Happy Birthday…… 今日はあの娘のBirthday!!痕編 |
5月13日 柏木千鶴編 「ん……? ふぁぁぁっ……」 いつもながら朝は気だるい。 そんなことを思いながら、目を少し擦り、完全に頭が醒めると、いつもと違う風景が目に入ってくる。 「……あら?」 いつもの天井ではない部屋に寝ている。そしてまわりを見渡しても、いつものところにいつものものがまるでないことに気が付く。 「そ、っか」 そして、今、旅行していることを思い出した。 足立さんが、他の観光名所を視察することを名目に、実質2泊3日の休みを無理矢理私に押しつけたのだ。 仕方ないかもしれない。 ゴールデンウィークに鶴来屋にもたくさんのお客様に来ていただき、多忙な毎日を過ごした。それで気が抜けたのか、ピークが過ぎ、ある程度落ち着きを取り戻したとき、私は不覚にも倒れてしまったからだ。 お医者様に見て貰ったところ、誰もが予想するとおりの『過労』と診断された。 私としてはいくら忙しいからって24歳でもう『過労』なんて診断されたのは少しショックだったりしたけど。 そして次の日、家まで来た足立さんに、会長として、他の観光地も視察するべき、と言われて新幹線のチケットを渡されたんだった。 『誕生日にはちょっと早いけどね。まぁ、私からちーちゃんへバースデープレゼントだ』 そう言いながら懐からチケットを取り出したが、私は最初拒絶した。 会長として、仕事を休むことは許されるべきではない、と思ったからだ。 すると、足立さんは子供を諭すように、私に言う。 『ちーちゃんは良くやってるよ。私たちが驚くほどの速さで仕事をこなせるようになったし、何より一生懸命なことがひしひしと伝わってくる。今までちーちゃんを会長職に座らせることを嫌がっていた連中を黙らせるほどにね……』 そこまで言うと、にこりと笑い、私の頭に手をぽん、と乗せる。 ……なんというか、叶わない。 24にもなって頭に手を乗せられても、嫌な気持ちが一つも無いどころか、むしろ嬉しさに満たされていく。 安心感というものだろうか。 賢治叔父様と同じような、懐かしい暖かさが、私をすっぽりと包み込んだ。 『でもね、あまりに若さを過信した結果、こうなってしまったのはわかるね? 会長だからって、全てを背負わず、抱えきれないのは遠慮なく私たちに持たせても良いんだよ。いくらなんでも、会長になってから一回も休みを取らないのは……それとも、会長が休むのが不安なほど、私たちは信用がないのかな?』 私はふるふるとかぶりを振った。 足立さんはさも当然ともいえる返答に満足げな微笑みを浮かべる。 『うん、じゃあ、安心していっておいで。……あぁ、それと、一応今回のは視察だから、しっかりと向こうの接客態度などを身をもって体験してきなさい。ちーちゃんより接客態度が悪いからって、あまり非難しないようにね』 ちーちゃんより良い人はそういないから、と言葉を続けると、ははは、と可笑しそうに笑いながら、不器用にウインクする。 普段にはない茶目っ気を見せる足立さんに、私は吹き出してしまった。 『はい、それでは遠慮なく行ってきます』 『あ、それと』 『はい?』 『忘れものをしないように。特にチケットとかね』 そんな軽いジョークに、絶妙なタイミングで入れられてしまったらしく、ツボに入ったように笑ってしまう。 それをニコニコしながら見た後『じゃ、私は仕事に行きますよ』と片手をあげて帰っていった。 足立さんがさりげなく仕掛けたいたずらに気が付いたのは、その10分後だった。 そして、今日は5月13日。私の25歳の誕生日だ。 「ふふふっ……」 そして私はゆっくりと体を起こすと、可愛らしい顔をして隣で寝ている人の鼻をつまむ。 「……ふが?」 私は、いたずらっぽくくすくすと笑いながら、朝の挨拶をかわす。 「おはようございます、耕一さん」 8月30日 柏木梓編 まったく耕一のやつは……。 んと、フライパン……と油……。 ……ジャーッ! 