ToHeart SS おめでとう |
みなさん、おはようございます! えっと、HMX−12です。みなさんからはマルチって呼ばれています。 今日も、わたしは、ご主人様である浩之さんのために、一生懸命、働いています。 今日は祝日のひとつである『春分の日』だそうで、浩之さんの通う学校もお休みです。屋根のところで楽しそうにお話ししている小鳥さんたちを見ていると、自然とうきうきしちゃいます。 なんだかいいことありそうです! 「らららっ、らぁらぁらぁらぁら〜ららら〜」 私のコンピュータになぜかインプットされている曲、『夢見るロボット』(この曲、私大好きですっ!)を口ずさみながら、居間をお掃除していました。 そのとき、突然、浩之さんに呼ばれました。 「マルチぃ、長瀬のおっさんが、今日来てくれってさ」 「えっ? 突然、なんでしょうか…」 思い当たることはありませんでした。 つい先日、半年の定期メンテナンスを行ったばかりだし、そのときも故障とか、交換必要な部品も無くて、『よっぽど大事にされているんだね』なんて言われたくらいでした。 「さぁ? とりあえず行ってみればわかるんじゃねーの?」 「は、はい…わかりました…」 私はとりあえず自分のお部屋に行きました。浩之さんが、『着替えるところも必要だよな』と言われて、一部屋頂いたのです。 こういうこうぐうを受けているメイドロボは少ないそうですが、こうぐうって何でしょうね? 浩之さんにお聞きしたのですが、私が気にすることではないと言われてしまいました…。なんだか気になりますけど仕方がありません。 そして、タンスの中から、服を取り出して……あかりさんが言う『普通の格好』をするといいそうです。以前の制服、というのは、学校とか、人間のみなさんが同じ目的を持って集まるところで着るもので、それ以外の時は『普通の格好』で過ごすそうです。 この服は、全部あかりさんから頂きました。あかりさんが小さい頃着ていた服だそうです。小さいものから大きくはなかなか出来ないそうですが、ちょっと大きいものなら、少し小さくしたりできたりするらしいです。まるで魔法使いさんみたいですっ! あ、あかりさん、というのは、浩之さんの恋人さんです。私が浩之さんの通う学校にお世話になったとき、…今からいうと、……3年前になるのでしょうか? そのときから、恋人さんになったそうです。 私にも優しくして下さいますし、浩之さんと同じくらい大好きですっ!! あっ…話が逸れました。 あううっ……。普通の格好って、どうすれば普通の格好になるのかまだよく判りません。ですけど、とりあえず上と下があれば、何とかなってしまうみたいです。まっ白のブラウスに水色のジャンバースカートの組み合わせで……やっぱり変かもしれません……。でもとりあえずこれで行きましょう。 とりあえずエプロンを外して……。 ……………………………………………………………… ↓この辺がマルチ(爆) ┌――――――――――┐ (^^σ│只今着替え中ですぅ。 │ └――――――――――┘ ……………………………………………………………… 準備もできましたけど……本当に何のご用なんでしょうか……、ちょっと不安です。 「では、浩之さん。行ってきます」 「おぅ。ん?」 「な、なんでしょう…やっぱり変ですか?」 「……いや、変じゃねーぞ……似合っていると思うぜ、それじゃ、気を付けてな」 私はほっと胸をなで下ろしました。そして、『似合っている』という言葉に、『ほわっ』としました。この『ほわっ』というのは、ちょっと説明が出来ないのですが、人間のみなさんが言うには、心臓がドキドキする、という感じに近いそうです。好きな人に、私が嬉しくなるようなことを言われると、ぽわっとしたり、時には、処理が追いつかなくて、オーバーヒートを起こして止まってしまうこともあります。人間のみなさんは、私みたいに処理が追いつかないほどとてもドキドキすることを言われたときはどうなるのでしょうね? 外に出ると、太陽さんからやってくるちょっと眩しい光さんたちが私のことをぽかぽかと暖めて下さいます。