あたしは…、耕一にとってどんな存在なんだろう…? |
痕 SS Triangle Clack |
そう想ってからどのくらい経ったのだろう…。 あたしは、まだ、この気持ちを、伝えられずに、いた。 電話でもちょくちょく話すし、チャンスはいくらでもあったはずなのに…。 「ふう…」 目前に淡い乳白色の息が広がる。あっという間に秋が過ぎて、もう冬になってしまった。 「あたしが、こんなに勇気がない女なんて思いもよらなかったなあ…、ははっ」 空を見上げる。 今日の天気予報の通り、雲が空全体に広がっていて、雪が降りそうな雰囲気だ。 でも、今日は『暖かい』らしくて、雪まではいかないらしい。 (…今日のどこが暖かいんだ?) 隆山の冬は結構寒い。マフラーや手袋、厚手のオーバーコートを着込んで、やっとしのげるぐらいだ。 「はあ…寒いですよ〜」 誰に言うわけでなくつぶやく。いろんな意味で寒く感じる。 いつもの道をいつものように曲がると、商店街が見えてくる。 もうすぐクリスマスだけあって、クリスマスを強調したポスターや飾り付け、商品が店頭に並び、定番のクリスマスソングが中から聞こえてくる。イルミネーションと言うにはちょっと貧相だけどそれなりに彩られたモミの木に光る色彩が、今年のサンタクロースの訪問を心待ちにしている様だった。 「日本人はこの瞬間だけはキリスト教信者なんだよなあ… ははっ」 あたしらしくない。心の底から笑えていない。 (ねえ、クリスマスにこっち来ない? 恵まれない学生に、おいしい料理をプレゼントしてあげるよ!) (わりい。24日までに終わんなきゃならないものがあるんだ。行けそうにないんだ、ごめんな…) …こら、耕一! あたしよりそっちの方が大事か? ……言えなかった。 ………だって冗談でも、うん、なんて言われたら、ホントに立ち直れないよ…。 …………あいたい、あいたいよ、こういち…。 そしていつものように病院に着いた。 いつものように看護婦さん達やお医者さん達に挨拶をしながらいつもの病室へ向かう。 そしていつもの扉、407号室の前に立つ。 4階まで階段を上るのが面倒臭いけど、エレベーターなんか使っていられない。 あたしはまだまだ若いからニ! いつものように軽くノックをする。 「は〜い、どうぞ」 いつもの返事を聞いて中に入る。 「よっ、かおり、調子はどう?」 いつもの挨拶。 かおりは、あまり広くないけど、個室に入っている。一時期ひどいときには、周りに格子が張ってあったりした部屋だったけど、今は、そんな物騒な部屋からは移動して、ごく普通の部屋だ。 「あ、梓先輩、今日も来てくれたんですね、嬉しいです!!」 …あの事件のあと、かおりは男、というより、人、を、必要以上に拒絶した。なにせ、女医さんが近づいただけでも過敏に嫌がり、昏倒するぐらいだった。ご両親、兄弟でさえも近づけなかった中唯一近づけたのは他でもない、このあたしだけだった。 今でこそやっと女医さん(やっぱり男はダメらしい)やご両親が近づいても何ともなくなったけど、それまでは身の回りの世話は全部あたしがやっていた。…せめてもの罪滅ぼし…かな…。 ……梓さん、かおりをどうか、どうか宜しくお願いいたします…… …断るなんて出来るはずがなかった。あたしの、あたしのせいで、かおりは… 「先輩? どうしたんですか?」 「あ、あ、いや、なんでもないよ」 「先輩、もうすぐクリスマスですね」 「あ、うん…、街中クリスマス一色だったよ」 「ねえ、先輩……クリスマスは誰かと予定があるんですか?」 「え、えっと……」 ……行けそうにないんだ、ごめんな…… ………行け…そうに……ない…… 頭に浮かぶもやもやしたイメージを払拭するために軽くかぶりを振る。 「ええっ! 本当ですかあ!?」 どうやらそれをノーの意味にとったらしいかおりは、満面の笑みを浮かべていた。 「う、うん…」 「じゃ、じゃあ、ここで私とクリスマスパーティーをやりましょう!!」 