Happy Birthday……

今日はあの娘のBirthday!!Kanon編



 12月23日

 水瀬名雪編




 お父さん。

 私も、やっと、お父さんとお母さんが結婚した歳になったよ。
 見てくれているかな?

 私、少しは成長したと思うよ。
 例えば、朝。
 ちゃんと自分で起きられるようになったんだ。
 目覚まし時計が1個なのに、だよ?
 すごいよね?
 この目覚まし時計に吹き込んである声がいいから、朝起きなくちゃって思うんだ。
 たまーにその声の持ち主が横にいたりするけど。
 ……怒った?

 おかげで、学校やお仕事もきちんと遅刻せずにいけるようになったんだ。
 そうそう、私、お母さんと同じお仕事をしているんだ。
 お父さんが勧めてくれたんだってね。
 お母さんも、ずぅっと隠したままだったんだよ?
 ひどいよね。
 でも、お父さんのことは、私が大きくなるまで黙っていようとしたんだって。
 話してくれたって事は、お母さんにも大きくなったことが認められたんだと思うんだ。
 そう思うと、少し、嬉しい、かな?

 お父さんのこと、だいたい判ったよ。
 お母さん、淡々と話してくれた。
 でも、お父さんのこと、今でも愛してることがわかったよ。
 お母さんが顔色を全然変えないで淡々と言葉を紡ぐときは、つらいことを我慢しているときだから。
 罪づくりだよね、お父さんは。
 あんないい女の人を残していっちゃうなんて。

 そうそう、お父さんがいるときと違うことがあるんだ。
 私の誕生日が祝日になったんだよ。知らなかったでしょう?
 今の天皇陛下と同じ誕生日なんだって。
 なんにしても祝日が一日増えるのは嬉しいよ。
 今日執り行えるのも、そのおかげだから。
 でも、今日である最大の理由は、祐一も私の誕生日と一緒にすれば覚えていられるからだとおもうんだ。
 こういうのって男の人ってすぐ忘れるらしいから。
 お父さんもそうだったんじゃないのかな?
 ひどいよね。二人だけの記念日を忘れるなんて。

 お父さん、私ね。
 今日、祐一と……

「名雪っ!! 入るわよっ!!」
「……そんなに叫ばなくても聞こえてるよ、香里」
「それじゃ、失礼します……っうああっ」
「な、何?」
「綺麗……綺麗すぎるわ……あなた、本当に名雪?!」
「それ、香里の時も私が言ったよね、『本当に香里?!』って」
「うーーん、本当に化けるわね……たとえ名雪でも」
「ひどいなぁ、その言い方」
「今の名雪の美しさを喩えるなら、わずかな間だけすごく可憐な美しさをもつ桜の花よね」
「もしかして、とんでもなく失礼なこと言ってない?」
「ぜーーんぜん、そんなことはないわよ」
「うー……」
「ところで」
「?」
「本当にあいつでいいの?」
「直前になってひどいこというよね……。でも、確か祐一も香里に言ったよね。『本当にあいつでいいのか!?』って。そのときの返事をそのままお返しするよ」
「……忘れたわ」
「私は覚えてるよ」
「……今思えば良くなかったわ」
「……」
「な、何?」
「香里、嘘つくの下手になったよね」
「……名雪程じゃないわ」
「香里」
「ん?」
「私、絶対に幸せになるよ。だから、今日は目一杯祝ってね?」
「言われなくても祝うわよ。だいたい、そんなこと本人の口から言う?」
「うん……ありがと」
 ……祐一は本当に約束を守ってくれた。遅れることがあっても……。

 お父さん。

 私ね。

 今日。

 祐一と……。


 1月7日

 月宮あゆ編




 感じる。
 確かに感じる。
 あの人が。
 7年ぶりにあの人が。
 この街に。
 帰ってきたんだ、この街に……。
 お帰りなさい!!
 祐一君、お帰りなさい!!

「先生……」
「ああ、確かに脳波には変化が見られる。だが……、私自身も、この脳波が判断できない」
「えっ? どういうことでしょう?」

 会ったら、どうしよう?
 祐一君はボクのこと、わかるかな?

