こみっくパーティー!! SS

あの娘の憂鬱 me
〜 みなみ えでぃしょん 〜



 其の一

 〜 南風 〜


「こ、これはっ!」
 ……とある中古同人誌ショップに和樹はいた。そこの高額同人誌のウィンドウでついに見つけてしまったのだ。
 サークル名、南風。
『同名のアニメキャラがいたので、そのマンガの喫茶店から名前を頂きました』
 と言っていたことが何度も和樹の中でリピートされる。
(間違いない! これこそ、あの南さんの同人誌だ!)
 思わず周りの目を気にせず、吸盤のようにガラスにへばりつく。そして、へけけけっ、と某おぼっちゃまな笑いを周囲に飛ばしはじめた。
 だが、値段を見るとなんと八千円!
 とんでもなく高価で、しかも薄い。だいたい三十六ページくらいだろうか。
 一般人では手も着けないし、つけたくもない値段だ、が。
「へけけっ……これぶぁい、と決めたオタクをなめちゃぁいけないでしゅよ……」
 もう誰だかわからないが、とりあえず和樹だ。それだけは保証する。
 そこからきりっとし、ウインドウから離れる。べったりと唾液類を残して。
 そのまま和樹は、彼を汚いゴミと同格として見ていた店員に話しかける。
「店主。これはいかほどか?」
 一応これも和樹だ。最近まじかる☆アンティークにはまっているらしい。
「あ、はい……。八千円になります」
「高いな。この程度なら二千円が妥当だろう」
 店員は驚きのあまり顔を曲げた。かなり的確な数字だったことがわかる。
「どうだ? 二千円で譲らんか?」
 
 八千円で売る。
 四千円で売る。←選択
 二千円で売る。

 店主もまじかる☆アンティークをよくご存じのようだ。
「四千円でどうです?」
「むむ……仕方あるまい……それで頂こう」
 交渉は成立した。



「……とりあえず」
 パンパン。
 本に向かい、なぜか二つ柏手をうち、そのまま手を合わせ、ぺこりと頭を下げる。
 なにせあの南さんの同人誌である。
 マンガに確かな目を持つ彼女が描くものである以上、とんでもない作品ではないだろうか……。
 期待に胸を膨らませ、ページをめくってみた。
「! こ、これわああああっ!」



 ドドドドドドドドド!
 パンッ!
「きゃっ! あ、あら? 和樹さんですか? もう、ドアをそんなに強く開かないでください。……ところで、慌ててどうしたんですか?」
「これ……見たよ」
「! そ、それは……」
 南の顔が一瞬で凍り付く。
 まるで、次の和樹のセリフが解っていたように。
「南さん!」
「は、はい!」
「普通は”けん×こじ”じゃなくて”こじ×けん”でしょ? カップリングが逆ですよ!」
 ……は?
「ち、違います! それでいいんです! キーパーは唯一手を使えるポジション……その手で、愛をも掴むんです!」
「違いますって! ”キャプテン!”とか、あの甘ったるい狙った声からしても、どうみても受けじゃないか!」
「それこそ違いますっ!」
「いーや、王道ははずせない!」
 ……あのー、論点はそこですか? 論点は?


 其の二

 〜 たっち 〜


「南さんって、た○ち、って知ってます?」
 たっち、というのは「あだちみ○る」が描いたラブコメを織り交ぜた野球マンガで、アニメにも映画にもなった超ヒット作である。
 ところで、なぜこんなに半端で曖昧な表現かというと、この作品は小○館であり、著作権にめっぽううるさく、作品のタイトルや作者名を出すことすら危険だからであることをご了承いただきたい。
「ええ、もちろん知ってますよ」
 それに、にこやかに答える南。さすがにマンガには詳しい。
「あのヒロインとは同じ名前じゃないですか? それで、何かありました?」
「……そうですね」
 そう言うと、にこやかな顔に多少翳りが映った。
「あのマンガでは、かっちゃんが死んでしまうじゃないですか?」
「あ、うん。俺、あのときは泣いちゃいましたよ」
「ふふ……私も泣いてしまいました。……でも南ちゃんは、それ以前から、たっちゃんの方が好きだったじゃないですか?」
「……あぁ、そういえば」
「あれで、どうして南はかっちゃんじゃなくてたっちゃんなの? って言われて、すごく困ったことがあったんです」
 ……あぁ、なるほど、と和樹は思った。
 確かにかっちゃんは成績が良くて野球部のエース、ルックスも良くて、女の子にもてそうな感じだった。葉っぱっぽく言えば、いわゆる雅史ちゃんタイプである。南に釣り合いそうなイメージはこっちが強かったに違いない。
 それに比べてたっちゃんは、成績は平凡以下、スポーツもまぁまぁ、ルックスも普通、どこにでもいそうなタイプだが、いざやる時になればものすごい力を発揮する、いわゆる浩之ちゃんタイプだ。
 格好いいヤツよりは平凡なヤツの方がヒロインのハートを射止めることが出来るのは今でこそマンガの常、と思えるが、当時は納得がいかなかったんだろう。
「ふふ、でも私も、なんとなく解りますよ」
「え?」
「だって……かっちゃんはなんでもこなしちゃうけど、たっちゃんは見ていていかにもずぼらそうで、なんだかほっとけない、っていうか……だから、南ちゃんがたっちゃんを選んだのも、なんとなく解る気がするんです」
「はぁ〜。ん?」
 そのとき、和樹の頭に何かがひらめいてしまった。
 たっちゃん……た、た、た……大志?
 かっちゃん……か、か、か……和樹?
「も、もしかして……南さんも、かっちゃんとたっちゃんだとたっちゃんですか?」
「ふふ、そうですね」
 ぎゃわーーーーーっ!
 大志? よりによって大志かぁ?
 神よ、あんたはなんて残酷なんだぁ!
「あら……? 和樹さん、どうしたんですか? 急に頭を振り回して?」

