Happy Birthday……

今日はあの娘のBirthday!!東鳩編


 2月20日

 神岸あかり編


 ががががが〜〜
「ふぅ、やっぱり泡立て器買っておいて正解だったなぁ」
 久しぶりに1から作るケーキ。スポンジまで手作りだから、時間がかかるのよね。
 卵白は泡立てるまでが、手だと大変だから、この前一発奮起して買ってしまった。
「あかりさん、ホイップクリーム買ってきましたぁ」
「あ、マルチちゃん、ありがとう」
「他に何かありませんか?」
「うーん……大丈夫だよ。休んでて」
「あかりさん、私、あまり休むという意味がありませんから」
「うーーん、でも、なにかねー」
「大丈夫です! 私、やっと皆様の足手まといにならないようになったので嬉しいんです!」
 そうなのだ。
 マルチちゃんは、浩之ちゃんのところに戻ってきたときは、意味もなく転んだり、何かを壊したり、道に迷ったりは当たり前のようにしてきたのに、最近は、そういう失敗が少なくなってきたし、道に関しては迷うどころか、一度覚えた道は私たちより忘れない。
 マルチちゃんが『学習型』というのが素直に納得できる。
「あかりさん?」
「あ……、そ、そうね。それじゃあ、お皿を並べておいてくれるかな?」
「はい、わかりました!」
 そう元気良く返事すると、食器棚から今日使うだけのお皿を取り出していく。
「あかり、オレも何か手伝うことはないか?」
 そんなことを言いながらひょいと顔を出す浩之ちゃん。
「あ、浩之ちゃんは座ってていいよ」
「でもなー、今日はあかりの誕生日なのに、お前にばかりやらせるってのもなぁ……」
「それじゃぁ、志保とか雅史ちゃんとか琴音ちゃんが来たら、相手しててよ」
「げっ……雅史と琴音ちゃんはともかく、志保だけは勘弁してくれ」
「ふふっ……相変わらず浩之ちゃん、志保には厳しいよね」
「あかりさぁん! 泡がこぼれてますぅ!!」
「え?? あっ!!」
 泡立てすぎてた……。

……………………

 そろそろ焼き上がるかなぁ……。

 ぴんぽ〜ん。

「あっ、きた! 浩之ちゃ〜ん!」
「おぅ。……けっ、余計な奴だったら追い返してやる」
「余計な奴で悪かったわねぇ」
「げっ!? 志保!! こっちが何も言わないうちに入ってくるんじゃねぇ!!」
「志保、久しぶり〜」
「志保さん、お久しぶりですぅ!」
「Hi! Akari! Multi! I haven’t seen you for a long time!」
「?? し、志保さん、今なんておっしゃったのですかぁ?」
「けっ、なーに英語使ってんだか」
「志保ちゃんは帰国子女だからねぇ〜」
「は? お前、日本語間違ってるじゃねーか。ったくよー、日本では馬鹿なまんまだな」
「……あんた、ほんとーに相変わらずねぇ」
「おめーもな」
「あらぁ? 私は変わったわよ〜ん、ほら、この辺とかこの辺とか」
「お前、自分で言ってて恥ずかしくねぇ?」
「何を恥ずかしがるの?」
「……もういい」
 ぴんぽ〜ん。
「はいはいっと……」
 気のない返事をしながら浩之ちゃんはおそらく雅史ちゃんと琴音ちゃんを迎えに行った。
「ほんっと、あかりもあんなのとよくずぅっと一緒にいられるわね〜」
「うん。志保がもし素直な気持ちを出してたらそうじゃなかったかもしれないけどね」
「……」
「……」
「あかり、雅史と琴音ちゃん来たぞ。……? 志保、何真剣な顔してんだ?」
「な、何でもないわよっ!!」
「ふふっ……料理はまだ出来てないから、少し居間で待っててね」
「あかりさん、スポンジケーキが焼き上がりましたぁ」
「はいはい」