「確かに今までのような微妙なふれではないが、一般的に眠っている状態ともいえない。どちらかといえば、彼女は完全に覚醒して、脳を全力で動かしている状態のそれだろう。だが、それとも違う。普通の人間より変化に富んだ振れ方をしている。正直、普通ではない、めちゃくちゃな脳波だ」
「じゃあ……」

 あれ?
 でも、ボクだって祐一君を見てもわからないかもしれない。

「うん……目が覚めるかどうか、微妙だな……。だが、これだけは言える」
「……」

 どうしよう。
 何を目印にすればいいんだろう……。

「劇的な変化を見せたのだから、もう、今までの状態には戻らないだろう」
「……」

 そうだ、カチューシャ……。
 祐一君からもらった赤のカチューシャ!!

「もしかしたら、目覚めるかもしれない。だが、もしかしたら……」
「……」

 それと、最初に食べあったたい焼きと……あとは……。
 うぐぅ……なんだっけ……どこだっけ……。

「すべては、今、なんのために、彼女にこれほどの変化をもたらしたのか、もしくはなぜ彼女が変化を望んだのか……だな」
「……」

 あと一つ、大事な、大事なものがあったのに……。
 うぐぅ……なんだっけ……。どこだっけ……。わからないよ……。

「我々は今まで通り、静観するしかあるまい……」
「そうですか……」

 祐一君との『約束』を果たすのに必要なのに……。
探さなくちゃ……。探さなくちゃ……。探さなくちゃ……。

「おやすみ、あゆちゃん。それと、お誕生日、おめでとう……」
……きぃっ……ぱたん。

 静かに。
 ボクは”ボク”から、すうっ、と抜け出した。
「よく眠ってるなぁ……ボク……」
 そういいながら、ボクは”ボク”の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「しばらく、留守にするよ」
 ボクは”ボク”の頭を軽くなぜた。
「捜し物を見つけに行くよ……、祐一君とボクとの……つながりを……」
 にこり……。
”ボク”は、優しく微笑んだ。
「うぐっ、ありがとう……、それじゃ、行って来るよ。そして……」

 ……きぃっ……

「必ず。見つけて帰ってくるよっ!!」

 ぱたん。


 1月6日

 沢渡真琴編




 ――寿命という物がある。
 ――全ての動物は、生を受けたなら、かならず死を迎える。
 ――それは自然の摂理である。
 ――だが、それをよしとしないものもいた。
 ――ヒト。
 ――ヒトの欲望は医学というものを作り出した。
 ――天から与えられたはずの寿命。
 ――それを数十年も伸ばす術。
 ――ならばその先の究極と云えるものの一つに。
 ――不老長寿というものがあるだろう。
 ――『夢』とも云えるかもしれない。
 ――だが。
 ――もともと不老長寿の身体を持つものがいて。
 ――たかだか3週間、対等の位置に立つためだけに。
 ――それを捨てたらどうだろう?
 ――滑稽だろう。愚鈍な行為だろう。莫迦なことだろう。
 ――あと数十、いや、数百年ある寿命。
 ――それを3週間足らずという、極端に縮める行為を。
 ――でも。
 ――それを行ったものがいた。
 ――ものみの丘に暮らす妖弧。
 ――思った。
 ――それを為す価値がある。
 ――思った。
 ――それを課す価値がある。
 ――だがそれはなんの価値なんだろう?
 ――わからない。多分それは自分自身ですら。
 ――だから。自らの命を賭して。

 1月6日。
 一体の妖弧が、人間へと変貌を遂げる……。

「やっと見つけた…」
「…あなただけは許さないから」
「あるのよ、こっちには」
「…覚悟!」

 その答えを、見つけるために……。


 2月1日

 
美坂栞編



 すた……すた……すた……。
 ゆっくり、喜びをかみしめるように一歩一歩階段を上がる。
『栞……貴女は……次の誕生日まで生きられないの!!』
 そう、以前にお姉ちゃんから言われたこと、今でも覚えている。
 そして……私は、その日を迎えて。確かに倒れた。そして思った。

