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ミシェール



 ……あ、また……ボクは目を覚ましちゃったんだ。
 ……え? えっと、ボクの名前はミシェールだよ。
 由来?
 詳しくは解らないけど『ボクのたった一人の大切なお友達』が、占って決めてくれたんだ。
 この名前を付けているだけで幸せになれる『愛のニックネーム』なんだって。
 え? うん、そう。
 ボクのたった一人の大切なお友達の名前は、確かにせりかだよ。どうしてわかったの?
 ……でも、そんなことはどうだっていいや。
 うん、そう。さっきまで、夢を見てたんだ。
 そう、七年前の、夢……。ボクが目を覚ましてからのころを。



 ……。
 ………。
 …………。
 ボクが一番最初に目を覚ましたとき、目の前に妙な白い煙がゆらゆらとたなびいていた。壁が真っ黒だったから、それが妙に目立ったんだ。
 目が届く範囲で見渡すと、真っ暗な部屋をきちんと六本、ボクを囲むようにろうそくが立っていて、揺らめく炎で部屋を照らしだしている。その真ん中にボクがいるらしかった。そして、その二本のろうそくの間から、さっき目に入った煙がもくもくと出続けていた。
 その煙の立ち上るところに、せりかが立っていたんだ。
 身体が隠れちゃうくらいとても大きな本を広げて一生懸命持ち上げていた。手がびくびくと震えているから、相当重い本なんだと思う。せりかは目をつむっているのに、その本を声に出して読んでいるみたいだった。
 それからしばらくすると、本を読み終わったのか、半ば放り出すようにどさ、と下に落とした。そして、じいっ、とボクを見つめだした。……なんか、照れるなぁ。
 でもしばらくして、せりかはがっくりと肩を落とした。
 よくわからないけど、とても悲しそうだった。
 その表情のまま、せりかはボクに近づいて、ゆっくりとボクを持ち上げると、なぜだろう、思い切り抱きしめた。
 微妙に柔らかい感触が、とても心地よかった。

 ……せりかがそのとき焚いていたのは「ハンコンジュ」と云われる樹木から出来たお香らしかった。なんでも、せりかのおかあさんが、せりかに、これがハンコンジュだ、って渡した物で、そこからせりかがお香を作ってみたらしい。
 ところでハンコンジュって何なのかな? 聞いたこと無いよね。ケヤキとかなら知ってるんだけど。

 ……せりかはボクを抱きしめたまま廊下を歩いていく。
 そして、せりかの何倍も大きい扉を、片手でボクを抱きしめながら、こともなげに開ける。ちょっとびっくりしたけど、全然力が無くても簡単に開けられるよう、工夫を凝らしているらしい。
 中にはいると、クローゼットがいくつも並んでいた。せりかはボクを足下に寝かせると、その中の一つを開ける。すると、今せりかが付けているマントとか、帽子とか、杖とかがいくつも並んでいた。
 自分が付けているそれをその中にしまい、今度は別のクローゼットを開けると、今度はパジャマがたくさん入っている。これはみんな、ぶらんどもの、って云うらしい。変な名前だ。
 その中の一着を取り出し、着替える。ボクを抱きしめ、これまたせりかより何倍も大きいベッドに、ボクを寝かせた。
 うわ〜、すごい。ベッド、ふわふわだぁ。布団もこんなに軽いし。
 そんなことを考えてたら、隣にせりかが潜り込んできて、そのままボクを抱きしめた。
 うわ〜……なんだか急に暖かくなってきた。せりかってあったかいんだ……。それに、胸からとくんとくんと心地よいリズムが聞こえる。
 なんでかな? この音、とっても、安らげる…………。
 と、そのままボクは、その音を聞きながら眠ってしまった。

 それからのボクは、毎日、せりかと一緒。
 だからせりかのことはだいたい解った。
 せりかは、十一歳であること。
 せりかには、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、そして妹がいること。
 魔法とか占いとかに最近一生懸命なこと。
 ……そして、せりかには、ボク以外、友達が一人もいないんだって。
 どうしてだろう? せりかはこんなにいい子なのに。
 でも……そういえば、せりかが笑ったところなんて見たことがない。
 いつもいつも、悲しそうだ。
 せりかに笑って話しかけるのは、妹だけ。せりかは妹のことを、妹もせりかのことを良く想っているみたいだから、それが唯一の救いみたい。良くせりかが言ってる。
 そうそう、妹の『愛のニックネーム』は、あやか、って云うらしい。いつもそうせりかが言ってるから間違いないと思う。
 あやかも良い子なんだけど……ボクは最初、あやかが大っ嫌いだったんだ。