「えっ?! ここ病院なのにそんなこと出来るわけないだろ?」 「そんな、飾り付けとかそういうものはなくて良いんです。暖かいお茶と小さなケーキ、そして…」 「…」 「先輩といられればそれで良いんです…」 …結局断れなかった。 クリスマスを病院で過ごすしかないかおり。あたしが行くだけでいいっていうなら、行ってあげよう。 うちの飾り付けとかは楓、料理は初音に頼むとしようか…。 そんなことを考えながら、がらがらと戸を開け、三和土を踏みならす。 「ただいま〜」 「あ、おかえり〜、梓お姉ちゃん! あ、うん、今帰ってきたよ!」 初音がすごく楽しそうに電話しながら、その笑みを絶やすことなくこちらを見た。 「あれ? 梓お姉ちゃん、なにかあったの? なんだか顔色が少し悪いみたい…?」 あれ…? あたし、そんな顔しているのかな? そんなことないのに…。 「うん、今変わるね! ふふっ、梓お姉ちゃん! 耕一お兄ちゃんから電話だよっ!」 「え?」 自分ではどう動いたかわからなかったけど、今までゆっくり脱いでいた靴を蹴り飛ばすように脱ぎ捨て、あわてても1秒も違わないのに今にも喰いかかりそうだった、というのは、あたしを見てた初音の話。 とにかく、初音から奪い取るように受話器を取った。 「も、もしもし、耕一!?」 『よお、梓』 「ははっ、久しぶりだねえ、元気してた?」 『おいおい、4日が久しぶりかあ?』 「そ、それだけ声が聞きたいなあ、なんて思っていたんだよ!」 『お? どうした? なんか梓らしくないぞ?』 「そ、そんなことないよっ! きっと…」 『ま、それはいいや。で、さっき初音ちゃんにも言ったんだけどな、この前言ったヤツ、24日までかかりそうだったのが終わっちゃってさ』 「えっ?!」 『そっち行かせてもらうよ。貧乏な学生に、どうぞ、暖かいご飯をプレゼントして下さい、梓サンタさん! な〜んてな、ははっ』 「……」 来る? 耕一が? いつ? 24日? うれしい? かなしい? なに? わからない? 一瞬、何を考えていたのかわからなくなったことだけが確かだった。 『ん? どうした?』 「こ、こ、こ…」 『…』 「耕一の、ばっかやろおおおおおおっ!」 『うわっ!! いきなりなんだよ! 鼓膜が破れかかったぞ!!』 「24日、かおりと約束しちゃったじゃないかあ!」 …なんで、なんで、なんで今頃言うんだよお、やっと逢える機会が出来たってのに…。 ちょっとだけ、目頭が熱くなってきてしまった。 『そ、そうなのか、かおりちゃんと…。だけど、そっちにはとりあえず行くからさ。大学のゼミのおかげで24日しかいられないけどな。梓以外はみんないるのか? 初音ちゃんはそんなに遅くならないうちに帰ってくるみたいなんだけどな、千鶴さんとか、楓ちゃんとかはいるのかな? ちょっと代わってくれるか?』 「あ、ああ…、楓え〜… 耕一が話したいとさ…」 そのときは精一杯大声を出したつもりだったけど、『あんなに小さな声で言っても聞こえない』と言われてしまった。楓に言われると結構ショックだったりした。 力が出ないままに部屋に入ると、とりあえず受験生の必須事項として、机に向かった。 参考書と問題集、ノートを広げ、シャープペンシルを持つ。 問題集のページ数と番号をノートの左上に書き記す。 そこまでは覚えていた。 でも、今更断れない…。耕一も、かおりの事情はよくあたしが話しているから知っている。 でも、せっかく、耕一に逢えるのに…。 この二つが堂々巡って、勉強がまったくといっていいほど手が付かなくなった。 耕一、かおり、耕一、かおり、耕一…。 ノートにふたりの名前がぎっちりと並べられていく。 「受験直前の受験生にムチャクチャ難しい問題持ち込むんじゃありませんって…、あははは……はあ…」 誰にも聞こえないセリフ。そしてため息。 結局結論が出ないままに、日めくりカレンダーは24を示す―。 