 これで死ぬんだ。

って。
 怖くないわけがない。いいえ、むしろ前より強く、死にたくないと願っていた。
 あのひとの悲しむ顔は見たくないって。それだけ強く、想った。
 そして私は病院にたどり着いて、手当を施そうとした瞬間、確かに息絶えた、らしい。けど、何故か息を吹き返し、目を覚ました。
 ……でも、真っ暗だった。
 それもそのはず、私は、お姉ちゃんに思いっきり抱かれていたのだ。
 暖かで柔らかなかおりに包まれて。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!! 栞ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
 病院内をつんざく、微妙にエコーがかった声がずっと私の耳に届いた。
 そこで激しく後悔する。
 お父さん、お母さん、お姉ちゃん……ごめんなさい。
 あのひとの暖かさが私をそうさせたとしても、今まで、すごくお世話になってきたのに、私は死ぬ瞬間、みんなの顔を思い浮かべなかった悪い子でした、って。
 そして、また。

 生きたい……

 って思えた。
 そして、思いが届いたのか。
 あれ以来一度も発作を起こすことなく、春休みの時期程なく退院。
 そして今日は新学期だった。

 からから。
 教室のドアを開けると、みんな私のことを知らない顔をしている。
 当然だと思った、が、一人、私に話しかけて来た人がいた。
「……あなたは……、美坂、栞さんですか?」
「え? あっ!? あなたは、入学式の時に私が話しかけた……」
「ええ」
「えっと……」
 名前を一生懸命思いだそうとしたが思い出さなかった。でも、すぐさま相手が話を繋げてくれる。
「ところで、あなたはこの教室でよいのですか?」
「? え? だって、クラス替えはないはずだよね?」
「……ですが、あなたは1年の時、ほとんど病気で学校にいらっしゃらなかったではないですか」
「え、ええ……」
「ですから、この教室では無いはずです」
「……あああっ!?」

 重要なことを思い出してしまった。
 そう、私は……。

 そして。
 緑色のスカーフをなびかせて、私は。
 二度目の一年生を迎えることになりました……えへ。

 1月29日

 川澄舞編



 家族。
 本当の家族。
 欲しかった。
 ずっと。
 他愛ない話をして。
 妥協して。
 主張して。
 時には喧嘩。
 存在を許される場所を欲し続けた。
 愛し愛される空間に溺れたかった。
 傷つけあっても癒しあえるような。
 そんな家族。
 そして今。
 やっと手に入れた。
 祐一と。
 佐祐理と。
 私の。
 3人『家族』。
 血の繋がりが無くても。
 名字が違っていても。
 それ以上の繋がりがあれば。
 『家族』だと思う。
 暖かく。
 緩やかで。
 穏やかな。
 たまに躓く。
 そんなせせらぎを。
 いつまでも漂いたい。
 そう……。
 泡沫の夢は嫌だ。
 とわの、うつつ。
 剣は失った。
 でも、たくさんのものを得た。
 手に入らなかったものばかり。
 美しくても、がらくたでも。
「舞、どうしたんだ? 何か考え事か?」
「……何でもない」
「あははーっ! 今日はお祝いなんだから、もっと楽しみましょっ!」
「それじゃあ、あらためて」
「「舞! 誕生日おめでとう!!」」
「……ありがとう」
 なにもかもが新しく。
 そして嬉しいものばかりだった。


 3月1日

 美坂香里編


『以上を持ちまして、第31回卒業式を終了いたします』

 ……ついにこの学校も卒業、か。
 まわりを見ると、名残惜しいのかボロボロと涙を流す人達や見えない明日に心を膨らませ笑顔を見せる人達、そしてただのイベントの一つとして受け止め、何事もなかったようにしている人達と様々だ。
「う゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛」
 そしてここにも泣きじゃくることを止めようとしない娘がいる。
「名雪、いつまで泣いてるの?」
「だっでぇ〜」
「せめて鼻ぐらいは拭きなさい」
 うんうん頷きながら、ポケットからハンカチを取り出すとごしごしと擦りあげる。
「鼻が赤いわよ」
「うにゅ〜……」
 本当に困った顔してるわね……。
 素直すぎるのは良いところでもあって悪いところでもあるんだけどね。
「嘘よ」
「え……本当に?」
「ええ、だから早くその顔を相沢君に見せてあげなさい」
「やっぱり嘘言ってる〜っ」
「全然そんなことはないわよ」
「うにゅ〜……あ、北川君! 私の顔、どうなってる?」
「は? 何かやったのか? 全然わからないけど」
 そう言うと、名雪はにっこりと微笑む。
「安心したよ」
「あなたねぇ……私を少しは信用しなさい」
「だって今嘘をついてる顔をしてたから」
「ははっ!! だってよ美坂。俺の方が信用されてるんだな」
「……北川君に負けるものがあるなんて」
「たまにはあってもいいじゃないか? ……それは、それとして。美坂、水瀬、明日は必ず来いよ?」
「わかってます。約束したことは忘れないわ」
 明日は、私と名雪、そして相沢君と北川君で卒業を記念して遠出をする約束をしていた。
 と言っても、電車で一本でいける、梅が満開、という話の公園だけど。
「ああ、それじゃ、また明日、な。それと」
「?」
「誕生日、おめでとさん」