たくさんの色が混じった洗濯物も、すこし弱めの風に揺られて、とても気持ちよさそうです。でも、人間のみなさんの中には苦しそうにマスクをしていらっしゃる方もいます。風邪が流行っているのでしょうか、と浩之さんにお尋ねしたところ、あれは花粉症という物で、くしゃみや鼻水、涙などが止まらなくなる病気だそうです。浩之さんもいつかかるかわからないらしくて、少しだけ心配していらっしゃいましたが、『どうせ悩んだところで変わらねーや』とおっしゃっていました。 この前のメンテナンスの時は、浩之さんとあかりさんと私で行ったのですが、今回は一人です。……思えば、この道を一人で歩いたことは2度目です。最初は…忘れもしません、ちょうど今頃の季節、私が研究所のみなさんに無理を言って、浩之さんの一日メイドロボとして働かせてもらって…、…動かなくなる直前までご一緒させていただきました。……あの時は、研究所のみなさんには大変ご迷惑をおかけしました。でも、今は正式に浩之さんがご主人様になりまして、とても、とても、毎日が、楽しくて、嬉しくて……。 あ…いけません…、涙が出てきました…。目の誤操作なんでしょうか? 浩之さんに言わせると、これは誤動作ではなく、私が正常に動いているからこそ、こうなるらしいのですが…。目に入ったごみを落とす機能しかないはずなのに、なんだか不思議な気分です。 歩いてまもなくすると、ゲームセンターに着きました。 ここから、来栖川の研究所まではバスで一本です。 そういえばこのゲームセンターで浩之さんと、えあほっけー、というもので、一緒に遊んでいただきました。とっても楽しかったです! えっと…今でもありますね。男の方と女の方が遊んでいらっしゃいます。とっても仲が良さそうです。きっと二人は恋人同士なのでしょうね。浩之さんに教えていただきましたが、あの「パック」というものを、ただ打ち返すだけではなくて、ちゃんと、あの、大きな穴の中に入れないとダメなんだそうです。でも、ただ打ち返すのも楽しかったのですけど…。あ、今、女の方から打つみたいです。 ――がっ!! えっ! は、早いですぅ!! ――がっ!! え?! え?! あんなに早いのに止めました!! すごいです!! ――がっ!! え!? え!? わ、わからなくなってきました……。 ――がががっ… 「うわ、入っちゃったぜ…」 「へん、どうだい! あたしもなかなかやるだろ?」 え、え、と、とにかく…、女の方が入れたみたいです…。 あうぅっ…目が回ってしまいました……。もう、バスが来るまでじっとしてましょう……。 バスが来ました。 結構混んでいますが、座れないほどではありません。とりあえず、あそこの席に座りましょう。 ――ぶろろろ… あっ! はわわわわわわっ!! ――どてっ あううっ…転んでしまいました。少し恥ずかしいですぅ…。 この前は、浩之さんに助けていただいて、転ばずに済みましたので忘れていましたが、バスはちゃんとどこかに掴まりながら移動しないと、乗ったらすぐに出発してしまうので、注意する、ということを怠ってしまいました。学習型メイドロボとしては失格ですね…。そんなマルチだからいいんだ、と浩之さんはおっしゃって下さいましたが、やっぱり、全てを完璧にこなしてこそ、メイドロボですよね。セリオさんがうらやましいです……。あ…でも、一度だけ、『マルチさんがうらやましいです』と言われたこともありました。あれはどういう意味だったのでしょう…。 『次は、来栖川エレクトロニクス前、来栖川エレクトロニクス前でございます』 「は、はいっ!! 降ります!!」 あ、あれ? みなさんが私を見つめていらっしゃいます…。 あっ! そうでした! 降りるときはこのボタンを押すのでした!! ――ぶ〜っ ブザーが鳴りました。それと同時に…。 ――くすくすくす…… あううっ…、みなさんに笑われてしまいました…。 ――ぷしゅ〜っ! あ、そうでした、あの時は”定期券”というものを見せれば良かったのですが、今はなくなってしまったのでした。