 和樹の思考回路は、時々ズレ過ぎると思う。


 其の三

 〜 共有点 〜



 それは、和樹と南が買い物に来たあるデパートの話。
 ただ通過するはずだった女性服売り場のどこからか、威勢の良い声が聞こえてくる。
『本日ただいまよりー! タイムサービスをはじめます!』
 周りを見渡すと、なるほど、非常口からワゴンが出てきて、何かの衣服がかごの中に何百と山積みにされていた。
 そして、タイムサービスの時間が解っていたかのように集まるおばさん達。彼女らはまるで砂糖に群がるアリのように群がり、そして目つきは生ゴミをあさるカラスのように飢えている。
「あら……?」
 南もタイムサービスというものは見ることすらあまり経験したことがないらしく、その様子を何か物珍しい物を見るような目で見ていた。
『これらのブラウスー、当店では一着三千九百円からの品を〜』
「……」
 静かだ。
 あれだけの人数がいながら、水を打ったように静かに店員の話を聞いている。
 なんというのか……「嵐の前の静けさ」というものは緊張感あふれるものだというのを、典型的に顕しているようだった。きっとR・シュトラウスもこんな想像をしながらその曲を書いたに違いない(嘘八百)。
 和樹も、南も、全く関係ないはずなのに立ち止まったまま動こうとしない。
(……あれ?)
 でも、和樹は何かに気が付いてしまった。
 この、殺伐とした空気は、どこかで……すごく身近にいつも感じていることを。
『一律、千円! 千円でご提供させていただきます!』
「……」
 どこだったか……。
 和樹自身、つい最近、こんな空気――欲望にまみれた緊迫感――を味わった気がするのに、あまりに見た目に違和感があるのか、どうも思い出さない。
『それでは、今より――』
 店員が、すっ、と手を挙げる。
 ギン、と目がすわるおばさん……あの目。あの目もどこかで……。
『タイムサービスをはじめます!』
 ばっ!
 手を下ろしたと同時に、すごい勢いでワゴンにかぶりつくおばさん達。
 品物をまるで見ずに次々にかごに押し込む。
 ところどころから、なにすんのよ! これはあたしのよ! ちょっと取らないでよ! あんた邪魔よ! などの叫び声が聞こえる。
 この雰囲気、確かに……。
 どこだったかなぁ……?
「……あれ? 南さん?」
 ふと気が付くと、隣にいたはずの南がいなくなっていた。
 どこにいったんだろう?
「あ!」
 辺りを探すとすぐ目に飛び込んできた南。
 そこで気が付いた。どこで見たのかを。
「みなさん! 新刊……じゃなくて服は逃げません! どうか落ち着いて、順番に並んでください!」
「……ああっ」
 血が……こみパスタッフの血がそうさせるのか……。
 あの、嵐とも云えるワゴンセールを整然としようとしている南の姿がそこにあった。
 ……が。
「あ、あら、らら、らららーっ? あうっ、いたっ、あわっ、あぁぁぁぁぁぁぁ………」
(あぁ……南さんが、南さんが……欲望の渦に飲み込まれていくぅ〜っ)

 和樹は、己の無力を噛みしめながら、その様子をただ見ることしかできなかった。


 其の四

 〜 親子 〜



 南が実家へ帰ってきて、二度目の夏を迎えた。
 和樹は、休みになるたび会いに行く、という約束を守り続けていて、長野の土を踏むのも、これで夏冬夏と三度目になる。
 電車の窓から映る景色は見事なまでの田園風景、一分の隙のない田舎っぷりを思わせた。
(いつも思うけど、ものすごい田舎駅だよなぁ……今でも無人だし)
 電車内で精算を終えると、誰もいない改札口をすり抜け、駅から出る。
「ふぅ……さて……行くか……な?」
 駅から出ようとしたとき、ぽふっ、と背中に、暖かい感触が寄りかかる。そして、背中から声が聞こえた。
「……いらっしゃい、和樹さん」
 くそっ、和樹の野郎……ラブラブなんて、悔しくないぞっ!(虚勢)
 ま、それはともかく。
 このように、南は毎回迎えに来るくらい和樹の来訪を心待ちにしていた。
 しかし、実は他にも、和樹を彼女並に心待ちにしている人がいた。それは……。

