Kanon SS

雪の中に消えた少女


written by Piromaru


悲しい呟き。
 〜起きないから奇跡っていうんですよ〜
そんな悲しい呟きと一緒に。
少女は雪の中へ消えてしまった。
一冊のスケッチブックを残して……

二人の初めて出会った夕暮れの町を……
二人の再会した学校の中庭を……
二人で歩いた商店街を……
二人で散歩した噴水のある公園を……
二人が初めてキスをした夜の公園を……
二人の思い出の場所を……。
春の気配が感じられる様になる頃、気付くと絵を描く様になっていた。
少女の気配が残る場所を。
一冊のスケッチブックを傍らに。
堅く閉ざされたスケッチブックを傍らに書き続けた。
ただひたすら……。

「最近祐一絵ばっかり描いてるね。」
学校の中庭でのことだった。
「なんで春なのに雪の降る絵ばっかりなの?
 祐一寒いの嫌いじゃなかったっけ?」
一瞬、小さな風の音がやさしく中庭を支配する。
「……隠してくれるからな……。」
囁くような小さな答え。
「隠す?なに?」
「……………。」
「答えたくないんだったらいいよ。
 まだ此処に居るの?」
「まあな。」
微かに微笑みながら答える。
「じゃあ先に帰ってるね。
 晩御飯に遅れちゃ駄目だよ。」
「ああ。
 気をつけてな。」
「大丈夫だよ!」
少女は笑顔で答えると手を振りながらかけて行った。
少女の姿が校舎に消えると、
「……隠してくれるからな………
 ………弱い心を………。」
吐き捨てるかの様な呟き。

望みをかなえてやれなかった。
最後まで心から普通の少女として接してやれなかった。
自分の弱い心を隠してくれる。
 〜他人にすがらないと生きていけない人間ですから〜
雪の中へ消えた少女の言葉。
「それは俺の方だよ…………。」
すがろうとしている心。
少女のさりげない優しさ。
そんな少女の優しさにすがり、心にできた空洞を埋めようとしている。
きっとその事に少女は気付いているだろう。
それでも受け入れてくれるだろう。
いつもの笑顔で。
そんな卑怯な心を隠してくれる。
たとえ春が訪れ雪が消えたとしても。
絵の中の景色を雪で包み隠せば。
雪の中へ消えた少女が好きだと言った雪は。
隠してくれる。
遙か心の奥底に。
自分の心を。
でも、いつかは答えを出さなくてはいけない。
いつまでも夢の中にはいられないのだから。
堅く閉じたスケッチブックを再び開く時、どんな答えをだしているだろうか。
その中に居る少女は微笑んでくれるだろうか。
その答えを果たして自分の心は受け入れられるだろうか。
季節は移り変わる。
誰にも止めることはできない。
いずれ雪は消えてしまう。
絵の中の雪ですら。
でももう少しだけ……このままで……。

たった一つ……
二人で笑って生きていく……
そんなちっぽけで小さな願い……
たくさんの思い出を作って……
そんな小さな……
悲しい夢……
灰色の空から
螺旋を描き真っ白い雪が舞い降りてくる
悲しみを
心を
優しく包むため
……そして……隠すために………

スケッチブックに優しく雪が落ちてくる。
静かにスケッチブックを閉じる。
「……そろそろ帰るか」
ゆっくり道具を片づける。
少しでも長く此処にいるために。
そして……。
雪の降り出した誰もいない中庭に向かって……
「また来るよ ・ ・ ・。」
もう少しだけ夢の中で。

SSのページへ戻る