この場合、ちゃんとお金を払わないといけないのでしたよね。 まずは整理券を出して…えっと、えっと、……あ、あれ? ああっ!! お、お財布を忘れてしまいました!! あううっ……ど、どうしましょう……。 …いいかマルチ、もしお金で困ったら… あっ! 思い出しました!! 確かこの右の耳カバーを外すと…。 あっ、ありました!! 1000円札!! 「こ、これでお願いします!」 「はいよ、嬢ちゃんは520円だな……えっとだなあ、1000円はそこで両替してくれや」 り、りょうがえ? りょうがえって何でしょう…。 「なんだ? わからねえのか? こんなのもわからねえなんて珍しいメイドロボだなあ…後もつかえてるし…どれかしてみろ?」 運転手のおじさんは私から1000円札を受け取ると、変な箱の穴に1000円を付けました。 あっ!? 1000円札が、吸い込まれてしまいました!! た、大変です!! ――じゃらじゃら……。 あれ? 下から100円玉が何枚か出てきました。 「1,2,3,4,5…」 今度は同じ箱でも違う穴に100円玉を入れました。 ――じゃらじゃら……。 50円玉と10円玉が何枚か出てきました。 ふ、不思議な箱です!! みんな違う材質なのに、どうやって作り替えているのでしょう? 「1,2っと。ほい」 と、残ったお金を手渡していただきました。 「あ、ありがとうございました!!」 「おう、礼はいいから早く降りてくれ、後がつかえてんだ」 「あ、も、申し訳ございませえぇぇぇん!!」 研究室に着いて、博士にその話をすると、思い切り笑われてしまいました。 「はっはっはっはっ!! それはな、両替機といって、もともと、その箱の中にあらかじめお金が入っているんだよ。そして、お金を入れると、同じ金額でも違う硬貨が出る仕組みなんだ」 「そ、そうなんですか?」 博士はまた大声で笑いだしました。少し悲しいですぅ…。 「あの……それで、博士? なぜ私は呼ばれたのでしょうか……?」 「え? 呼ばれた? 誰に??」 「え? え? あ、あの……浩之さんから、長瀬博士が私のことを呼んでるって言われて……」 「う〜〜ん……」 博士は受話器を取りました。 「あ、君か? 誰か、マルチを呼んだ者はいるかね? そう、HMX−12だ。 ……。そうか、ありがとう。ん? ああ、今来ているよ。……、ああ、わかった」 受話器を降ろすと博士は私を見つめます。 「誰もマルチのことを呼んでないそうだぞ?」 え? え? え? え? 「でも、いつでも来ることは歓迎だ。ほら」 博士は後ろを指さします。すると、私を作って下さった研究員のみなさんが、入り口のところにいっぱいいらっしゃっていました。 「マルチ、いらっしゃい!!」 「マルチ、今日はどうしたんだい? 遊びに来たのかい?」 「マルチ、点検の後もご主人様は優しくしてくれるかい?」 みなさん、とても嬉しそうな顔で私に話しかけて下さいます。 「マルチ……、お前に会えてみんな嬉しいんだよ。マルチが、みんなのことを大好きなように、お前ことも、みんな、大好きなんだ」 博士は、私の頭にポン、と手を乗せました。 「だから、藤田君ばかりじゃなくて、たまには、我々にも会いに来てくれよ。こうやって訪ねてきてくれるだけでも、私も、みんなも、嬉しいんだよ」 それに合わせるようにして、研究員のみなさんも、また話しかけて下さいます。 「そうだよ! 愛しのご主人様ばっかりじゃ俺たち寂しいよ〜!! たまには俺達に会いに来てくれ!!」 「くうっ! うらやましいぜ、藤田君!! マルチの愛を一身に受けられるなんて!!」 「ちきしょー!! マルチ、幸せになれよぉ〜〜!!」 ……。 あ……、また目から『涙』が出てきました…。 でも、目が汚れているわけではありません。 なんだか、あたたかくて、嬉しくて…。 メモリに入りきらない想いが、『涙』となって溢れ出ているようですっ…!! 「みなさん…ありがとうございます…ありがとうございますっ!! みなさんに好きになってもらえて…私、メイドロボで一番幸せですっ!!」 