まじかる☆アンティーク SS

先行き不安な元旦の過ごし方


――ゴォォン〜〜ゴォォン〜〜

「ひゃぁっ!?」
 パジャマに半纏という一分の隙のない典型的な格好。おこたでみかんを貪るように食い、農家の愛を髄まで味わうスフィーですら手を止めてしまうような鐘の音が響く。
「おっ……今年も始まったな」
 今年はちゃんと鐘の音が聞けたな。去年はスフィーがグエンティーナに帰るかどうかの瀬戸際で、なんとか阻止したから良かったものの、次の日は気が抜けちまって鐘どころか赤白歌合戦すらも見られずじまいだったからなぁ。もっとも、今年は赤白よりBAM−BO−YE。アニメがなかった分、今回のチャンネル権は俺が取得できた。……そのかわり昨日のアニメ番組は全て付き合わされたけどな。
「……」
 スフィーはなんだか硬直しっぱなしだ。神社まで結構近いから、音も大きいんだよなぁ、この辺は。……なんでもいいけど、半端に食った蜜柑を口にくわえるのは止めて欲しい。すでに唇の周りから指先まで蜜柑色。そのうち顔まで蜜柑色に染まるんじゃないか?
「……」
 それにしても硬直時間が長いな……。今の鐘はスフィーにとってバブ・ソップのパンチぐらいの威力があって、頭がピヨったのかもしれない。
 ここが攻め時か!?
 ……というより、これ以上喰われると、正月用に今日買った蜜柑一箱、今日中に無くなっちまう!!
 俺は意を決して、さっきからスフィーががっしりと持った蜜柑を入れたかごに手を伸ばす。
 すると、さっきまで絶対離さなかったかごが、簡単にするりと取れる。思った通り、ガードも薄かった。今日はこれくらいにしてもらわないとな……。
 ……。
 ……うぅ。
 すでにかごの中、皮ばっかりじゃないか……。
 箱の中をちらりと見る。
 ……ううっ。あんなに山のようにあった蜜柑が、すでに一かご分くらいしか残ってない……。
「けんたろ」
 ん?
「あと一かご持ってきて」
 ぷちっ、と俺の配線が一本キレた。
「ええ加減にせんかーい!!」

 閑話休題。

「へぇ〜、除夜の鐘っていうんだ」
 口の周りを蜜柑汁でベタベタにしながら話すスフィー。
 ……小さいときだったらまだ可愛いと思う。が、魔法力も充実したらしく、年相応の体つきになった現時点でやられるとかなりきっつい……。
「そう。あの鐘は108回撞くんだ。31日までに100回撞いて……この100というのは、人間が持つ煩悩の数をあらわしているらしいんだけどな。で、元旦に8つの鐘を鳴らして、来年の幸福を祈るんだ」
「がんたん、って何?」
「一年の始まりの日のことを特にこういうんだ。そして今日、一年で一番最後の日のことを大晦日って言うんだ」
「ふ〜ん」
「さて。去年は結局行けずじまいだったからな。今年は行くか」
「どこに?」
「初詣」
「はつもうで?」
「これからも幸せに暮らせますように、って、元旦に神社へ祈りに行くことだよ」
「ふ〜ん……でも、一年に一回祈るだけで効果有るの?」
「……それを言われると痛いけどな」
「それに、日本人って、どの神様をお祈りしてるの? 確か、この前のクリスマスって、普段ここの棚に飾ってあるのと全然違う神様の誕生日なんでしょ?」
「まぁ結局、盛り上がればいいんだよ。殆どの人は神様のことを考えていないと思う」
「それって、一番のばちあたりじゃないのかな?」
 ……そのセリフに反撃できる日本人は、いったいどのくらいいるんだ?



 ぴんぽーん

 寒さに備えた支度をし、いざ玄関から出ていこうとすると、呼び鈴が家中に響く。
 おそらく胸のない女だ。昨日、一緒に初詣に行くことを約束しておいたからな。
「はいはい」
 と気軽にドアを開けたと思うと眼前に、

 すくりゅ〜ぱんち

 がある! と思ったときはすでに遅く、結花の拳は俺の顔面をえぐるように捉えていた。
「健太郎、元旦からろくでもないこと考えてくれるわね……」
 結花は左手で裾を握りながらの右が完璧に捉えたのを確認し、にや〜りと笑いながらそうほざいた。ちなみに毎年着物を着ている。隠れた才能かも知れないが、こいつの着付けの腕は相当なもので、自分で着物を着るくらい朝飯前らしい。
「へへぇ、いひはひはひふんは!!」
 顔面を捉えられながら、一生懸命話そうとする俺。ちなみに、てめぇ、いきなりなにすんだ!! と本人は言ったつもりだ。
「胸が無くて悪かったわね」
 そう言いながら、拳を引っ込める。……しかし、いきなり初パンチを貰うとは……まぁ毎年のことだが。
 見てみろ、あまりの衝撃的なシーンにリアンも硬直してしまったじゃないか。
 ……おっ、こりゃ……結花が去年まで着ていた着物じゃないか。結花に着付けして貰ったんだな。
「変……ですか?」
 俺の目線に気がついたのか、うつむきながらそんなことを聞いてくるリアン。
 俺は当然のようにかぶりを振る。
「いや、すごく似合ってるよ」
「そうですか? ……よかったです」
 にこり、と微笑むリアン。うん、このエンジェリックスマイルを見ただけでも今年は良いことが起きる気になるな。
 でも、こう見るとかなり良い振り袖だな。デザインも素材もいい。でも、結花が着るとここまでぱっとしないんだよなぁ。馬子にも衣装っていうけど、結花には当てはまってないようだな……ん?

