| 『……ら、ほら、いつまで寝てるの! 起きなさいよ!』 誰かが呼ぶ声が聞こえる。 (……ん?) 琴音は目を覚ました。 (……あれ? わたし……死ねなかったの?) 『何が”死ねなかったの?”よ!! この馬鹿!!』 (その声は……) 『私』 つっけんどんな言い方で”琴音”であることを伝えた。 (……わたしは、死んで良かったんじゃないでしょうか? 周りにご迷惑を掛けてばかりだし、生きていても嬉しいことは何もありませんでした。わたしの居場所は、ずっとなかったんですから……) ”琴音”はため息ひとつ入れると、いきなり火を噴いたようにまくし立てる。 『あなた……どうしようもない馬鹿ね! 嬉しいことがなかったって? どんな些細なことでも? 佐藤さんと話しているとき嬉しくなかったって言うの!? 嘘おっしゃい!! さも楽しそうに笑いながら話していたくせに!! それにね、居場所っていうのは、他人から貰うもんじゃないの! 自分で見つけるもんなのよ! それくらいのこともわからないの?! 死んで良かった? 生きたくても生きられない人だっているのに! 私だって、……私だって、どんなに”外”に出たかったか!! ”外”にいるのが当然の貴女にはわからないでしょうよ!!』 (………) 『それにね、貴女の”ちから”は悪い方にしか働く訳じゃないの』 (え?) 『え、じゃないわよ……貴女は全然”ちから”をコントロールしようとしないから全く関係ないところに”ちから”が表れるの。【予知】っていうのはむしろ、おもに私の”ちから”。貴女の”ちから”は、おもに【念動力】』 (念動力……?) 『でもね、私の【予知】っていうのは、所詮未来のことだから、その時点では正しいとしても、ちょっとしたことだけではずれることが多いの。そして、貴女のコントロールしていない”ちから”で誰かに被害を与えそうなときだけ、私の映像を貴女に見せた。これが【不幸の予知】の正体。そして、貴女自身でその【予知】ははずすことも出来るはずなの。少しの変化を起こすだけでもね。私だって、回避させたかったけれど、【予知】が出来ること以外、ほとんど無力なの。だから貴女に回避して貰おうとしたわ。【予知】を見せることでね。でも貴女は逃げた。だからそのまま起きる。変えることも出来ずにね……』 (………) 『でもね、長岡さんの時、貴女は逃げなかった。本当なら、【予知】通りに、事故を起こすのは長岡さんだったわ。でも、あなたが、助けようとして、信号を無視して、飛び出して、――あまりに、後先考えない行動だから貴女自身が事故を起こしたけどね……呆れたわ……故意に”ちから”を出させて正解だった。身の危険を感じて【念動力】で防護壁を張ってくれたのは、一種の奇跡だったけどね……』 持っている知識のすべてを琴音に明らかにする”琴音”。 その一言一句に、ただ、耳を傾けることしかできなかった。 『”ちから”は、無意識に……要は貴女の遺伝子が私を受け入れない時ね……起こりうる一瞬は、鍛えれば簡単に見極めることが出来るわ。一瞬体の中に突き抜ける何かを今でも感じるでしょう? そのとき集中すれば、”ちから”の発生さえも貴女自身で抑えることもできる。それどころか、意識的に反発を起こして”ちから”を出すことだって出来るわ……どちらもコントロールするには相当な訓練が必要だけれど』 (”ちから”をコントロールできる!?) 本当だろうか? そうすれば、周りのみんなに迷惑を掛けることはない。 それどころか、夢にまで見た、『普通の人』と同じような生活もすることができる……。 そう思うと、胸がいっぱいになった。 『だからそれには相当な訓練が必要なのよ……、あ、でもね、感情を上乗せすれば、もっと簡単に出来るとおもうわ。長岡さんの足、あれ、無意識にコントロールしてたものね』 (!! ……どういう……ことですか?) 『長岡さんに向けた佐藤さんの笑み、あの笑みで、軽い”嫉妬”を持っていたみたいなのよね、長岡さんに。……怖いわねぇ、あれぐらいで嫉妬しちゃうなんて。でもね、女性は嫉妬と、そして愛情が特に強い感情となるわ。これを利用しない手はないわよ。でも、他に被害がない愛情にしておきなさい、佐藤さんへの、ね』 (……わたし…………長岡さんになんてことを……) 『でも、力をコントロールしていない状態で、全然別のどこかにいっていたら、貴女の怪我と車一台だけじゃすまなかったかもしれないわよ。それに、後悔しているのなら、次に絶対被害が出ないように、訓練を厳しく積んでいかなくてはね。