私は感謝の気持ちを込めて深々と頭を下げました。 「では、私は帰ります。皆さん、また会いに来ますので、そのときは宜しくお願いします!!」 「うむ、気を付けてな」 「はい、博士。…さようなら!」 すると博士と研究員の皆さんも、 「では、またな」 「ばいば〜い!」 「また来てくれよな〜!」 「来ないと許さないぞ〜!!」 私に、ご挨拶を返していただきました。本当に嬉しいです……。 帰りのバスに乗って、後はゲームセンターで降りればいいのですよね。 あ、来ました! 「の、乗りますぅ!!」 一生懸命手を振って運転手さんに私がいることを知らせます。そうしないと通り過ぎてしまうこともあるらしいのです。 ふう…。目の前でバスが止まって下さいました。良かったです。 ――ぷしゅう〜 今度はすごく混んでます。 でもひとつだけ、空いている席があります。 ちゃんと掴まりながら移動して… ――ぶろろろ〜 今度は大丈夫です。良かったですぅ。 と、ほっとして、両手を離して歩こうとすると… あ! はわわわわわわわわわっ!! ――どてっ あううっ…また転んでしまいました。ちゃんと座るまでは手を離してはいけないのですね。 ――ぷしゅう〜 あ、また止まりました…。あっ…、おばあさんが乗ってきます…。歩くのも大変そうです。おばあさんはよたよたとこちらに歩いています。……皆さんは席を譲らないのですね。立つことも大変な方に、そうでない方が席を譲らないのは、なんだか変です。 「おばあさん! 私の席、どうぞですぅ!!」 言ってみますと、おばあさんも気付いて下さいました。 「ごめんよ、こう歳を取ると、立つのも大変でなあ…」 「いえ、人間の皆様に役に立つことが、私は嬉しいんです!」 おばあさんは座るのも大変そうでしたが、喜んで頂けたらしく、私ににっこりと笑いかけて下さって、色々と話しかけて下さいました。 次がゲームセンターのところです。 今度はちゃんとボタンを押して……。 ――ぶ〜っ。 「おや? 降りるのかい? 気を付けてな」 「はい、ありがとうございます!!」 ――ぷしゅう〜。 えっとえっと…。520円でしたよね? 先程のお釣りで…。あ、あれ?? ああっ!! 480円しかないです!! ど、どうしましょう…。 「おう、嬢ちゃん、降りねーのか?」 「す、すみません、お金が足りないんです…」 「なんだぁ? 金が足りねーのか?」 「ど、どうしましょう…」 「どうしましょう、っていわれても困るなぁ」 私があたふたしていると、後ろから、 「マルチちゃん!」 振り向くと、先程までお話しして下さったおばあさんが呼んでいました。 「どうしたの?」 「あううっ…、お金が少し足りないんですぅ…」 「いくら?」 「えっと、えっと…520円払わなければいけないのですが、480円しかないんです」 「ちょっと待っておいで」 すると、おばあさんは、お財布から100円出しました。 「これで払っておいで、お釣りはいいから」 「ええっ?!」 「ほら、運転手さんを待たせるものじゃないよ」 「は、はい! どうもありがとうございました!!」 私が深々と頭を下げると、おばあさんはにっこりと微笑んでいました。 バスから降りたときには、あんなに暖かい光を下さった太陽さんもずっと向こうのお山に隠れようとしている時間になりました。手元には、先程頂いてしまった、60円があります。…ふう…。この60円、どうしましょう……。返すにも、どこの人なのか全くわかりません。人間の方からお金をもらうなんて、メイドロボ失格ですよね…。 「ただいま帰りました!」 よく見ると、玄関に浩之さんのものでない、可愛らしい靴があります。これはあかりさんのですね。 「…………」 あれ? 返事がありません。どうしたのでしょう…。 私は、とりあえず中に入って、居間に行ってみました。すると、いつもは開いているドアが、今回に限って閉まっていました。不思議にも思いましたが、とりあえずドアを開けました。すると、真っ暗です。どうやらカーテンを締め切っているようですね。ええと、電気をつけるところはこの辺に……。