「お姉ちゃんって、いっつもそれ、持ち歩いてるんだね」
「…………」
「え? ミシェール、って名前なの? 『愛のニックネーム』? あぁ〜、長瀬のおじちゃんのことを”セバスチャン”って付けたあれと一緒?」
 こくん
「ふぅ〜ん……」
 そうしてあやかはボクをじろじろと見つめる。
 そしてこともあろうに、
「でも、もうきったなくなっちゃったね」
 って云うんだ!
 そんなことを正面から云われてみなよ!
 ボクがどんなにショックだったかわかるでしょ!
 そしてせりかもボクの気持ちを代弁するかのようにかぶりを振ってくれた。やっぱりせりかはボクのことを解ってくれてる。
「え? こまめに洗ってる? うーん、そうじゃなくて、もうそこらへんがボロボロじゃない?」
「…………」
「え? どうにかしたい、って? これは大切なもの? へぇ〜」
 そしてまたじろじろ見る。この視線は誰も好きじゃないと思う。
「うん! お姉ちゃん、じゃあちょっと待ってて!」
 そう言ったとたん、あやかは一瞬でいなくなる。
 あやかはかけっこが早い。なんでも、いろんな『かくとうぎ』を習っているらしくて、そのどれでも駆け足はとても重要なんだって。せりかが言ってた。
 そのうちに、あやかが戻ってきた。白い布と変わった箱を持っている。
「お姉ちゃん、これで直したら?」
 ……こくん
 しばらく考えたようだったけど、せりかはうなずいた。