「じゃぁ、あかりの誕生日をお祝いしちゃって、この志保ちゃんが乾杯の音頭をとっちゃうわよ〜ん! それでは、皆さんご一緒に、かんぱーい!!」
「「「「「かんぱーい!!」」」」」
「雅史、今日は『あの二人』はどうした?」
「うん、実家に預けてきたよ」
「何で連れてこなかったんだよ?」
「母さんが『こっちにいるときくらい世話をさせて!』っていうからさ」
「そうかぁ。目に入れても痛くないって言うからなぁ……それじゃ見に行かせて貰うかな。なにせ一年ぶりだからなぁ」
「私はもっと久しぶりだけどね」
「おめーとは話してねぇ!」
「何よっ!」
「あかりさん。このケーキ、とても美味しいですね。コツとかあるんですか?」
「ありがとう。でも、特に変わったことはしてないよ。あえて云うなら、みんなに食べて貰おうという気持ちかな? 琴音ちゃんも、雅史ちゃんに食べさせようという気持ちが、とても美味しくさせるとおもうよ?」
「あかりさんがお料理を作っているときは、お手伝いをさせていただいている私も、楽しくなっちゃうくらいです〜」

 ふぎゃぁぁぁっ!!!!

「あ……」
「あ〜ぁ、せっかく寝付いたと思ったんだけどな……、しゃーねーなぁ……」

 時がたとえ流れ続けていても、絶えず流れないままになっていて欲しいものがある。
 そのなかの一つが、今。みんなが幸せの笑顔でいられる今。
 どうか、この暖かさだけは。いつまでも。いつまでも……。


 11月7日

 長岡志保編


 かたたた、かた、かたた……。
 キーボードを小器用に叩く音は割と心地よいと思う。
「あ〜ぁ、レポートも楽じゃないわよねぇ〜」
 誰もいない部屋でぽつりと虚しくつぶやく私。
 今日はあたしの誕生日〜、っていっても、こっちでは誰にも教えていないから知ってる人なんて全然いなかったりするのよねぇ。
「ふぅ……、ま、これでいっか」
 保存をして、電源を切る。そんでラップトップを閉じると、後ろに写真が見えた。
『志保ちゃん 18th Birthday aniversary!!』
 文法や単語のスペルが合っているかどうかすら解らない当時のあたしが知っている単語を並べて縁の白い部分に小さく書いた。
 今だから解るけど、”アニバーサリー”は『anniversary』よね……。『n』が一つ足りないわ。
 そこには、真ん中にあたしがいて、両腕を無理矢理二人の腕にからませている、右がとてもにこにこ顔をしているあかり、………そして左が「ったく、しゃーねーなー」顔のヒロ。雅史はこの写真のカメラマン。
 ……あかりとヒロがいて。その間に割り込むようにあたしがいる。当時の関係、そのまま……。

『ほらぁ〜、……ヒロぉ。おしゃけ切れたわよぉ〜ん、……持ってきなさいっ!!』
『し、志保ってば……』
『いひじゃな〜い、あ・か・り・ちゅわ〜ん、今日はあ・た・し・がめでたいんだからさぁ〜』
 あかりはヒロに向かって、ただちらっと見た。するとヒロはわずかに頷く。
『あー、わかったわかった、だけど今切れたんだ。買いだし行ってくるから、少し待ってろ』
『浩之、僕も行くよ』
『おう。そんじゃ行こうぜ』
『よろしくね、浩之ちゃん、雅史ちゃん』
『おぅ』『うん』
 ぱたん、と出ていく二人。でも、ただ時間をつぶして帰ってくるだけだろう。あたしが倒れるまで粘る作戦だ。もちろん、あの時のアイコンタクトであかりとヒロが気持ちを伝え合ったことなんて、一目瞭然。
『志保……大丈夫?』
『らいじょ〜ぶ、らいじょ〜ぶ! 少し目が開かなくなってきたけどぉ……うーーん……』
 そういうと、あたしはぱたっと倒れるフリをする。こうすると、安心しきったヒロ達が帰ってくるだろう。そこで立ち上がって、いっぱい、いーっぱい、お酒がないことをいびってやるんだ。
『……志保?』
『う〜ん……むにゃむにゃ……』
 我ながら完璧ね。
『寝ちゃったんだ……』
 眠ってないよ〜ん。
『私……負けないよ……』
(?)
『浩之ちゃんのこと……』
(!)
『志保みたいに魅力があるわけじゃないけど……、絶対私に振り向かせるてやるんだから……』
(……)
『……私だって……浩之ちゃんのこと……』
(……)