 そう言うと、北川君は私の横をするりと抜けて他の男子にいきなり背中から首に攻撃を仕掛けて、すかさず頭を固めた。
 ヘッドロック、と言うらしい。

「……香里」
「何?」
「決めたの?」
「何を?」
「北川君とのこと。絶対に明日言ってくるよ」
「何て?」
「わかってるだろ?? 『美坂! 俺と付き合ってくれ!!』みたいなこと」
「……いつからいたの? 相沢君」
「私、北川君が言うのに賭けてもいいよ?」
「俺も。北川さんに全部。倍率ドンさらに倍、大橋巨○も真っ青な大穴だ」
「十中八九、私が勝つわよ?」
「それでもいいよ。それじゃ、私は百花屋のイチゴサンデー」
「俺は例の屋台のたい焼きでいいぞ。5つ」
「それでいいわ。私は……」
「別にどこの高級料理店でもいいぞ、なぁ、名雪」
「うん。それなら、あの味も値段もこのあたり一番って言われてる、『朝影』のディナーセットでもいいよ?」
「すごい自信ね」
「そ…もごもご、もごもごもごもごっ」
「『そんなぁ、自信なんて無いぉ〜』だってよ」
「絶対そうは言ってないわ」
「祐一、嘘ついちゃダメだよ」
「馬鹿、こういった賭ってのは心理戦だ。いかに相手にプレッシャーをかけるか、が分かれ目なんだぞ?」
「うー……」
「相沢君。そういうのは賭の対象相手を前にしていったら意味がないと思うわ」
「なっ!? いつの間に!! し、しまったぁっ!!」
「わざとね」
「ぜーんぜんそんなことはないぞ」
「……ええ、それでいいわ。忘れないでよ」
「よし」「うん」
「それじゃ、今日は今日でどっか行こうぜ。今日は香里の誕生日だから、ある程度ならおごってやるよ。俺と名雪で」
「私はプレゼント、用意したよ?」
「げっ!?」
「それじゃあ、相沢君におごって貰うことにするわ」
「……失敗した」
 こんな他愛のない話を名雪や相沢君ともうすぐ出来なくなってしまう。
 でも、彼らとは会おうと思えばまた会える。彼らは、ちゃんとそこに存在するんだから。

……………

「ただいま……ほら、卒業証書、貰ってきたわ」
「そうね……あなたじゃもう、貰えないわね」
「私……明日、みんなに会うわ。北川君にも」
「どうすればいいとおもう?」
「『私が全部嫌なことを引き受けたから、お姉ちゃんは普通の人より二倍、幸せになれるよ』」
「『私ができなかったことは、お姉ちゃんがやってくれるから、私はそれでいいよ』」
「『私、お姉ちゃんが幸せなら、私も嬉しいんだ。そんな顔をしないでよ』だったわね」
「どうかしら? 今、あなたが嬉しくなる顔になっているかしら?」
「私、二倍も幸せにならなくちゃいけないんだけどね」
「そのためには北川君は役不足だわね」
「でも、北川君はね。あなたが居なくなって……すごく沈んじゃったときに」
「ずっと声をかけ続けてくれたの」
「私がどんなに冷たくしてしまっても……馬鹿なのよね、彼は。本当に」
「……うん、答えはもう決まってる。きっぱり言うわ。今まで曖昧だったのがいけないんだから」
「あなたが出来なかったことの一つを、私がやるわ」
「それじゃぁ……明日ね」


 12月6日

 天野美汐編


 雪。
 雪が降っている。
 このあたりでは、11月にすでに雪が降ってくる。
 もう根雪が張り出してきていた。
 そう……。
 あの子と出会ったときも、こんな時だった。