「はあ…」 今日も寒い。今日も曇っている。ついでにあたしの心もどんよりと曇っている、ってね…はははは…。 と、我ながら乾いた笑いを飛ばしてしまう。 「ふう…」 ため息ももう何度目だろう。いくらやっても現状は変わるわけがないのに。 今日もいつもの通り、かおりの病室へ向かう。 いつもと違うのは、あたしが作ったケーキを入れた箱を手に下げていることだ。 考え事をしながら作ってしまって、少しパンケーキを焦がしてしまったけど、時間がなかったのでそのままデコレートしてしまった。たぶん、今まで作ったケーキの中で一番の駄作だと思う。こんなケーキを持っていくことは気が引けるが、『先輩が焼いてくれたケーキがいいです!』と言われてしまっていたので、今更替えるわけにも行かず、そのままだ。 病院の廊下を歩いていると、かおりを担当して下さっている先生にあった。 「あ、先生、いつもかおりがお世話になっています」 軽く会釈をする。それにあわせてにこにこしながら先生も軽く頭を下げた。 「あら? ふふ、その箱ケーキね? 今日はパーティーをやる、っていってたからねえ。でも、あんまりさわがないでよ。ここは病院、患者さんは日吉さん以外にもたくさんいらっしゃるのですから」 「はい」 「じゃあ、パーティー、楽しんでね」 「はい」 そういうと、す、とあたしの横を抜けていった。 なんだか、あたしらしくない返事だったなあ…、もっと元気があるヤツのはずなんだけどな…。 そしていつもの扉の前に立ち、ノックをする。 「は〜い、どうぞ」 いつもの返事を聞いて中に入る。 「よっ、かおり、調子はどう?」 いつもの挨拶。 「あ、梓先輩、わたしのためにケーキを作ってくれたんですね、嬉しいです!!」 「あはは、ちょっと焦がしちゃって味が落ちちゃったと思うけど、作るって言っちゃったからね」 「とんでもない! 最高のクリスマスプレゼントですっ!」 にこにこと屈託のない笑顔。そう、これは…、以前あたしの部屋に来たときに、あたしと会話していたときの、あの笑みを思い出させる。この顔を見るとなんだかほっとしてしまった。 「さて、じゃあ、準備しますカニ?」 かおりの部屋に用意してあるポットからティーカップにお湯を注ぎ、ある程度時間が過ぎたら、その湯を捨てて、もう一度お湯を注ぎなおす。そして、ティーポットにうちから持ってきたセイロンティーの葉を入れて、ティーカップからお湯を入れる。あまりこのとき時間をおかない。そうした方が苦みが少なくて飲みやすい…なんとなくだけど。 ポットから再びカップへ。並べられたカップからは、ゆらゆらと一筋の湯気が立ち上って、なんともいえない香りが辺りに広がってきた。 「…」 「ん? どうしたんだい、かおり?」 「い、いえ、なんだか、先輩に見とれちゃって…」 あたしは喜んで良いのかどうかも解らないようなにやけた顔をした。 ケーキを箱から取り出し、色とりどりの蝋燭をさしていく。生クリームにいちご以外は、『Merry X’mas』と書かれたチョコレートの板が乗っているだけの簡素なものだけど、これでよりクリスマスケーキらしくなってきた。 「あれ? 先輩、火を付けないんですか?」 「ん? ん〜一応病院の中だし、火気厳禁かなあ、と思ってさ」 「え〜!? せっかくだから付けましょうよ!」 ………。 結局、かおりの言うとおりに蝋燭に灯をともした。 普段は何となく漠然的に燃えている蝋燭だけど、クリスマスケーキの上でともると、何となく神秘的な気がする。 「先輩、申し訳ありませんが、カーテンを閉めて、電気を消してくれませんか?」 そう言われたので、その通りにカーテンを閉めて、電気を消した。 いくらかカーテンのすき間から外のあかりが漏れてくるものの、蝋燭の明かりをより際だたせる。そしてそのあかりのせいなのか、かおりの顔が、より、可愛らしく、いとおしく、見えた。女のあたしがドキドキするぐらいに…。 