 ……ここであたしは本当に眠ってしまった。
 私みたいな、魅力?
 私から見れば、あかりは、家庭的で、やさしくて、いつもにこにこしていて、どんな話だってちゃんと聞いてくれて……、あかりの方がとても魅力的でなんでもできる。
 そんな彼女に、あたしは劣等感を抱いてた。
 あたしには、今は本当に何もないから。
 だから、何かが欲しくて、この短大に入った。あかりに一歩でも近づくために。
 その間にも、あかりは相変わらず、いろいろヒロに世話を焼いて……そして……。
「……ええいっ!」
 あたしは全力でかぶりを振った。
 あたしのほうが、あかりより、何倍も魅力的な女になってやるんだ!!
「よおしっ!」
 そう叫ぶと、冷蔵庫からとっておきの白ワインを取り出す。このまえ、家からくすねてきたやつだ。
 それをソムリエのおじさんが見たら目玉をひっくり返しそうなくらい、なみなみとコップいっぱいに注ぐ。
「あかり、ヒロ!! 待ってなさい!! とんでもない魅力をひっさげて、あなた達の前に立ってやるんだから!! かんぱーい!!」
 そう叫ぶと、写真立てに、こつ、とコップを当て、それを一気に半分くらい飲んでやった。
 ……不思議な暖かさがあたしを包み込んだ。


 9月10日

 保科智子編


「♪」
 藤田くん、私の誕生日知っとったんやなあ。
 急に呼び出すから何やとおもったけど……。
「ぷっ……」
 さっきの藤田くんの様子に、笑いがこみ上げてくる。
 いつもは大胆不敵やけど、今日は初々しかったなぁ。そっぽを向きながらプレゼント渡すんやもん。
 女にプレゼント贈るなんて、初めてやったんやろか?
 ……神岸さんとか、長岡さんとかにも、ないんやろか……。
 はっ!?
 いかんわ……。いつものドツボパターンに危うく落ちるところやったわ。
「ただいま〜」
 っと……お母さんも仕事でいないんやった。そんなら、藤田くんの誘いに素直にのっとけば良かったんかなぁ……。
 ?
 珍しく、留守番電話のライトが明滅してる。この機能使うのも、初めてやなかったかな?

 ピッ

 留守電のボタンを押してみる。
『……一件、デス』
 無味乾燥な声やなぁ。これって変えられるんか?
『……智子、元気か?』
 !?
 こ、この、声……!?

 ピッ

 ……何やっとんのやろ、私。
 こんな留守電切ったって、何の役にもたたへんやんか。
 でも……まだ、聞きとう……ない……ないんやけど……。
 
 ピッ

『一件、デス。

 智子、元気か?
 最近全然連絡くれへんやん。最後に電話くれたのって4月やんか。寂しいなぁ。
 最近、どうや? 一時期、成績落ちたそうやないか。心配やなぁ。
 あ、こっちはこっちで、智子の心配してられんほど、やばそうなんやけどな、ははっ。
 友達、増えたか? おまえ、人の輪に入り込むの、昔っから苦手やからなぁ。
 実は男でも出来たんか? 今頃そいつといちゃついてんのんかぁ? んん?
 ……なぁ、ほんまにいてへんの?
 ちょっとな、大事な話があるんやけどな。……いや、ちょっとでもないんやけど。
 もうネタ、バレとるかもしれへんけど。
 もしかしたら、それが原因かもしれんし……な。
 ……電話、くれへん?
 何ならコレクトコールでもかまへんで、智子も案外こまいからなぁ、はははは!!
 今日……待っとるで。頼むわ。
 それと、な。
 ……誕生日、おめでとさん。