「……だ、大丈夫? お姉ちゃん」
 こくこく
 せりかは二回頷く。自信がある……割には、布にはさみを入れる手はガタガタ震えていた。
 どうやら、ボクが怪我している部分に、包帯代わりの白い布を縫いつけるみたい。
 ……ちょっと、痛そうだけど……せりかなら我慢しよう。
 震えながら切ってたから時間が掛かったけど、どうにかボクの傷と同じくらいの布の大きさになった。
 今度は、針。
「………」
「え? 糸? そこの箱に……」
 ふるふる
「え? どうやって糸を付けるか、って? お姉ちゃん、そんなことも知らないの?」
 こく
「もぉ、しょうがないなぁ。お姉ちゃん、貸して」
 せりかから針と糸を受け取ると、糸の先をぺろっと舐める。
 そのまま穴に糸を持っていき、震える手で、穴に差し込もうとしたんだけど……。
 へにょ。ふにゅ。くにゅ。
「……ううっ」
 全然通らない。
 もしかして、あやかって不器用なのかな?
「………」
「え? そこに糸を通せばいいのかって? そうなんだけど、くっ」
 ふにゃ
「あーっ! どうして入らないのぉ〜?」
 すると、せりかが、すっ、と手を出す。あやかに、針と糸、頂戴、と言った。
「え? お姉ちゃんがやるの?」
 こく
 あやかから針と糸を受け取ると、あやかがやったとおり、一度ぺろっ、と糸の先を舐めて、ゆっくりと、穴に差し込む。
 ふにゅ。
「……」
 ふにゃ、ふにゅ、くにゃ。
 ……でも、結果は、あやかと同じだった。どうやら、二人とも不器用みたいだ。それに、せりかは結構悔しい……みたい。なんとなくだけど、最近表情で読みとれるようになった。
「あ、そうだ! ちょっと待って!」
 不意に、あやかがはさみを取り出す。そして、糸を斜めに切り落とした。なるほど、あやかは機転が利くみたいだ。そうすれば確かに細くなって入りやすい。
 結局、それですぐ針に糸を通せた。あやかは糸を寄り合わせ、糸の玉を作ると、はい、とせりかに糸と針を差し出した。それを受け取ると、さっきの白い布を傷に合わせて、ゆっくりと、針を通す。
「………」
 ちく、ちく、ちく
 ううっ……ちょっと痛い。でも、せりかが一生懸命やってくれてるんだ。これくらいは我慢しなくちゃいけないよね。
「お姉ちゃん……縫い目、すっごくバラバラだよ?」
「……」
「え? 話しかけないで? ご、ごめん……」
 せりかは、真剣だ。顔からすごく伝わる。指先を震わせながらやってるのがちょっと怖いけど。
 ちく、ちく、ちく………ちくっ!
「!」
 せりかが一瞬、苦痛の表情を浮かべる。どうしたんだろう?
「……」
 せりかは相変わらずの表情でじぃっと左手の人差し指を見つめる。
 するとそこからちょっとだけ、血がにじみ出てきた。
「……」
 でも、大したことは無い、と思ったみたいで、何もせずにすぐ続きをはじめた。
 ちく、ちく、ちく……ちく。
「はい」
 最後まで辿り着いたらしく、あやかがハサミを差し出した。
 それで、糸を切る。治療はどうやら成功したみたいだ。
「……」
「あ……。やっぱり布が合わないね。ごめん、白い生地ってこれしかなくて」
 ふるふる
「え? これでいいんだって? もっとミシェールが好きになった?」
 嬉しいなぁ……。せりかがそう言ってくれるだけで、ボクは幸せものだよ。
「良かったね。じゃぁ、これ、片づけてくる」
 そう言うと、あやかはまた走って部屋を出ていく……と思ったら。
 どんっ!
「きゃっ!」
 ドアを開けたとたん、出会い頭に衝突。手に持っていた箱を思わず離してしまう。あんまり派手じゃないけど、いくつか中身が散らばってしまった。
「あっ……綾香お嬢様……?」
 うわ……せりかが一番嫌ってる家庭教師のおばさんだ……。ちょっとしたことでも大げさに受け取るところが、特に好きじゃないらしい。
「!」
 その散らばったものを見て、おばさんの顔が青くなる。いったいどうしたんだろ?
「な、なにをなさってお出でですか! 裁縫箱など……まさか?」
「何って、お姉ちゃんが……」
 あやかの話なんか聞いちゃいない。
 慌てて部屋に飛び込み、せりかの手を取ると、じっと見つめだす。
「!」
 すると、さっきよりさらに顔が青くなった。
「ち、血が出てるではありませんか!」
 ふるふる
「え? 大丈夫です、って? とんでもありません! ここからおびただしいほどのばい菌が……あぁ……なんということでしょう……」
 そ、そんなに大変なことなの?
「え〜? こんなの大したこと無いよ。とっくに血なんて止まってるし」
 そんなことをあやかは言う。その言葉を肯定するように、せりかはうん、てうなずいた。
 でも、おばさんは止まらなかった。大声でお医者さんを呼んで、指を丁寧に治療させた。見た目だけは、痛々しそうに包帯を巻かれてしまったんだ。
 そうして……。

 ボクはここにいる。
 周りには、白と黒のゴミ袋だらけ。まるでお葬式だ。
 ……でも、そうなんだ、きっと。
 ボクは、もう、明日までの命、って決まってしまった。
 あれから、指の怪我をおじいちゃんに咎められたせりかが、ボクを治したときに出来た、って正直に言ったんだ。
 そして、その怪我は、ボクの責任になった。
 ボクに与えられた罪状は、ボクを治したことによって、せりかを傷つけさせたこと。
 そして、判決は、死刑。
 ボクは、近くにあったゴミを入れる引き出しに放り投げられ、長い間ごろごろと転がって、辿り着いたのがここだった。
 身体中が痛いけど、こんなことは、明日がないボクにはどうだっていいことだ。
 ふぅ……なんだか実感がわかないや。ボクは明日には消えてなくなるのに、そういう気にならない。
 あ〜ぁ、どうしてボクは目覚ちゃったのかなぁ?
 そうじゃなければ、きっとこんなことも考えずにすんだのに。