「先輩…」 「あ、ああ、なんだい?」 「わたしのこと、どう思っています?」 「ど、どおって……可愛い後輩、って思っているよ」 いけない、なんだかどきまぎしている…、それはわかった。だけど、動揺は引っ込んではくれず、心臓の鼓動だけがより身体全体から大きく響いてくる。 「わたしは…先輩のこと、ただの先輩だとは思っていません」 「……」 「わたしは……先輩のこと……心から……」 「……」 「心から、愛しています」 「……!」 「あらためて、先輩…、わたしのことをどう思っています…?」 …答えることが出来なかった。確かに、あたしは、かおりを可愛く思っている。好きか嫌いかで云えば当然『好き』になるだろう…。だけど、「愛」とかそういうものじゃない、と思う、んだけど…。でも。この今、ドキドキしているのは、なんだろう? 正直に思う。これは、…そう、耕一と話しているときのあたしの状態とほとんど一緒だ。 つまり、あたしはかおりも「愛」してる…?? そんなことを考えていたら、いつの間にか、かおりはあたしのすぐそばまで歩いてきていた。 「先輩…」 上目遣いであたしを見上げる。かおりはあたしに寄りかかるように身体を預けてくる。 あたしは、軽くそれを受け止めていた。 「先輩って、暖かい…」 「…」 「お願いです…わたしを…一人にしないで下さい…」 「……」 「わたしを…愛、して、下さい…」 「………」 かおりは、なんだか、少し涙目だ。それでいて目はすごく真剣、それがすごく伝わってくる。 「ずっと、ずうっと、痛くて…、苦しくて…、つらくて……、だけど、先輩がいたから、わたし、がんばってこれました…、わたしが他の人と接するようになっていくのを、先輩が喜んでくれる…、そう思って、それだけを支えにして、がんばってこれたんですよ…」 「……」 「ふふ、わたし、ずるいですね…、こんな、こんな事言って…、でも…」 「……」 「ずるくても、いいんです…わたしの、正直な、気持ちを…受け取って、下さい…」 なんて言って良いんだろう…。あたしのためにがんばってた、ということがこんなに胸に響くなんて…。 胸の…高鳴りが…止まらない…こんなに…なんで…かおりが…愛おしい……… 「先輩…」 す、と目を閉じ、唇をあたしに近づける。 あたしも、目を閉じた…。そして…。 …唇を、逢わせた…。 かおりの唇は、やわらかく、あたかかく…、軽い目眩がおきそうだった…。 ……? あれ……? あたし……なに、してんの……? 心地、よい……。 ――――じゃなくって! あたしは、かおりの両腕をがっとつかむと、かおりを突き放した。 「あ、あの、ご、ごめん! かおり!!」 「……、先輩、なんで…あやまるんですか?」 「あ、あたし…、何を…、したの!?」 「……キス……嬉しい、です…先輩が、わたしに…」 我ながらばからしい質問に真面目に答えるかおり。あたしの顔が一気に赤くなっていくのがわかる。 「……先輩、わたしの気持ちは、わかってもらえたと思います…、でも…先輩の…、先輩の気持ちは? 先輩に好きな人はいるんですか? わたしを見つめてもらえますよね? わたしだけを、愛して、くれますよね…?」 「え………?」 ……こういち…、こういち、耕一、耕一っ、耕一っっ!!!!!! あたし、あたし、あたしは…っ!! 「ごめん! あたし、あたしには、好きな人がいるんだっ!!」 「……」 「だから、だからっ…! かおりの気持ちには、答えられない…っ!」 「……」 「ごめん、ごめんよお…かおり……、ごめんよお……」 ぽろぽろ…。 身体と雫が冷たい床の上に崩れ落ちていく。溢れ出るものを抑えられず、ただひたすらに、顔をくしゃくしゃにして、みっともない格好で。 それを見下げるかおり。 「先輩…どうして? どうしてわたしじゃダメなんですか? わたしが…女だからですか? 女の子同士じゃダメなんですか? 