あっ、ありました。 ――カチッ。 電気をつけました。すると……。 ――ぱぱあんっ!! はうううっ…、とてもびっくりしました…。……なんとかオーバーヒートは回避できたようですけど……。突然、二つ大きな音がして、顔に何かがくっついてしまいました。あうあう、何が起きたのか全然わかりませぇん。 そこに、浩之さんとあかりさんの声が聞こえました。 「マルチ、二日遅れたけど、誕生日おめでとう!!」 え? なんでしょうか…。 「マルチちゃんもこれでやっと一歳だね」 え? え? 「……ばーか、これで一歳って事はねーだろ?」 「え? え? でも…」 「ま、細かいことはいいとして、とりあえず、顔についちまった紙吹雪を取っておけよ、な?」 あ、こ、これ……。 「動かないでね、マルチちゃん」 あかりさんに言われたので、じっとしていると、あかりさんは顔についたものをとって下さいました。赤や青や黄色、たくさんの色が付いた長い紙が、顔いっぱいについていたようです。テーブルの上に、ケーキがのっていまして、そこにはアルファベットで「Happy Birthday! Multi」と可愛いらしく書かれています。 「まあ、ロウソクはそんなに用意しなかったんだけど…、マルチは年齢がないからいいよな?」 そう浩之さんが言うと、ケーキに6本、ちょうどもう一つの円を描くようにロウソクを立てて、マッチで火を付けました。 「それじゃあ…せえの!」 と浩之さんが言うと、 「「♪ハッピバースディトゥユー、ハッピバースディトゥユー、ハッピバースディ、ディアマルチ」ちゃん〜」 二人で歌を歌い始めました。意味はよくわかりませんが、ニコニコしながら歌っているお二方を見ると、私も嬉しくなってしまいます。 「「♪ハッピバースディトゥユー!! おめでとうマルチ!!」ちゃん!!」 「あ、あの…」 「さ、ローソクを息で吹きかけて消してくれ!」 「あ、は、はい!」 私は呼吸をするわけではないのですが、それに似たようなことは出来ます。電気反応を起こさないように制御しながら空気を吸い込んで、それを吐き出し、ロウソクを消しました。 「よっし、じゃあ、ケーキを切るか!」 「浩之さん…」 「ん? ああ、マルチは食べられないよな、すまねえ…」 「あの…これはどういうことなのでしょうか?」 「??」 浩之さんが不思議そうな顔をすると、あかりさんが私に教えてくださいました。 「あのね、マルチちゃん。あなたって、いつ、生まれたの?」 ええと…『生まれた』というのはつまり私が作られた、ということですよね…、いつ、ということは、製造年月日を言えばよいのでしょうか? 「はいっ。3年前の3月19日です!」 「うん、つまり、マルチちゃんが3年前の…二日遅れちゃったけど、今日生まれて、今、ここに居ることを記念しての、お祝いをする、って事なの」 「お、お祝い??」 「ああ、長瀬のおっさんのところに行けって嘘言ったのは、これを準備するためだったんだ。長瀬のおっさんに悪いことしちまったかな、と思って、さっき電話したんだけど、反対に喜ばれたみたいだな」 「それでね…」 そういうと、あかりさんは、私に、袋を手渡しました。 「な、なんでしょう、これ…?」 「見てくれる?」 あかりさんがそういうので、私はその袋を覗いてみました。中には、桜色を基調にしたワンピースが入っていました。 「マルチちゃんの服って、全部私のお下がりでしょ? そればっかりじゃ悪いから、浩之ちゃんと一緒に買ってきたの…どう?」 「え?」 「あなたに似合いそう?」 「?」 よく判りません。これが私に似合うって、どういうことなのでしょう…? 「だから、それをマルチにプレゼントするってことだ」 「ええっ!?」 ぷ、プレゼントというのは、つまり、私がこれを頂く、ということなのですよね?? 「日ごろ、マルチが一生懸命に俺の身の回りのことをやってくれることに、感謝を込めて、な。受け取ってやってくれ」 「だ、だめです! 身の回りのお世話をすることは、メイドロボとして当然のつとめです! しかも、私はドジばかりだし…」 「ふふふ、ダメよ、マルチちゃん。