悔いても過去には戻らないし、長岡さんは全く無傷だったから、許してもらえると思うわよ……ちょっと楽天的過ぎるかしら?』 ここまで言うと、何かに気づいたようにあっ、と声を出したあと、くすくす笑いだした。 『そろそろ、眠ってから一週間よ。目を覚ましてもいいんじゃないかしら。それとも……見て』 琴音の目の前に、病院の一室が目に入る。 かちゃり。 ドアが開き、雅史が入ってきた。そして、琴音の横に座り、顔を静かに見つめる。 『佐藤さん、ああして、一週間、毎日来てるの。このまま、毎日病院に通わせるつもり?』 (佐藤さん……) 『あ〜あ、うらやましいな、貴女が。佐藤さんがあんなに良くしてくれてるんだもん』 (……) 『どうやら大丈夫そうね。ふふ、うらやましいわ、ね……。そろそろ目を覚ましなさい。みんな待っていてくれていると思うわよ』 (うん……) こん。 「あっ……ご、ごめん……」 『……あは☆』 (こ、今度はなんですか?) 『佐藤さんに未来の映像を送っちゃったわ、ふふっ♪』 (……) 琴音は異常な不安を覚えた。 『それじゃ、また会う日まで。あでゅ〜♪』 言うだけ言って、”琴音”の声はそれきり聞こえなくなった。 (……ごめんね……そして、ありがとう……) 彼女に、お詫びと感謝の気持ちを伝えたとき、『あ、そうそう』と声が響く。 (えっ??) 突然戻ってきた”琴音”に素っ頓狂な声を出してしまった琴音。 『あのねぇ、半数の染色体しかないからって、私がいるからちゃんとしないとぉ……できちゃうわよぉ』 そして、ふふふぅ、と、らしからぬ妙な笑いを飛ばした。しかし琴音には何を言いたいのかさっぱりわからなかった。 『それじゃ、今度こそ、まったねえ〜☆』 ……今度こそ”琴音”の声は聞こえなくなった。 ばっしゃああっ!! イルカが大きく跳ね、水しぶきが二人にわずかにかかる。 白いワンピースのサンドレスにあわせて、ワンポイントがついた日除けのための白い帽子と、極めてシンプルな服装で来ていた琴音にかかる水しぶきが、妙に幻想的な雰囲気を映し出した。 琴音の目が覚めてから2ヶ月――。 あんなにやせこけ、器械を取り付ける寸前だった体調もみるみるうちに回復していき、退院したのが7月。殆ど習っていない授業ながら、期末試験では赤点ギリギリで補習を免れた。ほとんど毎日通えば、進級に問題はないらしい。 そして、8月も半ばを過ぎた、夏休み真っ最中。 琴音と雅史は、2ヶ月前の約束を果たすべく、水族館にイルカを見に来ていた。 イルカがさも楽しそうに跳ねたり、輪をくぐったり。 いろいろな芸をこなすイルカ達に、思わず感心する。 「へぇ……、イルカって、すごいんだね……」 「ええ、でも……」 「?」 「こういう水族館にいるイルカ達は、可哀想なんです」 「え? どうして?」 「ええ……、例えば、自然に生きるイルカ達と比べて、明らかに短命なのです。理由はいろいろあるとは思いますが……、人間が見やすいように、透明なプールで暮らしているとか、病気にならないように、水の中に消毒液などを入れていたり……」 そのころ下では、イルカと握手をしようとする子供達が並んでいた。 「ああいうふうに、人間の手が触れることによって、人間の病気がうつってしまったりするんです」 「え? イルカでも人間の病気がうつったりするの?」 「ええ、実際、イルカに風邪がうつったことが確認されたこともあるらしいのです」 「へぇ……」 「それに……、本当なら、大海原を思いきり泳げるはずなのに、こんな狭いプールで過ごさなければならない、ということも」 「……」 「やっぱり、広い海で、精一杯泳ぎたいんじゃないのかな、そう思うと、なんだか……」 「……ひょっとして、水族館って」 嫌い? と聞こうとしたが、すぐ琴音は言葉を続けた。 「でも、水族館とか、動物園とか、私、好きなんです。……矛盾してますよね」 「あははっ、正直だね」 「で、ですよね……でも、やっぱり見ていて可愛いし……いろんな魚達や動物達を見られるし……」 少し顔を赤らめて、もじもじとしている。 「でも、良かったよ。嫌いなところに連れて来ちゃったかと思ったよ」 「いえっ、とても嬉しいんです!」 「うーん、でも、そういう、イルカの現状を知っていると知っていないとじゃ、全然違うと思うけど」 「……そ、そうですか?」 「うん……イルカは『もの』じゃなくて、ひとつひとつ生命を持っていること、彼らの生命の尊さを理解していること、そして、彼らが広い海に帰りたがっていることを、考えているのといないとでは、やっぱり違うと思うんだ」 「……」 『死んで良かったんじゃないでしょうか?』 