 以上デス』

 ……はぁ。
 なんや、参ったなぁ。えらいバースディプレゼントもあったもんやな。
 さりげなく男いるのバレとるしなぁ。さすがやなぁ。そのへん。
 ……。
 もう、逃げられへんわな。逃げたくもないし。
 ふぅ……よっしゃ!!
 ……遠慮なくコレクトコール、使おうやないの。
 地獄の電話料金、見せたるわ。


 12月21日

 宮内レミィ

「Muu……」
 ワタシ、一人ぼっちネ……。
 今日はワタシのBirthdayナノニ……。
「うーん、こんなもんかな?」
 どうして……?
 どうしてナノ!?
「浩之ちゃーん!! スープ出来た!! 持っていってぇ!!」
 アカリが大声出してるネ……。
「おーっ、今行く!!」
 ヒロユキも大声出してるネ……。
「どれどれ……、うん、さすがあかりね!」
「あーっ!? 志保、まだ食べちゃダメだよ!!」
「いいじゃない、どうせ減るもんだし」
 ……とても、かなしいネ……。
 ただ……。スープに調味料を入れようとしただけナノニ……。
「良かったぁ〜、コンソメスープにお酢とマヨネーズを入れるなんて聞いたことないから」
「さすがに私もびっくりしたよ……」
「……トッテモ、美味しいんだヨ……」
 ドウシテ、そんなに顔がひきつるのカナ?
「そ、想像するだけでぞっとすること言わないでよ、レミィ!!」
「さ、さすがにそれはちょっと違うんじゃないかな?」
「何言ってんの、あかり!! ちょっとどころじゃないわよ!! こーーーんなに違うわよ!!」
 シホ、両手イッパイでもたりないノ?
「ミンナに、この味を知って欲しいノニ……ひと掬い頂戴?」
 おたまで掬ったスープに、酢、マヨネーズを入れる。
 ウーン!! いい匂いネ!! 食欲をそそるヨ!!
「レ、レミィ!! あんた何入れてんの!?」
 そのとき、厨房に男子が入ってきたネ。
 ドウシテ、昔のニッポンは、男子が厨房に入っちゃいけなかったのカナ?
 料理好きな男子もイッパイいると思うノニ。
 そうダ!
「よぉ、どうしたレミィ。すごく真剣な顔して? 今日はお前の誕生日なんだから、いつも以上のSmileじゃないといけないぜ?」
「ヒロ、聞いてよ〜、レミィってば」
「ヒロユキ! これ、食べてミテ!」
「ん? ああ味見か? どれどれ?」
 ずっ……。
「あっ!! ……ヒロ……あんた……」
「浩之ちゃん……飲んじゃった……」
「美味しいよネ!?」
「……こ、これは……」
「ウンウン!!」

 ぱたっ。

「ヒ、ヒロユキ!?」
「ひ、浩之ちゃん!? しっかりして!!」
「ヒロ、どう? レミィのスペシャルスープの味は? なにか遺言はない?」
「で……」
「で?」
「伝説の地獄の料理人といわれる柏木千鶴と、レミィなら肩を並べられるぜ……」
「ヒロ……素晴らしい遺言だわ。安心して逝きなさい」
「いい加減にしなさーいっ!!」
「……」

 ワタシ、一人ぼっちネ……。

 10月9日

 姫川琴音編

 私にとって最悪の日だった。一番嫌いな……自分自身が生まれた日だったから。
 最初から生まれるべくして生まれた訳じゃなくて。
 持ちたくて持ったわけじゃない”ちから”のために、ときには蔑まれ。ときには存在さえも否定されて。
 毎日、毎日……。
 何度も逃げ出したくなって。何度自分がいなくなった方がいい、と考えたのかわからない。
 でも……。だけど……今は……。