 あの時もこんな雪の日だった。
 とても寒かったことを覚えている。
 当然かもしれない。
 寒いだけでなく、広い公園で、両親とはぐれてしまったのだ。
 良く知っている公園だけど、大木がたくさん立っていて、それだけでも私の目を惑わすのには充分だったのだ。
 そんな時。
「寒くないの?」
 と聞いてきた子供がいた。
 年齢は私と同じくらいで、可愛らしい顔立ちの男の子。
 その質問に、
「君、誰?」
 と、答えじゃない答えを返した。でも、
「それよりもあそこにいる人、誰かを探しているようだけど、君の知り合いの人?」
 と、これもまた答えではない答えを返してきた。
 でも、これは最初の質問、「寒くないの?」の答えを出すことになった。
 お父さん、お母さんに抱かれて、とても、とても、暖かかくなったから。

「僕は裕彦。君は?」
「……美汐」
「美汐ちゃん、できれば僕と友達になってくれない? 僕、最近このあたりに引っ越してきて、友達が一人もいないんだ」
 そういうと、人なつっこい笑みを浮かべた。
 悪い人ではなさそう。直感でそう思った。
「うん……いいよ」
 私は素直に返事をした。
「それじゃあさ、この公園に明日、またこの時間あたりに会ってくれない?」
「……学校があるから」
「あ、そうかぁ。僕は引っ越したばかりでまだ無いから。それじゃ放課後ならいい?」
 私は無言で頷いた。
「それじゃ決まりだね」
 そう言うと、右手を出してくる。
「指切り、しよ?」
 私は素直に小指を出した。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます♪ 指切った! それじゃあ、また明日っ!」
 そう言うと裕彦君は、すごい勢いで公園の奥に消えていった。
 思えば、それが不自然なことに、そのときは気がつかなかった。
 奥に出口はないのだから。

 私たちは、およそ子供が公園でやるようなことは、すべてやった。
 缶蹴り、鬼ごっこ、ボールを蹴飛ばしたり、雪だるま、雪合戦、雪ウサギを作ったり、3日かけて雪の小山を作り橇もやった。
 ただひたすらに楽しい時間が過ぎた。
 いつも雪にまみれて、帰った後、風邪を引かないよう、急いでお風呂に入れてもらうのも習慣になっていった。
「美汐ちゃん」
「何?」
「今日お誕生日だったよね、おめでとう。これ……」
 そういうと、そのあたりの駄菓子屋さんで売っている、100円くらいのアクセサリーを差し出した。
「……こんなので、ごめんね。でもお祝いしたかったんだ……」
 私はすごい勢いで、ぶんぶんと首を振った。
「ありがとう。とても嬉しいよ……」
 そう言うと、裕彦君は、にっこりと、満面の笑みを浮かべてくれた。
 その笑みが、何よりのバースデープレゼントだった。

 そして。
 その日も遊んでいた。
 最近裕彦君は、何も喋らなくなっていた。
 そのかわり、赤ちゃんのように、だだをこねたり、暴れたり、ときどき疳の虫に触ったりした。
 この前風邪を引いて、高熱が出たと言っていたあたりからおかしくなったらしい。
 私は、なんとなく、嫌な予感を持っていた。
 そして、ついにその予感は当たってしまった。
 突然、裕彦君はぱたりと倒れたのだ。
「裕彦君っ……あっ!?」
 熱い。すごく熱い。額だけじゃない。躰全体が、燃えているように熱かった。
 一生懸命動かそうとしている口が、手が、足が、躰の限界を訴えていた。
 私はそれでも、裕彦君を抱きかかえて、左手で彼の右手を握りしめ、右手で躰を支えた。
 とても、軽かった。まるで躰の中身がないようだった。
「……」
 裕彦君は、何かを一生懸命私に何かを伝えたいと思っているらしい。
 かろうじて動く目が、公園の奥をじっと見つめている。
「公園の奥に何かあるの?」
 私がそう言ったとき。

 にこり……。

 あのバースデープレゼントのときの様な、満面の笑みを浮かべた。
 そして。
 私の左手から、彼の右手が消えた。
 私の右手から、彼の躰が消えた。
 そのかわり、彼の躰から蛍のような美しい球体が空に舞っていく。
 だが、それもまた幻のように消えて無くなっていった。
 私は、全て消えて無くなるのを止めることも出来ず、ただ、呆然とその儚い様子を見つめていた。
 そして全て消えた後、私は振りきるように公園の奥に入っていった。