 かえるあっぱー

 下からえぐるような鋭い攻撃!
 全く無防備な俺に、これがかわせるわけはなかった。
 素直に顎に貰い、空中に浮いてしまう。
 そして、俺の意識はそこから少し途切れた。

「……ん?」
「あ、けんたろ、気がついた?」
 気がつくと、俺はスフィーの膝枕に頭を乗っけていた。
 役得、なのか? だけど、損得勘定すれば絶対負債が多いぞ、これ。
「自業自得」
 俺のことを見下ろしながら、ふざけたことを抜かす結花。
 リアンはどうしていいのかわからなそうで、あはは、と微妙な微笑みを浮かべた。
「いってぇ……おまえさ、俺が考えていることが読めるのか?」
 いつまでもスフィーの世話になっているわけにもいかない。俺はとりあえず起きあがった。
「そりゃぁ、幼なじみという時点で、あんたの考えを読み通せる能力を自然と身につけられるものなのよ」
 そうなのか……ってんなわけないだろが。おそらく、何かの腹いせに一発殴りたかっただけだ。そう、例えば、ダイエットしているわけでもないのに胸が1cmくらい縮んだ、とかだな……って?

 しなりがきいたはいきっく

 そんなことを考えてる間に放たれた結花の容赦ない第三の攻撃を避けられず、これまた毎年のお約束、初キックを喰らうことになった。



「いてて……」
「だいじょぶ? でも、けんたろってすごいよね。あんなすごいキックを受けても、痛いだけで全然怪我とかしないんだ」
「悲しいが、こういうSSだと痛みだけで、怪我はすぐに回復するんだ、これが……」
「ふ〜ん」
 ……SSなんて単語が出てきて、どうして納得するんだよ、おまえは。
「あっちゃー、混んでるわね……」
 神社にたどり着く前からすでに人の波ができあがっていた。元々神社が狭いのも手伝って、人数もなかなか捌けていかない。いつもなら少し早めに出ていくところだけど、今回はあの番組の魅力に負けた。
「やれやれ、これじゃ賽銭を入れられるのも相当時間がかかりそうだな」
「けんたろ、けんたろ」
 肘でコンコンと俺の腕に当てながら、こそこそと話しかけるスフィー。
「なんだよ?」
「さっきの話だけど……痛くても怪我しないんだよね?」
「……ん? まぁ確かにそんなこと言ったけど……」
「よおしっ!」
 そういうと、指先を高々と天空にあげる。何をするつもりだ……?
「姉さん!?」
 リアンは驚いた顔をしてスフィーを見つめる。
 何がするのかわかったのか?
 ……って、おいおい……指先がパリパリ言ってますけど……まさか?
「まじかる、さんだーっ!」

 ズドオオオオン!!!

 ……。
 うわ……全員攻撃だよ……。
 俺の前……っていうか、神社にいたるまで全ての人間に対して魔法を放ちやがった……。
 俺も、結花も、リアンも。
 目の前の惨状に、ただ口をあんぐりさせるだけだった。
「さ! 早くお祈りしよ?」
 そして、ことの重大さが解っていないこいつは、唯一あっけらかんとしてやがった。
「す、す、す……」
「どしたの? ……す? あ!」
 そしてワンテンポ置いて。
「私のこと、好き、って? えへへー」
 ……説教決定。
「スフィー! いきなりなにしやがんだぁ!!」
「え? え? え?」
 自分が怒られている理由を探しているようだ。
「だ、だって……」
「だってもへちまもあるかっ! こんなことしていいと思ってんのか!」
「大丈夫だよ。今はいくらやっても怪我しないんでしょ?」
「時と場合によるわぁっ!」
「あれ? 時も場合も、今ならだいじょぶじゃないの?」
「大丈夫じゃないっ!! アレは都合のいいときしか働かないんだっ!!」
「ええーっ!? そんなの、ずるい、ずるい、ずるいぃぃっ!」
 言い争う俺とスフィー。
 そんな中、ぽん、と肩を叩く感触。
「健太郎」
 そこには、半笑いの結花がいた。
「どうせだから、神様に祈らない? この状況を、どうにか脱出させてください……、ってさ」
 うへへ、と不気味な笑いを含めながら、おおよそこんな事を言ったんだろう、と思う。結花の状態もどこかおかしかった。
 だが、それを聞いて、俺は素早く神社に向かう。
 賽銭も奮発して、漱石さんを入れた。
 そして、祈る。懸命に祈る。
 横には、スフィー、リアン、そして結花。
 みんなはどんなことを祈ったか知らないが、俺は訳も分からずむちゃくちゃ祈っていた。
 祈り終わると、そこから、みんなで申し合わせたようににこやかに微笑みあい、立ち去った。
 ……もちろん全力疾走で。

 とうさん、かあさん……俺は今年、幸せになれそうにありません……。

 そんなことを思いながら、頬を伝う涙。明日にはムショ行きじゃないかという思いが、そうさせたのだろう。

 あでゅー、神社で寝転がるみんな。
 君たちのこと、忘れない……。



 その後。
 どうやら倒れた人たちは何も覚えていなかったらしく、事件は暗闇に葬られた。
 つまり俺達は助かったらしい。
「神様が助けてくれたんだよ、きっと」
「……おまえが言うな」



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