「どうしたの?」
「えっ!?」

 だけど今は。
 
「何か考えていたようだけど?」
「い、いえ……なんでもないです」

 素直に喜べる。

「雅史さん……本当にこれ、いいんですか?」
「うん……琴音ちゃんが気に入ってくれたら良いんだけど……」

 生きてきたことを。

「はい! とても可愛いです」
「良かった……、結構迷ったんだ」

 つらかったことも。

「ふふっ……でも、これって、女の子しか入っていない駅前の店でしか買えませんよね?」
「う、うん……、正直言って恥ずかしかった……」

 優しい霧に包まれて。

「ふふふっ……」
「そ、そんなに笑わないでよ……」

 そして心から言える。

「……改めて、琴音ちゃん。誕生日……おめでとう」
「ありがとうございます……本当に、嬉しいです……」

 私に、『Happy Birthday』……。

 1月19日

 松原葵編



「はっ! はっ! はあっ!!」
 びしぃっ!!! ……ぎしっ、ぎしっ……。
 サンドバックから乾いた音が響き、それを下げる大木からはその力が伝わって、しなりがわずかに出来る。
「ふぅ……」
 左右からのワンツーからの上段回し蹴り。私のコンビネーションの軸になるものだ。
 私の得意技でもある上段回し蹴りにいかにつなげるか、がポイント。
 数多くの手数を出すのもいいけど、基本をおさえてないと、まるで意味のない攻撃になってしまう。
 自分の得意技に持って行くまでの連携を数多く身体に染み込ませないと……。
「はぁ、はぁ……葵ちゃん、ごめん、遅れちまった……」
「あ、先輩! 来て下さっていたんですか?」
「ふぅ……ああ、今日は特別ゲストもいるぜ?」
「?」
「全く浩之もだらしないわねぇ、家から走っただけで息をあげるなんて。あ、はぁ〜ぃ、葵。今日も頑張ってるわね〜、私は嬉しいわぁ」
「あ、あ、綾香さん!?」
「はぁ……はぁ……あ、綾香、お前なー、なんで『それじゃ神社までダッシュ!』なんだ?」
「いいじゃない、いい汗かけたでしょ? 浩之も良くついてきたわ。少しは鍛えてあるみたいね」
 綾香さんの家まで、3kmはあったと思うんだけど……。ダッシュってどのくらいのダッシュだったんだろう?
「と・こ・ろ・で」
「?」
「葵、いきなりだけど組み手やらない?」
「えっ!?」
「いや?」
「い、いいえ、とんでもありません!!」
「それじゃ浩之。レフェリーやって」
「ああ、わかった」



「まあ、ルールとか約束事は今更言う必要もないけどな、エクストリームのルールそのままだ。あとは、組み手って事で一ラウンド一本勝負。決着つかなくても延長は無し。んじゃ、いいか?」
「OK〜」
「わ、わかりましたっ!!」
「葵ちゃん……、そんなに固くなるなって、ただの組み手なんだから。お、それじゃまたあれやるか?」
「? えっ!?」
 そういうと先輩は私の肩をぐっと掴む。
「いいか? せぇのぉ……「「葵」ちゃんは「強いっ!!」」
「!」
 二人の声が重なり合ったけど、言っていることはわかった。
「綾香?」
「ん? 私は本当のことしか言わないわよ、葵は強いわ」
「……」
「そして、私は葵の全力と闘ってみたいだけ。いい?」
「は、はいっ!!」
 ……感じる。身体のすべての緊張感が変化していくことが。
 期待に沿うことが出来ると思う。
 すべては、目の前にいる、綾香さんに……。
「それじゃ、はじめるぞ……レディ……」
「……」
「……」
「ファイッ!!」
 ぶつけるっ!!



