてたんだ。
 強く生きようと頑張っていたのは自己暗示で、実は私、全然弱かったって。
 私がその弱さをどんどん君の前に露呈させていっても、君の影に隠れて、私の弱さが見えくなっちゃったんだ。
 ……目が見えないから当然かな?
 でも……今まで許されたことを、突然許してもらえなくなるって、とても残酷なことなんだよ。
 あんまりわからないと思うけど。……うん、わからなくて当然だし、それでいいと思うし、できることならわからないままの方がいいよね。
 でもね、あんまりつらいから、死んじゃおうかな、って思ったことは本当。
 浩平君と出会った18歳。
 だから18歳のうちに死にたいって思ったよ。
 でもね。
 私、自分を切りつける刃物のある場所なんて見えないからわからなかったんだ。
 それに、ロープとかも見えないし、もしあったとしてもどこにもひっかけられないんだ。
 外を歩こうとしても、君がいないと、今から死のうとしているのに、やっぱり後込みしちゃうんだ。
 笑っちゃうよね。
 誰かがいないと、死ぬこともできないってそのとき気が付いたよ。

 それでいつの間にか19歳になっちゃって、そのときもう一回考え直したんだ。
 そのとき初めて、「オレがそばにずっといるから」って言葉、信じようとした。
 そしたらね、すぐに信じることが出来たよ。
 やっぱり、君を信じることしか出来ないんだ、私って。
 ……ここ、笑うところじゃないよ?

 浩平君。
 今日は君たちの学年の卒業式なんだよ。
 誰も知らない君を、唯一知っている私が、君の卒業をお祝いしてあげるよ。私にもお祝いしてくれたように。
 そして、君宛に、この手紙を渡すんだ。
 住所なんか書かないよ。ポストにも入れない。
 君と私が出逢った場所から、どこかそばにいるはずの君に投げつけるんだ。
 今日の風はたぶん100点だから、君のところにちゃんと届けてくれると思うんだ。
『文章では伝わらないものがある』ってことは『文章でほとんどは伝えることができる』ってことだよね。
 私の気持ち、伝わって欲しいよ。
 約束。守ってよ。
 じゃないと、もう、嫌いになっちゃうよ……?

 5月7日

 柚木詩子編

 あ〜ぁ、どうして私は長続きしないんだろう?
 後ろを振り向いてすたすたと歩いていく、20秒前までは彼氏だった男の背中を見つめながらそう思う。
 別れ言葉なんて、十個以上空で言えるくらい、もう言われ馴れちゃった。
 ――みんな言う。
 私はマイペースすぎる、それがイライラするんだ、って。
 私も私で、直せないし、直したくもない。
 私が私であるためにも。
 高校や短大でもそのせいで私の居場所が無くなってしまったこともあったけど、結局そのままだ。
 でも……。
 ぼんやりと何かを考えながら、くるり、と振り向くと、なんとなく、歩き始めた。



「あははっ……また来ちゃった」
 どうしてだろう。
 なんとなく、いつもここにたどり着いてしまって、いつもの通り、また、この扉の前に立っていた。
 そしてこれまたいつも通り、呼び鈴を鳴らすこともせず、いきなり扉を開け、勝手知ったるようにリビングに行く。
 すると、なぜかケーキがテーブルの上に堂々と置いてあって、周りに紅茶用のカップが三人分並べられていて、何かパーティーを開く準備がしてあった。
「…詩子、いらっしゃい」
 すると、いつの間にか後ろに立っている茜が私に声をかける。
「茜、これ、何?」
「今日はお祝いです」
「??」
 よくわからない。何のお祝いなんだろうか?
「お、やっぱり来たな、詩子」
「なにがやっぱり、なんだか……相変わらずユニークな顔をしてる浩平くん」
 そういえば、いつの間に浩平っていうようになったんだろう、私。
 それに私のことを詩子って呼ぶようになったなぁ。
 浩平が言うには、茜の影響らしいけど、私はどうしてなんだろう? やっぱり茜の影響なのかな?
「よし、とりあえず予定通りだな」
「はい」
「……あれ?」
 そういえばお祝いってなんだろうなー。茜達の結婚記念日は二ヶ月くらい前だし。
 思いだそうとしていると、浩平はいきなりにやり、といやらしい笑いを浮かべ、息を思いきり吸って、叫ぶように言う。
「まずはぁ……、祝!! 詩子、またも男にふられたぁ!!!」