朝に、誕生日おめでとう、だけ言ってさ。 っと、これをみじん切りにして……。 タタタタタ……ッ 今日、ゼミの人たちと飲んで帰るから遅れる、なんていいやがって! ……そりゃぁつきあいってのがあるんだろうけどさ……でも、こんな時くらい帰ってきてくれたって……よっと、いいじゃないかよぉ。 今日はあたしの誕生日と知っての狼藉だもんなぁ……。帰ってきたらおしおきだな。 ……ふむ、ま、こんなもんかに? あれ? ……意味もなくいつも通り二人分作っちまった……。 ぴんぽ〜ん ん? 飲んでくるわりには早いな……まだ9時回ったくらいなのに。 「はいはいっ……っと……」 かちゃり、とドアを開けると、耕一が申し訳なさそうな顔をして立っている。 「まったく! せっかくの日になにしてやが……」 「うにゃぁ〜〜っ……こういひくん、うひついはのぉ〜?? あはははっ!」 耕一の肩に寄りかかるような、変なオプション付きで。 「……おい?」 「んぅ?」 あたしのことをじーっと見つめて……って誰よこの眼鏡女? 「こら! こういひ! だれよこのおんなわぁぁっ!」 「だから、ね、由美子さん。俺の彼女だって……前から一緒に住んでるって言ってるじゃないか」 あぁ、同じゼミの小出さんだっけ。写真で見たことある。 「うやぁぁっ! こおいちぃ!! おんなおぉ、へやにつれこむときとかわぁ、かのじょなんか、ぽぉーん、とどっかにしまっちゃわにゃいとだめでしょおおぉ? んー?」 ダメだね。この娘、ろれつが回らないどころか目の焦点さえ合ってない。 「いや、ね……梓、わりぃ。由美子さん、完全に出来上がっちゃって……」 「見れば解る。待ってな、布団と……新聞紙も必要かな?」 ったく、お人好しもここまで来ると立派なモンだ。普通、仮にもあたしがいるところに、別の女を部屋に連れてこないぞ? 「……うゅぅ」 「すー……すー……」 「落ち着いたか?」 「あぁ。顔色もだいぶ良くなったし大丈夫だろ」 「はぁ……安心したぜ」 「でも、二日酔いの薬でも準備した方がいいかも」 「そうか? んじゃ、俺ちょっとひとっ走り行ってくる。まだあそこ開いてるはずだから」 「あぁ、行ってきな」 私の言葉に静かに頷くと、財布の中身を確認して、部屋から出ていった。 「……ねぇ」 すると、目が覚めたのか、小出さんが話しかけてきた。 「どう? 気分は?」 おそらく最悪だろうとは思うけど、一応聞いてみる。 「どうして、柏木君に何にも言わなかったの?」 ところがそれに返事をしないどころか、全然見当違いなことを聞いてきた。 「何を言うっていうのさ?」 「普通、こんなことしたら、彼に一言二言、もしくは喧嘩くらいの勢いになってもおかしく無いじゃない?」 「どうして?」 「一緒に暮らしてる娘がいるのに……」 「あーそっかそっか、なるほどね。……あのバカはぐてんぐてんに酔っぱらった人をほったらかしに出来るほどクールな奴じゃないしねぇ。可愛い女の子だと特に」 ふぅ、と一つ、わざとらしくため息をついてやる。 「それに、そーいう時はあたしになんかちーっとも気を使う奴じゃないしねぇ」 あたしがそう呆れたように言うと、小出さんはくるりとそっぽを向いてしまう。 「どうして……貴女みたいな人がいるの……?」 「?」 「そんなに……柏木君のこと信じられるなんて……」 「あぁ、あのバカが何考えてるのかとか、嘘ついてるかどうか位はすーぐ解るから。単純だもん」 「……叶わない、な」 「んー? 何が?」 「……おやすみ」 「ん?? あ、そ。ゆっくり休んでね」 「……うん」 シーツをかけ直してやるか……っと。 悪いけど、あたしはもう誰にも負けられないんだけどね。千鶴姉や楓や初音を出し抜いちゃったわけだしねぇ。 ぴんぽ〜ん やれやれ、あいつはそんなこと露とも知らないんだろうね……。 だからバカだっていうんだ。 そんなバカには、あたしがずっとそばにいてやらないと、ね。 11月15日 柏木 楓編 今日は私の17回目の誕生日。 