琴音は、自分自身の言葉を思い出した。 馬鹿、だった。 哀しみ、苦しさを、哀しいように、苦しいように、自分自身が逃げていって、かえって追い込まれていたのだから。喜べること、楽しめることを、棚から落ちてくるのを待っていても仕方がないことに気がつかなかったのだから。 『……私は……もう、向き合うだけ向き合って、解決出来ないんです…』 向き合ってなかった。逃げて、逃げて……背中ばかり見せていたのだ。 『どうせ逃げられないなら、真っ正面から向かっていったほうがいいじゃない』 真っ正面から向き合えば、解決できないことではなかった。”ちから”はコントロールできるものだったのだ。それに気付いて、そして…… 『一人より二人の方が勝ち易いんじゃないかな?』 2人は2人でも、私以外の2人……いいえ、1.5人だったけど……、 「どうしたの?」 「えっ?」 「何か考えていたようだったけど?」 「な、なんでも、ありません……」 あたふたと弁解する琴音。 「ふぅ〜ん……」 「…………」 「やっぱり、釈然としないなあ、なに考えていたの?」 「え?」 雅史にしては珍しく追求してきた。が、そのとき。 「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」 と、子供が泣いている声が聞こえた。 そちらを見ると、上を指さしながら子供が泣いているのをそのお母さんらしき人が懸命にあやしている。上を見ると、なるほど、風船がふわふわと屋根づたいを歩いていた。 「えいっ」 琴音は、その風船を指さし、気合いを入れるような声を出した。 すると、ヘリウムガスが入っているはずの風船が、ゆっくりと下に降りてくる。そして、子供の前で、風船が、ぴたり、と止まった。 目の前に起こる不思議な現象に喜ぶ子供と、よくわからない顔をしている母親の様子が見える。 その様子を、雅史は感心した様子で見守った。 「へぇ……もうそんなことが出来るようになったの?」 「ええ、本当に軽いものならなんとか……」 退院して、期末テストが終わったあとから、ピンポン玉などを使って、ずっと【念動力】の訓練をしていたのだった。 始めた頃こそ、全く動かないとか、いきなりはじき飛ばされたように玉が飛んでいって、ガラスに直撃し、ヒビが入った、玉の方でなく本棚に”ちから”が直撃して琴音自身が下敷きになった、など、さんざんな日々が続いたが、そのうち、わずかではあるが意志を持って動かせるように、また、【不幸の予知】を防げるようになってきたのだった。1学期が終わるまでは、昼休みなどを利用し、中庭で雅史が見守る中、その成果などを見せていたりしたことにより、その訓練の効果は倍増したことも実感できた。 夏休みに入ってからも、何か新しいことが出来るたびに、雅史を訪れ、成果を見て貰っていたのだった。今の風船は、雅史が見た中で、琴音とその対象物が最長の距離、そして最高の持続時間で、意志通りに動かしたことになった。 「重いものを動かすことは近くでも難しいのですが、軽いものなら、ある程度遠くても、そんなに”ちから”のかけ方は変わらないことがわかったんです。あとは、どれだけ持続出来るか、ですね」 「はぁ……すごいね」 『……本日はイルカさん達のショーをごらんいただき、ありがとうございます!!」 マイクを持った女性が、ニコニコしながら終わりを告げだした。 「あ……、終わっちゃったね。それじゃ、行こうか?」 「あ、はいっ」 水族館を出た二人は、帰り道の途中にある喫茶店に立ち寄った。 「昨日はごめんね、突然電話して。……迷惑だったよね?」 琴音は、ぶんぶんと左右に首を振る。 「と、とんでもないです!!」 「そう言ってもらえると、ほっとするよ。今日、部活が突然休みになるなんて、思いもしなかったからさ」 「私の方こそお誘いいただき、ありがとうございました」 「うん……、やっと行けたね」 「?」 「水族館。ずっと行こうとは思っていたんだけど、水族館まで結構遠いのに病み上がりじゃ悪いかなあ、って思ってさ」 「……」 いつお誘いを受けても大丈夫だったのに、と、少しがっかりしてしまった琴音。 注文していたブレンドを一口啜って雅史が続ける。 「ところでさ、あの時、一週間も眠り続けた理由ってなんだったの?」 「あ……、私もよくわかっていないのですが、おそらく、車を壊すほどの”ちから”を出したからだと思います。”ちから”を使うと、いつも、少しだけ眠くなるのです。