 公園の奥の道をひた走る。なにもかも、真っ白だった。冷たい色だった。
 その中で、雪の中に今にも消えようとしていたが、あまりに不自然に入り口だけが掘り起こされている掃除用具を片づける小屋を見つけた。鍵はかかっていなかった。
 きぃ……。
 ゆっくりと扉を開く。
 わずかに入る雪に反射された光が照らすところ。そこには、どこで拾ったかと思えるほどぼろぼろの厚紙に、殆どひらがなの手紙が、かすれたボールペンでたどたどしい文字で書かれていた。

「みしおちゃん
 ぼくはまえにたすけてもらったきつねです
 人げんになれるのはすこしだけど
 とてもたのしかった
 ありがとう
 さようなら
 大すきなみしおちゃんへ ひろひこ」

 そこに書いてあったのは別れの言葉だった。
 とても簡単な言葉で綴った手紙だった。
 そして全てを理解した。
 倒れているところを、餌をあげて、毛布をまいて、元気になったあと山に帰してあげたキツネ。
 私の記憶に閉まってあったもの。すでに曖昧になっていることも多々ある。
 それは私が幼稚園のころの出来事だったから。
 私はその手紙を抱きしめた。
 そしてこみ上げてくるものをこらえようと努めた。
 ここで認めたら、絶対に戻ってこない気がしたから。
 でも、止められなかった。
 私は泣いた。ただひたすら泣いた。日が暮れるのがわからなかったくらい動かなかった。
 お父さん、お母さんに、裕彦君に出会った時のように迷惑をかけてしまった。あそこまで怒られたことはそれまでに無かったし、今までもない。

 それ以来。
 私は友達を作れなくなっていった。
 別れが来るのが怖かったから。
 それなら、出会いがなくても良いと思った。

 でも……。

 私の隣に傘を差しているこの人。
 一年前、同じ様な事が起きて。
 それでも、私と違って、また、友達を作ろうとして。
 その中の一人に私がいる。
 そして今、あの時の公園で。
 私はあれ以来初めて『彼』に会いに来れた。
 この人にそう言われたのだ。会いに行ったほうがいいと。
「会いに行かないと。そいつに忘れていないことを伝えないと、怒って戻ってこないかもしれないからな」
 私は忘れていない。
 だから、君も忘れないで。

 大切な、大好きな。友達の君へ……。 


 9月23日

 水瀬 秋子編




「あー!! 違うよ祐一!! それは塩じゃなくて化学調味料だよっ!!」
「よりおいしくなるかな〜、なんて」
「そんな訳ないよ〜っ……わっ! だからそれはお味噌じゃなくて……わぁぁっ!!」

 もうこの年になるとあまり嬉しくないけど、今日は私の誕生日。
 秋分の日という事もあって(秋子、という名前もそこから付いたらしい。安易だけど気に入っている)二人で私にお洒落なハンカチと『一日主婦休暇』のプレゼントをもらった。
 そして、お昼ご飯を作るために、現在台所で調理中……ではなくて、奮戦中かしら?

「おいっ、名雪! そっちの鍋!!」
「えっ?? あっ!! ふいちゃってる〜!!」

 ……ふふっ……なんだか思い出すなぁ……。



『よーしっ!! 今日はお前の誕生日だし、久々に俺の包丁さばきを見せてやる!!』
『……いきなり握り方が違うと思うけど……包丁握ったのっていつ以来?』
『幼稚園のころ、チャンバラ遊びに使った以来だ』
『……』
『よっし!! それじゃ、カレーライスだ!! まずは……』
『あの……』
『何だ?』
『カレーにお味噌を入れるって聞いたこと無いけど』
『何ぃ!? あの色は味噌じゃなかったのか!?』
『……』

 ………

『……すまん』
 目の前に出されたのは、焦げた卵焼きと味付けが濃すぎるお味噌汁、ベタベタのご飯だった。
 ぱくぱく。
『おいしいですよ』
『いいぞ、無理しなくても……』
『……私は味覚オンチですから、貴方の気持ちの味しか舌に感じないんです』



 ……ふふっ……なんだか、私たちを見ているようだわ……。

「よし、出来たぞ……。名雪、そっちはどうだ?」
「くー」
「包丁持ったまま寝るなっ!!」
 ぽかっ!
「……いたい」

 でも、味だけは再現して欲しくないわね……。

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