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四つのプレゼント



 すっかり秋も深まり、気になった天気にも恵まれて、どことなく涼しげな風が琴音の頬をゆっくりとなでていく。
 そんな中ため息を一つ付き、遊園地の入口前にあるベンチに腰を下ろすと、ゆっくりとイルカの形をかたどった時計を見る。
 13時15分。すでに15分過ぎている。
『今度の月曜日、どこか行かない?』
 そう切り出したのは雅史だった。
 雅史も三年になりはしたが、お正月辺りに全国大会が行われる予選が間近に控えているらしく、サッカーのことが未だに良く解っていない琴音でも雅史を含む部員全員の気合いが感じられるほどだったし、10月ともなると受験勉強も大変な時期ということは解りきったことである。
 琴音もそれを察知し、そういう話題をあまり出さないように留意してきたため、思わず『いいんですか? こんな時期に……』と問い返してしまった。が、雅史はそれににこりと微笑み、
『やっぱり、息抜きとかも必要だよ。それに姫川さんと最近何処にも行ってないし。それに……あははっ。ね、行こう?』
 と言う。当然のように琴音は満面の笑みででその誘いを受けたのであった。
 ……なのにこない。
「どうしたんだろうな……雅史さん」
 そうつぶやいて空を見上げると、嫌になるほど天高く突き抜けた秋空が一面に広がっていた。それを何気なくそのままぼおっと見つめていると、
「琴音ちゃん」
 と近くで呼ぶ声がする。でも雅史とは違うことはすぐ解った。女性の声だったからだ。
「あ……神岸さん……こんにちは」
 そう目の前にいるあかりに挨拶を交わす。するとあかりは申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんね。雅史ちゃん、すぐ来れないんだ」
「え? どうしてそのことを?」
「千絵美さん……雅史ちゃんのお姉さんなんだけど、赤ちゃんが産まれるんだって。一週間も早く産気づいちゃって。で、御家族が誰もいなくて雅史ちゃんが付き添ってるの」
「……あ……」
「隣、いい?」
「あ、はい……」
 返事を確認しベンチの横に座ると、琴音をみつめ、にこりと微笑む。
「誕生日おめでとう、琴音ちゃん」
「えっ? あ、ありがとうございます。でも、どうしてご存じなのですか?」
「昨日、雅史ちゃんと一緒にお買い物したんだ。『明日、姫川さんの誕生日だから何か贈りたいんだけど、どんなのがいいのかな? 僕こういうの、よくわからなくて』ってね。とても嬉しそうに悩んでたよ。初めてだよ? 雅史ちゃんが特定の女の子をあんなに意識してるのって。プレゼントを贈るって聞いたときには驚いちゃった」
 そこまで言うと、ひょいと空を見上げる。
「昔からね。ずっと三人でいるのが自然で……兄妹みたいだった。浩之ちゃんが長男、私が真ん中で雅史ちゃんが末っ子。同級生なのにね、そんな関係だったんだ。……雅史ちゃんって、そんな私が言うのも何だけど、とても素敵な人だと思う。だから」
 一呼吸おいて、琴音の方に視線を戻し、にこりと微笑みながら言葉をこう繋げる。
「雅史ちゃんのこと、よろしくね」
 琴音にとってあかりのその言葉の意図はよく判らなかったが、
「……私がお願いしたいくらいです」
 と答えた。
「うん、ありがと。あ! 来たよ、ほら」
 と指さす先を見ると、待ち続けた人がこちらに向かって走ってくる。
「それじゃ、あとはお二人に任せて、邪魔者は退散するといたしますかね?」
 と言いながら、いかにもお見合いの時の仲介人のようなオバサンくさい仕草を見せる。
 そんなあかりに、琴音は思わずくすくすと笑ってしまった。
 その笑顔をちらりと見、にこりと微笑むとなぜか遊園地入口の方に走っていく。
 即座に納得した。
 そこに、あかりの彼氏である”お兄ちゃん”が立っていたからだ。
「あ」
 その時、あかりの言葉の意味が何となく理解できたような気がした。
(もしかしたら、私もその一人に、って事だったのかな?)
「ごめん姫川さん、遅れちゃって……」
 そんなことを考えているといつの間にか後ろに、息を切らせた雅史がいた。
「ふふ、いいえ。あかりさんから事情を伺いましたしいろいろお話ししましたから。では早速行きましょう、雅史”お兄ちゃん”」
「えっ?」
「ふふっ……ここの観覧車って夕日が綺麗なことで有名なんですよ? 楽しみですね」
 はぐらかすように話題をふると、雅史の手を取ると、入り口へ向かおうとすると、
「あ……、ちょっと待って……今日誕生日だよね? えっと……」
 雅史はそれを制止し、ポケットを探りだす。が、不思議そうな顔をし、しまいには何か気まずそうな顔になった。
「ごめん……、誕生日プレゼントを渡そうと思ったんだけど、慌ててて……明日渡すよ」
「ふふっ。じゃぁ、今日は今日で何か貰います」
「えっ? な、何かな? あまり高いのは……」
「ものじゃなくて……あの……」
「?? 何?」
「私のこと、その……『姫川さん』じゃなくて、名前の方で呼んで下さいませんか?」
「えっ? 『琴音ちゃん』、って?」
 ふるふる
「? じゃぁ、『琴音さん』とか?」
「……わざとですか?」
「もしかして……『琴音』?」
 言葉の代わりに顔を真っ赤にして返事した。
「うん、わかった。じゃぁ、行こうか、『琴音』」
「……あっ……はいっ!」

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