千鶴姉さんもいくら月曜日とはいえ、秋の観光シーズン真っ直中なのにもかかわらず、仕事を早めに切り上げてきてくれたし、梓姉さんと初音も、お祝いということで、いつもより頑張って料理を作ってくれたみたい。 ……そして。耕一さんも昨日から家に泊まってくれている。 食卓にはたくさんの料理が並べられていく。ケーキも用意してくれた。毎回恒例、梓姉さんの手作りだ。「Happy Birthday」ととても丁寧にチョコレートで描かれている。ローソクは立てないのもいつも通りだ。千鶴姉さんが誕生日のときだけローソクを無くすと不自然だから。千鶴姉さんは「そんなに気にしない」と言ってはいるけど、隠れて「どうせ私だけ年齢が離れていますよー……」と拗ねていることを誰も知っているから。 「せぇーーの!」 「「楓 「楓お姉ちゃん、誕生日おめでとう!!」」」」 「楓ちゃん 4人の声が重なり合う。 「ありがとう、姉さん……初音……そして耕一さん」 「さてと、食べようカニ?」 「耕一さん、お一つどうぞ」 「あ、悪いね、千鶴さん……おっとと……」 「梓お姉ちゃん、ケーキ、いつもよりおいしくなったみたいだよ?」 「はは、良かった……今回、ちょっと手法を変えてみたんだ」 4者4様、みんな微笑んでる。 また……みんなで笑いながらお祝いが出来るなんて……。 2ヶ月前耕一さんが鬼の力を制御してから、千鶴姉さんも心の底から本当に笑えるようになって……それに呼応するように、梓姉さんも、初音も、そして私も……。 みんなで笑って。 『柏木』の血におどらされることもなくなった今、初めて、本当に心から微笑みあえるお祝いを開くことが出来た。 本当に……本当に……。 「あれ? 楓お姉ちゃん、どうしたの?」 「……え?」 「泣いてるよ?」 「え……あ、本当だ……」 目尻を触って初めて涙が出ていることがわかった。 「ふふっ……、これ、私たちからのプレゼントだよ!」 そういうと、私に封筒を差し出した。 「えっ? ……あ、ありがとう……」 「開けてみて?」 「う、うん……」 封を切り、中身を確認してみる。 そこには、2週間後の新幹線の往復チケットと、ホテルの宿泊券が入っていた。 「これは……」 「あはは、耕一お兄ちゃんによる東京案内1泊2日旅行だよ!」 「えっ……?」 「ま、耕一でも案内くらいはできるだろうしな」 「なんだよ、でも、ってのは」 「嫌なら私が……」 「嫌ではありません」 とりあえず姉さんが余計なことを言う前に釘を刺す。 「ですが、耕一さん、いいのですか? お手数をおかけして……」 「ん? 楓ちゃんならおやすい御用だよ、梓ならともかく」 「ほぉ〜、なんだいその差別発言は?」 「口で言わなきゃわからないか?」 「耕一……てめぇ〜〜」 「おう、なんだよ?」 「行きます!!」 とてもまずい雰囲気になるのを防ぐべく、一生懸命叫んでしまった。 すると、梓姉さんが、にやー、と嫌な笑いを耕一さんに向ける。 「ということだからって、ホテル代を浮かせる、みたいなことを口実に、部屋に連れこむんじゃないぞ、耕一」 「なっ……、んなことしねーよ!!」 「私はそれでも別に……」 ――。 ……? みんな一瞬時間がとまったように固まったけど……? 「あ、あはは……、ほ、ほら、とりあえず、ね、食べよう?」 どうして初音は慌ててるのかしら? 「あ、そ、そうね……」 どうしてみんないきなり動きがカクカクし始めたんだろう……? 「ははは……これうまいな〜、梓」 「ははは……ありがと〜」 ??? どうして会話がカタコトしているの??? とにもかくにも……こうして柏木家の特別な一日が過ぎていった……。 2月27日 柏木 初音編 放課後。みんなそれぞれに鞄を手に、部活や帰路に向かう。そんな中、私はにこにこしながら帰り支度を整えていた。 「♪」 今日は私の誕生日。 何が嬉しいって、やっぱりみんなで楽しくわいわいとパーティーを開けることだよね。 