 ガシャ! ガシャ、ガシャ、カチン! キイイッ……。

 ? 何の音だろう?
「ようし、お姉ちゃん、開いたよ!」
 あ、あやかの声だ……、お姉ちゃんってことは、せりかもいるのかな?
 しばらくすると、ぱぱっ、と灯りがついた。きっとあやかが付けたんだろう。
 うわ、ここ……とんでもなく広いんだ。屋根もあんなに高い。気が付かなかった。
「うん、わかった! じゃ、私はあっちを探すね!」
 綾香の声がこだまする。そして、がさがさ、と音が聞こえ出した。
 ひょっとして……ボク? ボクを捜してるのかな?
 お〜い、ボクはここにいるよ〜。

 がさがさ、がさがさ、がさがさ……

 うう……どうしてボクは声が出ないんだ。声が出ればすぐにわかるのに。足音は近づいているのに、これじゃボクがわからないよ。
「お姉ちゃ〜ん、無いよ〜!」
 あやかの声。近い。
 ボクはここにいるんだ。気が付いて!
「何それ、お姉ちゃん? え、ダウジング? これでわかるの?」
 あ、足音が聞こえる。なんだか、あんまりうまく歩いてないみたいだけど、間違いなくこっちへ来てる!
 きっとせりかだ! 気づいて、せりか!
「……あ、あれ!」
 でもあやかが何かに気が付いたみたい。一直線にこっちへ走ってくる。
「ほら、お姉ちゃん、これ!」
 耳元だ。なんだか興奮しているみたい。うぅ……でも声が大きすぎるよ……耳が、キーンってした。……って、え? ええ? い、痛っ、いたたっ!

 ずぼおっ!

 痛い、痛いよ、あやか! 耳で引っ張らないでよ! ひとをまるでニンジンみたいに!
「ほら、お姉ちゃん、ミシェールだよ! 良かったね、お姉ちゃん。はい」
 耳を持ったまま、あやかはボクをせりかに差し出した。
「……ありがとう、綾香」
 あ……。
 せりかが……こんなに聞こえるように話すなんて、初めてだ。
 それに……こんなに笑ったせりかなんて……見たことがない……。
 なんでだろう……?
 ボクは、それだけで、何もかもが、幸せに包まれた……そんな気がしたんだ。
 ……でも、耳は痛かった。

 そして。ボクは牢屋から出ることが出来た。
 そのあと、ボクをそのまま持ち帰ったせりかを見て、おじいちゃんがまた説教を始めた。
 けれど、せりかはおじいちゃんに言ったんだ。
 ……この子は、私の、たった、一つの、たいせつな、お友達、なの、って。
 ボクは嬉しいはずだった。でも、せりかの声は、とても悲しそうだった。
 そして、おじいちゃんは、その一言で、お説教を止めてしまい、部屋から出ていった。
 するとせりかは、ぎゅっと、汚れたままのボクを抱きしめて、ごめんなさい、ごめんなさい……、って一生懸命謝るんだ。
 どうして、せりかが謝るんだろう。せりかは何も悪いことをしていないのに。
 ボクはどうして言葉をしゃべれないのかな? そうすれば、謝る事なんて無い、ってせりかに言ってあげれるのに……。
 ボクも、なんだか、悲しくなっちゃった……。
 ……………。
 ………。
 ……。



 こんな、夢、だった。
 どうして、今更、あのときのことなんて夢で出てきたのかな……?
「……」
 ……今日も、せりかは、鏡の前で一生懸命だ。
 つい最近……だよね。ああやって、鏡の前に座るようになったのは。
 今までは全部人任せだったお化粧とか髪の手直しとかを、急にするようになったんだ。
 それと同じ頃、ボクは部屋に飾られるだけになった。
 ……大切な、お友達が、出来た、らしいんだ……。
 そして……最近、ボクの意識が急になくなったりする。
 ……怖、い。
 最近、考えることは、そればっかりだ。
 意識がなくなったら、その先にあるものは、何なんだろう?
 ボクが、ダストシュートに放り込まれたときに、ちょっとだけ考えたこと。
 あのときは、せりかとあやかがすぐ助けてくれたから、あんまり思い詰めなかったけど……。
 今は、時間がいっぱいある……ありすぎるんだ。そしてボクはただ流れていくだけの時間をもてあそんでる。その時間を満たすのは、いつも、このことだ。
 ボクの意識は、確実に消えていっている。
 そして、もう。それはすぐ近くまで来ている……。
 え? 何が近づいているの? ボク……もう、わからないよ。
 今は、いっそ……その、先に行きたい、ってずっと思ってる。
 でも、どうしてかな。先に行こうとすると、無理矢理戻ってくるんだ。
 このままだと気が狂っちゃいそうだよ……。
 声も出せない、動けない。
 これがこんなに苦痛なんて、あのときは気が付かなかったんだ。
『キミも、そろそろお役ご免かもねぇ?』
 あやかは、ボクを持ち上げてそう言った。
 あの言葉は、ボクも理解してる――つまり、ボクは。
 ……う……っ。
 ま、た……意識……が……。
 こ……今度は……戻って、こなければ、いいのに……。