 がぁぁぁぁぁぁん……

 と私の頭に響きわたるものがある。そして茜もにこり、と微笑みながら
「おめでとう、詩子」
 と、苦しんでいる私にあっさり、とどめを刺すようなことをのたまった。
「はぁぅ〜〜……茜、普通、こういうときはフォローしてくれるもんじゃないの?」
「…詩子は、私にフォローして貰いたいですか?」
 うーーん、確かに。ここで茜がフォローしたところで事実は曲げられないし。
「でも、何でわかったの?」
「そりゃぁ……なぁ?」
「…うん」
「何、二人で頷き合ってるの〜? 気になる、気になるっ!」
「…詩子は、顔を見ただけで解ります」
 え゛っ? 私って、顔に出るほど、そんなにわかりやすいのかな??
「それとな……」
「な、何? まだなんかあるの?」
 浩平は、引きつっている私の顔を満足げに見ると言葉を続ける。
「祝!! 今日でついに四捨五入三十路到達!!」
 ぱちぱちぱち。
 そのセリフで同時に拍手をする茜。
 成長したわね……さすがに浩平のそばにいつもいるだけあるわ。
「なによ、その言い方はぁ!! まだ25歳よ!?」
「…詩子、誕生日おめでとう」
 そうか……今日で25歳になっちゃったんだ……。
「というわけで、日々老けゆく詩子ちゃんにお祝いだ!!」
「何よ! 茜なんて私より16日も年上でしょ!?」
 ……我ながら細かいなぁ……恥ずかしい。
「…私も同じ事を言われました」
「…!! 浩平!! 妻に対して普通そんなこと言う?!」
「言う」
 どーんと腕を組み胸を張って答える浩平。
「はぁぁ〜っ……」
 私は、そんな浩平に心ならずも全力のため息をつく。
「どうしたんだ? 詩子?」
「…浩平。とりあえず、始めましょう」
「そうだな。よっし! 詩子、ワインでも飲もうぜ!」
「……今日はとことん飲ませて貰うわ」
「…どうぞ、詩子」
 ワイングラスに割と多めに注いで貰うと、こくこくとあっという間に飲みきった。
「……あ、おいしい」
「…ラヴィルオーブリオン、84年ものです」
 茜は長ったらしい名前を多分正確に言うと、ゆっくりと味わうように飲んでいる。
「なんか今までと格が違うんじゃないか? これ」
「…そうかも、しれません」
「ま、いいか、美味ければ。よし、つまみも持ってくるとすっか」

 私の居場所。

「浩平、私は山葉堂のワッフルで。台所のテーブルの上に乗ってます」
「げっ……また買ってきてあるのか!?」

 私を受け入れてくれる場所。暖かくしてくれる場所。

「なぁ、普通チーズとかじゃないのか? こういうのは」
「…私は、ワッフルが良いんです」

 ごめんね。
 もう少しだけ、甘えさせてね……。

 12月1日

 深山雪見編


「雪ちゃん、誕生日おめでとー!!」
「ひゃっ!」
 ……び、びっくりしたぁ……。
 私は後ろを振り向くと、その声の主に言う。
「みさきのバースデープレゼントは心臓マヒかっ!!」
 びしっ!!
 綺麗に右手でツッコミを入れる私。
「あははっ」
 後ろに手を組んで、にこやかに微笑むみさき。
 私の後ろに立つなんて、たまーに目が見えてんじゃないかし……らっ?
 ――くいくいっ。
「上月さん?」
 私がさらに後ろに振り返ると、そこにはスケッチブックがすでに眼前にあって、
『深山先輩、おめでとうなの』
 と書いてあった。
「澪ちゃんが雪ちゃんの場所を教えてくれたんだよ」
 とみさきが言うと、うんうん、と頷く上月さん。
 納得。
 でもこの二人ってどうやって会話しているのかしら?
 ……案外、雰囲気だけで伝わっているのかもしれないわね……。
 そんなことを思っていると、上月さんのスケッチブックにいつの間にか、
『部室にみんな来てるの』
 そしてすばやくページを繰って、
『お祝いするの』
 とすでに書いてあるのを見せる上月さん。
「プレゼントは私もお金出してるんだからね?」
 と、みさき。タイミング良すぎるわ、ホントに……。
『迎えに来たの』
 みさきがそう言っている間に、スケッチブックにそうしたためる上月さん。
「名前だけの部長じゃないんだね」
「うるさいわねぇ……ちゃんとやってるわよ、好きなことなんだし」
「ううん」
 そういうと、にこりと微笑むみさき。
「ちゃんとやってるだけじゃ、こんなことをみんなでしないよ。みんなに慕われてるからだよね。やっぱり、いい性格してる私の友達は、いい性格してるんだね」
「……」
 最後の言葉が無ければ、もっと良かったんだけど。
 まあ、みさきらしいと言えば、らしいかな?
『みんな待ってるの』
 上月さんがせかすような殴り書きで私に突き出した。
「あ、うん、今行くよ」