お姉ちゃん達が毎年恒例のパーティーを開いてくれるって言ってたし、それに今年は耕一お兄ちゃんも来てくれる、って約束になってるんだ。 えへへっ、耕一お兄ちゃんが私の誕生日に来てくれる、って初めて。 というより、お兄ちゃんはあの時以来……ううん……変なこと考えるのは止めよ。 夏以来、ことあることにこっちに顔を出してくれている。今日も明日が試験だっていうのに、日帰りで来てくれるらしい。 何にしても、耕一お兄ちゃんがいるだけでお姉ちゃん達もいつもより楽しそうに過ごすし、私も……やっぱり嬉しい。 「えへへっ……」 「な〜に? 気持ち悪いわね……。さっきからにやぁ〜、ってしちゃってさ」 「きゃっ!? ……あ、留美子ちゃん……」 「それよりも早く行こっ!! ほら!!」 「え? え? どこに?」 「……まさか初音? 忘れちゃった〜、てへっ♪ とはいわせないわよ??」 「え? ……ごめん……私、本当に忘れちゃったみたい」 「え〜っ!? 今日、美沙ん家で初音のバースディパーティーやったげるって言ったじゃないっ!」 「ええっ?!」 ほ、本当かな? でも手帳にはそんな予定書いてなかったし……。それにそんな大切なこと聞いてたら普通忘れないのに……。 「(だって今更私の不手際で言うの忘れたなんて言えないしぃ)」 「? 今ぼそぼそって何か言った?」 「え、ううん? なんでも。じゃあ待ってるから!」 「あ……」 行っちゃった……ど、どうしよう……。 タッタッタッタッタッ……。 「はぁ、はぁ……、もう15分回っちゃった……急がないと……」 『お兄ちゃん、その日はいつくらいまでいられるの?』 『うん、いつもの通り最終電車で帰るよ。次の日、って言いたいけど、午前中に試験だからさ』 隆山から耕一お兄ちゃんのいるところまで繋がる最終電車は9時36分(それでも向こうに着くと日が変わっちゃう)。そして、家から駅まで15分。あと、5分くらいしかない。 でも……私がここから家までどんなに急いでも5分かかっちゃう……間に合わないかも……。 がらららららっ!! 「た、ただいまっ」 「あ、お帰り〜。どうしたの初音? いきなり遅くなる、なんて電話してきてさぁ」 「あ、梓お姉ちゃん……はぁ……はぁ……耕一……お兄ちゃんは?」 「あぁ、耕一ならさっき、『初音ちゃんに宜しく』って言って帰っちゃったけど」 「!!」 やっぱり……間に合わなかった……。 「梓ぁ、タチの悪い冗談はよせよ。初音ちゃんだと信じちまうだろ?」 「!!」 「ははっ、こうした方が喜びも何倍にもなるかなぁ、と思ってさ。耕一が来るのを、ずーっと指折り数えて待ってたんだから」 「まったく……初音ちゃん、お帰り。誕生日、おめでとう」 「……」 「わっ?! わっ?! おい! 梓!!」 「わわっ……初音、ごめん!! あたしが悪かった!! だから泣かないでよ!!」 あれ……? 私泣いてるのかな……? 「えへっ……ごめん、目にゴミが入っちゃったみたい……。それよりも私、お腹空いちゃったな」 「あ……な、なーんだ、そうだったんだ。そんじゃ、あっちに腹減らした二人も待ってるし、あたし用意するから」 そう言いながら、梓お姉ちゃんは台所に向かっていった。 ……ほんとはさっきのパーティで食べちゃったからあまりお腹空いてないけど。でも、さっきの嘘でおあいこだよね? 「耕一お兄ちゃん……、大丈夫なの? あと10分無いけど」 「ん? ああ、反則技を使うよ。そうすると5分かからないから」 反則技? ……あ。鬼のちから、かな? 「それよりも一言も言わないうちに帰るなんてしたくなかったから。でも、間に合って良かった。それじゃ、俺、行くよ」 「うん……あ、お兄ちゃん。髪の毛に何か付いてるよ?」 「えっ、ほんと?? ……とれた?」 「ううん、まだくっついているよ。私が取ってあげるよ。お兄ちゃん、手が届くところまでちょっとかがんで?」 「ありがと……んっ!?」 「……えへっ。誕生日のプレゼント、貰っちゃったからね」 |