浩之ちゃんは、そうは思っていないから」 「まあ、あかりの見立てだから間違いはないと思うけどな、とりあえず着てみてくれ」 あううっ…、どうしましょう…? 「ほら、行こ?」 「え? あの、あかりさん、待ってください!!」 結局、袋を持ったまま、あかりさんに手を引かれて、部屋へ連れて行かれてしまいました。 あかりさんは、私に先程のワンピースをあてがうと、にっこりと微笑みました。 「うん、やっぱりマルチちゃんは、シンプルな服の方が似合うね、じゃあ、着てみてくれるかな?」 「あ、あの…あかりさん」 「何?」 「私に…これ程までして頂いて……とても嬉しいです。ですが、こういう…贈り物などは、私にとって必要ありません。ですから…」 「うーん…、でも、私たちもマルチちゃんに貰ってもらいたいからあげるんだし、それを貰って嬉しく思ってくれるなら、難しく考えないで、ありがとう、と言って、貰っていいと思うよ?」 すると、先程着ていた服から、じゃらじゃらと音がしました。 「あっ…そうです! あかりさん、これ…」 と、60円を差し出しました。 「これ…、バス代が足りなくて困っていたところを、席をお譲りしたおばあさんにお釣りはいいから、と100円、頂いてしまったのです…。でも、私は40円で降りられたのです。この60円…どうしましょう?」 あかりさんは、60円がのっている私の掌をじっと見つめた後、 「そのとき、おばあさんは、どんな顔をしていたの?」 「はい、とてもにっこりとしていらっしゃいました」 するとあかりさんも、にっこりと微笑みました。 「このお金も、マルチちゃんに使って貰いたいな、って、おばあさんが思ったから出したの。だから、それも、マルチちゃんが持っていていいのよ? でも、おばあさんの感謝の気持ちもしっかりと受け取らないとダメ。この服も、その60円も、マルチちゃんに、言葉だけじゃ伝えにくい感謝の気持ちを少しでもあらわしたかったの」 「私…感謝をされるようなことは…」 「してるよ、充分にね。少なくとも浩之ちゃんや、おばあさんは、あなたに感謝しているの」 「……」 「せっかくのマルチちゃんの『お祝いの日』なんだし、ね?」 「……はい、ありがとうございます」 いけません…、また、涙が少し出てしまいました。 「うん! それじゃあ、着終わったことだし、この服を浩之ちゃんに見せようか?」 「あ、あかりさん、ひとつ御質問していいですか?」 「なに?」 「あかりさんは、お誕生日に何を頂いたのですか?」 「ふふ、それはね…、まだもらってないの」 「ええっ?!」 変です!! 浩之さんはあかりさんに、すごく感謝しているはずです!! それなのに、私は頂けて、あかりさんが頂けないなんて!! そういうふうに思っていたのをわかったのでしょうか、あかりさんは軽く首を左右に振りました。 「わたしね…、今年冗談混じりで言っちゃったんだ…。これ頂戴!って…。そうしたら浩之ちゃん、それを真に受けちゃって…、『う〜ん、今は全然お金ねーから、ちゃんと仕事についてからでいいか?』って…それで私、うん…、って答えちゃったの。だから、そのときまで。私のお誕生日のプレゼントはなし」 そのことを話しているあかりさんは、私も嬉しくなるような、とても嬉しそうな顔をしていらっしゃいました。 「うん、じゃ、浩之ちゃんも、待ちくたびれちゃうから、もう行こ?」 「……はい!!」 それから5年後。2月20日。 浩之さんは、あの時あかりさんがおっしゃっていた『お誕生日のプレゼント』を、見守る皆さんの前で、あかりさんの左手の薬指に、それを、約束したとおりにプレゼントしました。 あかりさんは、浩之さんの感謝の気持ちを、しっかりと受け止めたようでした。 お二方の『お祝いの日』に、私も、精一杯の感謝の気持ちを込めて、贈り物をご用意させていただきました。そして、あの時、私に言っていただいたとおりに、私も、お二方に、言いました。 「浩之さん、あかりさん、本当に、おめでとうございます!!」 |