 う……あれ?
 また、起きちゃったのか……。
「……」
 あ……せりか……だ。
 そして、周りは……真っ暗。そして、せりかお手製の魔法陣の真ん中にボクがいて。
 正三角形が二つ逆さまに折り重なった(六芒星っていうみたい)三角形の先端に、ろうそくが六本、円を描くように置かれ、ゆらゆらと炎がたなびいている。
 あぁ……これは。思い出した。ボクが、目が覚めたときの、あのときと一緒だ……。
 ? せりか……なんでそんな悲しそうな顔をしてるんだい? あ……。
「先輩。で、オレはどうすりゃいいんだ?」
「……」
「え? この前、雨を呼んだときみたいに、私を信じてください、って?」
 せりかは、こくん、と一つ頷いた。
「で、魂がある、ってのはあのウサギのぬいぐるみか?」
 うん……そうだよ。
 ボクは、ぬいぐるみ。
 意識なんか、あっちゃいけない、ぬいぐるみなんだ。
「……」
 ……ああ、その目、は。決めたんだね……ボクを……。
「え? それを浄化しますって? それって……」
「……」
「お、お願いします? そ、そう言われてもな……」
「……」
「……わかった。そこまで芹香が言うなら、そうするぜ。芹香を信じればいいんだな?」
 せりかは、こくん、と頷いた。
 そして、あの、懐かしい本。せりかが懸命に持ち上げてたあの本を、今は片手で簡単に持ち上げられるみたいだ。それを片手で広げ、目を閉じ、呪文が始まった。
「ξ……Ψ………Φ……Η……Ъ………Ж………」
 あぁ……。やっと、元通りになれるのか……な。
 もともと、ボクは存在し得ないはずだもんね……。
 無に戻れるのかな……やっと。
「й……ё……δ…щ……Я……Ё……………」
 なんだろう。これが、死、なのかな……。
 ボクには、生がなかった。だから、死なんてあるはずがない。
 でも、ボクは、意識を持ってしまった。
 それは、つまり、生きてるってことだ。
 生きてるってことは、死ぬことを約束されたってことだ。
 ボクには……、ちょっとこれは酷すぎたよ。
 だから、今……受け入れることができるんだ、きっと。
「ф…κ…Θ………Λ……Ξ……」
 せりか……キミに与えられたホントならあり得ない七年間。
 その間……キミが本当の、たった一人の大切なお友達、だったよ。
 キミにとって……ボクは、大事な存在でありえたかい?
 キミにとって……ボクは、大切な友達であったかい?
 それなら、ボクは……幸せだったよ……。
「κ…ж……й………Г!」
 あれ?
 これ…………なんだろう、あったかい……光だ……。
 あぁ、でも、わかった……。
 これで……ボクは……。
 ボクは……。
「……っ……」
 せ、せりか……?
「…………うっ……っ……」
 なかないで、せりか…………。
 そんなこえ、ださないで……
 そんなかお、しないでよ……
 ボクは、しあわせだったんだから……
「っ……うっ、うぁっ……!」
 わかってるよ……。
 ボクは、キミがくれた、いたずらないのち、だったってことくらい。
 でも、なんどもいうけど……キミはわるくないんだ。
 なんどでもいうけど……。
「うああぁぁぁっ……!」
 ボクは、しあわせだったんだから……。
 ………。……。
 ……また、ね。
 ばいばい。
























 でも……こんなことってあるのかな?
 このあと、また、せりかとであうなんて。
 もしかして……。
 そのため、だったのかな? あのひとは。
 こんどこそ、せりかと、いっしょ。
 せりかと、ずっと、いっしょ、だよ……。 

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