「はっ! はっ! はぁっ!!」
「ふっ! はっ! やぁっ!!」
 一進一退の攻防が続く。
 でも、せっかく綾香さんの胸を借りているんだから攻めなきゃ!!
「はぁぁっ!!」
 左右のワンツーから右のローキックを私が放つと、綾香さんはそれに即座に反応した。
 でも、それはフェイント。本当は、そこから切り返して右のハイキック!
「えっ!?」
 ばきいっ!!
「うおっ!」
 ずしゃあっ!!
「あ……あれ……??」
 気がついたとき、何かを入れられて倒れてしまったのは私だった。
「あれ……あ、浩之!! 今のは入ったでしょ!?」
「あ、ああ……、勝負あり! 一本だ!!」
「いたた……」
「葵……大丈夫?」
「綾香……お前、やっぱすげえ奴だな……あの二段蹴りをかわして上段回し蹴りをカウンターで入れるとはな」
「まさか? カウンターをするつもりでやったんじゃないわ。かわせないと思ったんだけど、気がついたらかわしてて私の蹴りが入ったの」
「本能ってやつか?」
「うーん、そうなるかな?」
「……」
 まだ……、まだ全然、追いついてなかった。まだ練習が足りないのかな?
「うーん、やっぱり同じ歳になっちゃうと、本当に僅差よねぇ」
「え?」
「誕生日おめでとう、葵。たった4日間だけど、私と同じ歳ね」
「あ……」
 私の誕生日が今日だって事、忘れてた……。
「ほら! 浩之!」
「え、あ、ああ……、これ、誕生日のプレゼントなんだけど」
「え……? あ、ありがとうございます!!」
 大きめな袋を受け取る。
(おい……綾香、あれ、本当にいいのか?)
(任せといて!! 葵は結構少女趣味なんだから!!)
「……え゛?」
 こ、これは……。すごくフリルがついてて、すごく色が派手なワンピースのドレス????
「ど、どお? 葵??」
 あ、綾香さん……そんな目で見つめないで下さい〜!!

 3月19日

 HMX−12マルチ編



 私がここでこの日に作られてから、もう五年が経ちました。
 誕生日(と浩之さんが決めて下さった日)の今日は年に一度の定期メンテナンスの日になります。
 まわりを見ると、もうセリオさんの妹たちですら半分以下になってきました。私の妹たちに至ってはほぼ見あたりません。皆さんはHM−12型である私の事が珍しいのか、じろじろと見ていきます。
 最近はコードネームHMX−16型が試作段階だそうです。でも、HM−14型とHM−15型は安価になってはいますがセリオさんとどこがどう以前と能力が変わってきたのかすらよくわかりません。相変わらず、感情に乏しいお顔をされています。
 主任さんが言うには『感情はこれ以上持たせてはいけない、すぐ壊れてしまうから。藤田君だからこそ、マルチを預けられるだけだ』だそうです。
 どうしてなんでしょう?
『藤田浩之様所有のHM−12型、入りなさい』
「は、はいっ」
 考え事をしながらの抜けてしまった返事に、じーっ……、とさらに皆さんの注目を浴びてしまいながら、メンテナンスルームへ入ると、いつもの通りに主任さんがいらっしゃいました。私の時だけは主任さんがいらっしゃるそうです。嬉しい反面、どうしてそうなのかは教えてくださいませんでした。
「やぁ、マルチ。ちゃんと来たね」
「はいっ! 主任さんもお元気そうで嬉しいです!!」
「じゃあ、早速調べるとしよう、そこに横になって」
 その言葉の通り、メンテナンス用のベッドにころりと横になる。そして、その後、強烈な眠気が襲ってきます。
 私はこの眠気がなんとなくあまり好きでは無くなってしまいました。
 なんとなく、まわりに私の妹たちがいなくなってしまうと、いつ私が消えてしまうか、といった気持ちになってしまうんです。

 ……………

「ああ、やはりね。これは期限切れだな、もう動作の保証が出来ない」
「HM−12は旧型だからなぁ……」
「少し高くなるが……」
「新品と交換した方がいいだろうな」

 ……………

「マルチ」
 私を呼ぶ声が聞こえる。
 アイセンサーをゆっくりと起動させると、主任の姿が確認できた。
「ん……あっ……はいっ、主任さん、何でしょう?」
「明日、同じ時間に、藤田君を私の部屋に連れてきなさい。大事な話があるから」
「?? わかりました」
 何かあったのでしょうか?