それが、かなり大きな、しかも、使ったことがない”ちから”を無理矢理使ったから、その反動があったのではないか、と思います。それに……」 「?」 「……なんでもありません」 私自身、死んだと思いこんでいて、そして、死を望んでいて、目を覚ますことを嫌っていたらしい、とはさすがに言えなかった。 その話を追求される前に、話題を変えることにする。 「ところで、そのときの話、少ししましたよね?」 「え? ああ、姫川さんの中にもう一人の”姫川さん”がいる、っていうあれ?」 「はい、これをずっと聞こうと思っていたのですが……あの、”彼女”が、『佐藤さんに映像を送った』と言っていました。あの……私の目が覚める日に、なにか、映像を見ませんでしたか?」 「え?」 「そうですね……、眠ったときとかに、よく見ることができるとおもうんです」 「ええっ!? あ、そ、それは……」 「”彼女”、変な含み笑いを残していったんです。ですが、『第三者』の私は見ることが出来ないんです。つまり、”彼女”と佐藤さんしか見ていないのです」 「へ、へぇ〜、そうなんだ。少なくとも、僕にとっては……いい夢だったなあ、あはは……」 「そ、それって、どんな内容でした?! 私は出ていました!?」 「え? う、うん……確かに出てきたよ」 「え? そ、それじゃ……もし宜しければ、内容を教えていただけないでしょうか?」 「え、ええっと……、うん……、場所は僕の家の近くの公園だってことはわかったんだ。それで、僕と、姫川さんと、あと2人……5歳くらいの男の子と女の子……がいるんだけど、眠っている姫川さんがいて、その二人は……その……うん、姫川さんのことを『しらゆきひめ』って言ってた」 じいっ、と、真剣な眼差しで内容を聞いていたが、白雪姫、で、よくわからない顔をした。 「それで……、その二人は、前と同じように起こそう、って言って……」 言葉を選びながらしどろもどろに内容を話すが、一息入れる。 「それで、僕は目が覚めた」 (嘘は言っていないよね?) 全編を雅史映像倫理委員会を通過させてそう要約した。 「……それはつまり、私が『白雪姫』で、佐藤さんは『王子様』ということなのでしょうか?」 そこで、はたと何かに気付いたように、ふふふ、と微笑む。 「では、私の目が覚めたのは、佐藤さんのおかげ、ですか?」 「い、いや……、僕は……」 なにもしていない、と続ける前に琴音が言葉を繋げる。 「でも……、私を、魔女から与えられたりんごである【不幸の予知】の呪縛から解いて下さったのは、他でもない、佐藤さん、あなたのおかげです。ですから……佐藤さんが、私の『王子様』であったことには違いありません」 「……えっと……僕が『王子様』?」 「はい」 「そ、それじゃ……」 「?」 いきなり落ち着かない様子になり、テーブルの上に置いてある、ブレンドとシナモンティーがかたかたと揺れ出す。 「『王子様』は『白雪姫』が目を覚ましたあとに……することがあったよね?」 「え?」 すぅっ、と、息を吸って、意を決した顔になる。 「……お姫様、どうぞ、この僕と、おつきあいください!!」 手を差しだし、頭をテーブルすれすれに下げる。琴音は、その言葉や行動に、きょとん、としたが、いきなり、ぷっ、と吹き出した。 「ど、どうしたんですか? 佐藤さん……? いきなり……」 「……だめ、かな……」 「い、今の、ひょっとして、本気ですか!?」 「うん……、女の子に、こういうことするのって、初めてで……どう言っていいのかわからないんだけど……」 「……」 「昼休みや、夏休みなんかに会っているときでも……、姫川さんの近くにいることが嬉しくて……、部活中に君が絵を描いていたときなんかも、ひょっとしたら僕のことを描いていてくれるのかな、って思い違いして妙に張り切っちゃったりして……そ、そんなことないのにね、あはは……」 「……」 「それで……それで……、最近は君のことしか考えられなくなるときも、数え切れないくらいなんだ……だから……」 ぽろっ。 「あれっ? 私……あれっ??」 ぽろっ、ぽろっ……。 いつ以来だろう。 彼女の目からは、暖かい雫がこぼれ出す。 「ふふっ……、白雪姫は、ここでは、最高の微笑みで答えたんですよね……、けど、私は……少し……変な顔になってしまいました……」 「……」 「はい……、嬉しいです……。もちろんお受けします」 そして――。 ずっと、思っていたことをとりあえずひとつだけ、現実にする。 「雅史さん……」 ”琴音”が雅史に見せた、未来の画像。初めての【幸福の予知】。 …………予知が、どうぞ、当たりますように……………。 |