女同士で愛し合っては…いけないんですか?」 「ち…ちが…」 「わたしは、その人より、先輩を、絶対に、愛していると思います!」 「ちがう…、ちがう、ちがうっ!!」 「何が違うんですか? わたしが、先輩を愛する気持ちで、負ける訳がありません! 女同士だから…でしょ?! ですよねっ?!」 「違うっ! かおりも好きだっ! でも、あたしは、耕一のことが、もっと、好きなんだっ!」 「耕一…? あっ! あの時の…二人の時間を邪魔した…?」 「あたしは、耕一のことを、小さい頃から、ずうっと好きだった! そして今は…もっと好きなんだっ!」 言葉が止まらなかった。 ぎゅうぎゅうに詰め込んだ箱の鍵が壊れてしまった。 耕一、かおり、好き、嫌い、本当、嘘、本音、建前、同情、憐れみ…、箱は数日間でいっぱいになってしまったが、それでも詰め込んだ結果がこれだ。一度壊れたら修復は、絶対に無理だ。 「あいつの声が聞きたい! あいつに逢いたい! あいつにそばにいて欲しいんだっ!」 「……そうですか…」 もう…言うだけ言ってしまった…。 後戻りは、できない。 少し声が震えている…、でも、言わなければならない、そのわき上がる感情を。 「だから…、かおり、あんたを…『愛する』相手としては見られないよ……」 「……わかりました…」 かおりはくる、ときびすを返すと、カーテンを全部開けた。 突然の変化に目が付いていかず、おもわず、腕で目を覆い隠す。 「今まで…ありがとうございました」 今まで? 今までって何? 「でも、…もう、わたしには何もありません」 なに? 「さようなら、先輩、どうか、お元気で…」 え? 腕を下ろすと、今度は冷たい風があたしの頬をなで始めた。見ると、ベランダの外にかおりが立っている。そして、今までにベランダに寄り添うように立っていたかおりは、突然そこによじ登ると。 あたしの視界から。 ふっ…と、消えた。 そのかわり「きゃあああああああああああああああああああああっ!!」 という声が、下から響いてきた。 ふ、と下を見ると、赤く醜いヒトのかたちが見える。 ………。 え? なに? なんなの? かおり? どうしたの? このへやのどこにいるの? かくれてないででてきてよ じょうだんはやめてよ いまどきはやらないよ どうして あたしが あいせないから いなくなっちゃったの ごめん そういってるのに ゆるして くれないの ははっ かおりは いじわる なんだ あたしを いじめる き でしょ そうでしょ もうゆるしてよ へへっ ははっ ははははははははははははははははははははははは… ……あの日から今日でちょうど3年が経った。 大学受験も失敗して、耕一と同棲していたんだけど、あたしがヒステリーを起こしたりして、ぎくしゃくし続けて…、結局長く続かなかった。出戻り、というやつ、なのかもしれない。 「Zzzz…」 かおり…、よく眠っているなあ、こんなに寒いのに…。 今年もあたしの家では、クリスマスパーティーを開く。千鶴姉も楓も初音も、準備に大忙しだ。 そんな中、あたしは思い出の道を歩いていく。 子供も一人もうけた。『かおり』。耕一は反対し続けたけど、結局あたしがごり押ししてしまった名前。あたしがこの子を愛し続ける、自分の子なんだからごく当たり前だけど…、かおりに出来なかったことをこの子にしてあげたかった。 あたしなりの一生の……カルマだったのかもしれない…。 でも、ごめんね…。今年こそ、堪えられないよ…。 毎年今日になると思い出す。それは年々強くなってくる。 あたしの、せいで……。 …………。 思い出の道の終点に着いた。 水門。 周りの風景は、3年経った今でも、まったく変わっていなかった。 変わったのは…このなかではあたしだけ、かな? 「ごめんね…千鶴姉、楓、初音…、そして耕一…。かおり…あたしをずっと…恨んでいいからね……」 ぎゅっとかおりを抱きしめる。 「さよなら…みんな……」 |