 ……………

 昨日と同時刻、私からすれば5年ぶりに入ってくる主任室。
 変わっていることといえば、本棚が一つ増えたくらいの部屋には、懐かしさを感じます。
「ったく、呼び出しといて時間に正確じゃねーからなぁ、あのオッサンは」
「でも……何でしょう?」
「うーん……全く思いつかねぇけどな」
 そして、予定時間より15分くらい過ぎた後、主任さんがやってきました。
「やぁ、藤田君。遅れてすまないな」
「ったく、なんなんすか?」
「あぁ……、マルチは席を外してくれるか? まわりでも見学してなさい」
「? は、はい、わかりましたっ」
 そういうと、私は立ち上がり、ドアの外に出た。
 懐かしい部屋、懐かしい廊下、懐かしい機械音。
 そんな中、皆さんは一生懸命仕事をしてらっしゃいます。
 私はこんなに皆さんが一生懸命な中に生まれました。ですから、私も一生懸命私が出来ることを浩之さんにしていきたいと思っています。
 そのときです。
「えっ!? HM−12型!?」
 私のことを呼ばれたのかと思い、声のする方に行くと、研究員の方が二人でなにか話していらっしゃいました。
「ああ、どうしても、交換が必要らしい」
 ……交換!?
「なんだってそんな昔のものを?」
「あれを今でも使っている人がいてな……もう限界らしいんだ」
 ……私? が……限界!?
「そうか。あれももって5年ってところだしなぁ。じゃあ、捜してみるよ」
 私……5年目……、そ、それじゃ……浩之さんを呼び出した理由って……。
 私? が? 
 い……や……です……。
 いやです、いやです、いやですっ!!
 そう思い、私はそこから逃げました。一生懸命逃げました。
 足がおぼつきません。目もなんだか少し歪んで見えるようになってきました。それでも逃げました。
 でも、私には逃げるところが思えばありません。結局浩之さんの家に戻ってきてしまいました。
 すると、鍵が開いていて、見覚えがある、あかりさんの靴が並んでいます。私がドアを思い切り閉めると、その音に気が付いたのか、あかりさんが奥から歩いてきました。
「どうしたの? マルチちゃん。そんなに慌てて……あっ!? どうしたの?? どうして泣いてるの?? 浩之ちゃんが何かしたの??」
「あ、あ……ぁ……あかりさぁぁんっ!!」
 私はそう言いながら、あかりさんに抱きついて大声で泣いてしまいました。
 そんな私を、あかりさんは何も言わずにゆっくりと抱きしめて下さると、ゆっくりと頭をなで続けて下さいました。

……………

「わ、わたし……それで……ロボットなのに……交換が怖くなってしまいまして……」
 私が泣いてしまった理由をあかりさんに説明すると、うん、と頷いて、
「そうなんだ……でも、大丈夫。浩之ちゃんは絶対そんなことさせないよ。きっとどうにかしてくれると思うよ」
 とおっしゃって下さいました。
 その中には、浩之さんがそうすることを確信している気持ちが私にもはっきり伝わってきました。

 ぷるるるるるるる……。

「あ、はいはい」
 そのとき、電話が鳴り、あかりさんがそういいながら受話器を取ります。
「はい、藤田です……あ、浩之ちゃん? うん、うん……マルチちゃんが? うん……あ、うん……それで?」
 電話は浩之さんからでした。そしてあかりさんは私をちらちら見ながら応対しています。
「うん……うん……えっ!? うん……わかった! じゃあね!」
 そして受話器を置くと、私ににこり、と微笑みました。
「マルチちゃん、大丈夫だって! 今から戻ろ? ね?」

……………

「ったく! んなこと言われたって、オレがはいそーですか、なんて言うわけねーだろ?!」
「す、すみませぇん……」
「どこで聞いたか知らないが……。確かに交換するとは言ったが、バッテリーの寿命が5年で切れるし、関節部分も少しぎこちなくなっているからバッテリーの交換と、部品のオーバーホールと、消耗部品を交換するくらいだ。ただ、部品の調達がこれから先のことを考えると少々大変で、予算がかさむかもしれないから藤田君を呼んだまでだよ」
「でも、な、マルチ、すまねぇ。これで今年の誕生日プレゼントはやれなくなっちまいそうだ」
「と、とんでもありません!!」
「良かったね、マルチちゃん」
「はい!! 私、また浩之さんやあかりさんのお手伝いが出来て……とってもとっても幸せです!!」