 ……誕生日のプレゼントは、今流行りのストールだった。
「太ってても羽織れるし〜」などとほざいた副部長に制裁を加えたり、「これで例の病弱な女の子役が出来ますね」と、そりゃ会社が違うでしょ(?)発言も飛び出したりしたが、それはそれ。
 とても暖かな一時を過ごさせてもらった。

 7月2日

 広瀬真希編


 後悔。
 一番言いたくない言葉。
 喧噪が聞こえる。
 私以外のところで。

 いじめ。
 大したことがない。
 満たされて見えなくなった。
 この空間があることを知るまでは。

 七瀬留美。
 目立つからいじめた。
 たかがいじめだと思っていた。
『たかが』という言葉すら知らなかった。

 空っぽ。
 いたずらに今日も過ぎる。
 何もしない。何も出来ない。何もおきない。
 誰もいない。誰とも話さない。誰とも話せない。

 先頭を勤めたのは確かに私。
 一緒になっていじめた娘たちは、私がやれといったから、の一言でみんなの中にとけ込んでいった。
 正しいと思う。
 私も私が言い出したんじゃ無ければそうしたと思うから。

 私がいるから、みんなこの教室が嫌いになった。
 私が使ったから、みんなそれを使わなくなった。
 私がさわったから、みんなそれをさわらなくなった。
 私がやることは、みんなにとって邪魔なだけなんだ。

 だから何もしない。
 したくない。
 することは許されない。
 すべて否定されるだけ。

 小さな虫がぷかぷかと浮いたジュースみたい。
 蠅がちょっとさわっただけのおかずみたい。
 髪の毛が一本入ったごはんみたい。
 たったそれだけが、そのすべてを拒否する原因になる。

 もう、いい。
 もう、いらない。
 もう、いたくない。
 もう、いないほうがいい。

 私は……。

 がんっ!!

「!?」

 痛い。
 久しぶりに痛い。
 痛いという存在がある。
 私はまだ痛がることが出来た。

「もー! あんた見てるといらいらしてくんのよ!!」
 私に。
「あのときふんぞり返ってたあんたはどこ行ったのよ!!」
 話しかけていることが。
「顔をしっかり上げなさい!」
 自覚できた。
「ほら!」
 ずいっと差し出される小さな袋。
「あたしは何でも諦めないよ!」
 え……。
「あんたにクッキーを食べて貰って」
 どうして……?
「あんたと友達になるってこともね!」
 あなたなの……??
「前みたいにつっぱねるとかしてみせたらどうよ!」
 ……私は、あなたほど強くない。
 弱い私が出来ることは。
 袋を引き寄せて、開けてみること。
 中のクッキーを二三個掴んで、口の中に放り込むことしかできなかった。



 もぐもぐ
「……おいしい!」
「へへ〜ん、どう!?」
「最初に食べたときみたいに甘すぎないしね」
「そこ! 余計なことは言わない!!」
 私の誕生日ってことで、校庭での小さなお茶会の催し。
 いつものクッキー試食も兼ねているけど。
 昨日の雨模様からは考えられない雲一つない天気。
 むし暑い空の下、冷たい紅茶を飲みながら迎えた今日。
 諦めてたはずの7月2日は、嫌になるような快晴だった。

SSのページへ戻る