「まぁ、和樹君。まずは一献」
「あ、はい。頂きます」
 彼に差し出されるまま、手持ちのコップを出すと、なみなみとビールが注がれる。
 そして、そのまま一気に自分のビールをあおる。
「……ぷはぁ! さ、和樹君もぐっとやってくれ」
 その言葉通りに、ぐっと和樹も一気にあおった。
「はぁ〜っ」
「おお、良い飲みっぷりだな。……いやぁ、こういうの、やっぱりいいよなぁ……。南の酌ってのも魅力だが、やっぱりこういうのが……なんていうか、たまらんなぁ」
「ふふ、お父さんったら」
 ……そう。心待ちにしていたその人とは、南の父親だった。
 南も、その母親も、酒は飲めるが、父親に付き合う程度の酒量ではなかった。愛娘にお酌してもらうのも悪くはないが、晩酌の際に、正面を向き合い、瓶を傾けられる相手を、ずっと欲していたのだった。
 そして、さらに。
 彼が和樹を心待ちにしていた理由は、もう一つあった。
「……で、和樹君。例のモノは?」
「はい! もちろんです! ここに持ってきました!」
「よし!」



『そ、某としたことがッ!』

「いやー、和樹君、今回もすまんね。『うたわれるもの』をはじめとして、関東ローカルは和樹君だけが頼りなんだよ。お、やっぱりトウカ、予想通り、おいしいキャラだな」
「やっぱりそう思います? でも自分はエルルゥッスよ。あとカルラが後半にですね……」
「まぁ……ドリィとグラァって可愛い! 早速描いてサイトにCGアップしなきゃ!」
「ふふ、お母さん、あの双子に萌え萌え? 私はやっぱりベナウィ様かしら?」

 そう……和樹を心待ちにしていた理由。
 それは、関東ローカルアニメ番組をすべて録画したビデオを持ってくるから、だった。
 牧村家。
 そこは、すでに、家系自体、カオスだった……。

「ところで、どことなく顔つきが南に似てるキャラいるよなぁ? 眼鏡かければほら一緒みたいな」
「あ、っと……それは大人の事情ってやつです。それは言わないお約束ですよ」


 おまけ(爆)

 〜 いもうとがあるならば 〜



 みなさんこんにちは。牧村南です。

 あちらの世の中はどうなのかわからないのですけど、こちらの世の中はちょっとした「お兄さん」ブームですよね。しかも児童ポルノうんぬんに反発するかのように、年々低年齢化を辿ってます。
 そうですね……いもうとキャラといえば、亜美ちゃんに始まり、唯ちゃんとか初音ちゃん、それに栞ちゃん、千歳ちゃん、アイリスちゃん、佳乃ちゃん、千紗都ちゃんに空ちゃん、乃絵美ちゃん、加奈ちゃん、みるく、咲耶たん、千紗ちゃん、知佳ぼー、玉緒ちゃん、そして魅惑の「幼」貌で全国の大きいお兄さんをなぶり殺しにした自称十八歳以上、しおりちゃんとさおりちゃん……と、枚挙にいとまがありません。
 でも、これだけのキャラクタをあぁ、アレね? と全て把握している方は、ちょっと重傷ですよ。ですけど、処方箋はありませんので、自力でどうにかしてくださいね♪
 ……そこでですが。
 これだけいもうとはあるのに、どうして……。
 どうして〜どうしてどうしてどうしてか〜し〜ら〜♪

 どうして……。
 おとうと、ってないんでしょう?

 というかですよ!
 あんなに全国津々浦々におっきなお兄さん満載で、こんなに「いもうと」は溢れているのに、おっきなお姉さんには「おとうと」がいないなんてずるいと思いませんか?
 なよなよってしてて「お姉ちゃん」にいじめられるといやいやしながら、すぐ泣いちゃうんだけど、それでもお姉ちゃん大好き! なんて男の子と、口先では生意気なことをいうんだけど、根は素直で、やっぱり「お姉ちゃん」が大好き……ってどうですか? ねぇ!
 タイトルもズバリ「おねえちゃんといっしょ♪」とかいって、もーおねーさんだいこーふーーーん!

 バキィッ!

「あうっ!」

 ぱったり。

「……見たやろ? 一度この世界に足入れたモンは、妄想に身をゆだねた時が最後……牧やんでもああなるんや。あんたも気ぃつけや……」


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