 12月20日

 来栖川芹香編

「それでは、芹香お嬢様の誕生日をお祝いして、乾杯!!」
「乾杯!!」
「18歳の誕生日、おめでとうございます、芹香お嬢様!!」 
「また一段とお美しゅうなられて!!」
「さすが来栖川家のお嬢様。さらに気品に磨きがかかっていらっしゃる」
 ……。
 どうして、私は、ここにいるんだろう……。
 私の誕生日のお祝い……その筈。
 でも。毎年のように来ていただく方はそうはいない。
 中には、今日初めてお会いした方もいらっしゃる。
 ……わかってる。
 殆どの人は、来栖川にお祝いを言いに来たんであって、来栖川芹香にお祝いを言いに来たんじゃないことくらい。来栖川が開くパーティーが、ただのお祝いだけですむはずがない。

『今日は芹香先輩の誕生日だよな』

 ……初めて。
 家族以外の人に誕生日のことを言われたこと。

『ささやかだけど、誕生日を祝いたいんだ』

 ……とても嬉しい。
 私自身を祝ってくれるひとが、家族以外にいてくれることが。

『そ、そうか……そうだよな』
 ……とても悲しい。
 私が望むべくもないもので断るなんて。

『ハッピバースディ芹香! 18歳の誕生日おめでとう!!』

 ……。
 私は……。

 ぽん。
 そんなことを考えていると、後ろから肩を叩かれた。ゆっくりと後ろを振り向くと、右手を軽くあげ、軽くウィンクした綾香が立っていた。
「やっほ、姉さん。おめでとっ!」
「……」
「え、ありがとう、って? いえいえ。ところで」
「?」
「どうするの?」
「??」
「ん、もう! 鈍いわね!!」
 そう言うと、綾香は耳元でささやく。
『待ってるんじゃないの?』
「!」

 ……ふるふる……。
 私はかぶりを左右に振るしかなかった。……さすがに待ってくれていない、と思う。あんな風に断ってしまったし。
 でも、綾香は大きなため息を一つつくと、頭をかきながら言う。

「ふぅ……姉さん、本気でそう思ってるの? 姉さんはそのつもりでも、あっちは待ってる……絶対!!」
「……」
「姉さん……行くなら、手を貸すよ?」
「………………」
「え? 綾香にご迷惑をかけられないって? ん、もう!」
 言うやいなや、肩にすぱん、と平手を入れられた。
 ……結構痛かった。
「そんな遠慮するほどの姉妹なわけぇ? 綾香、悲しいわぁ……」
「……」
「え? すみませんって? やぁねぇ、そんなヤワな神経してないわよ」
「……」
「そ、それはそれでかなりきついものがあるけど……」
「……」
「そんなに謝られても……、それじゃどうするの?」
「……」
「えっ?」
「………」
「なるほど……確かにリスクは少ないかも」



「あらー、本当にあっけないほど上手くいったわね」
「……」
 そう、私たちはただ出てきただけだった。
 私自身に用がある人はほんのごく少数だし、下手に騒ぎ立てるより数段上手くいくと踏んだからだ。
「それじゃ、私はここで。いい加減誰かが気づくかもしれないし、特に長瀬が来たらうるさいしねー」
 綾香は私に振り向くと、にこやかな顔をして、右手をすっと挙げた……が、その顔が一瞬にして凍り付き、眉がぴくと動いた。
「そんなにうるさいですかな、私めは」
「……」
 気がついていたのだろう、後ろにセバスチャンがすでに立っていた。
「困りますな、お嬢様方。今日の主賓が消えていなくなっては」
「……」
「お嬢様方、どうぞこちらに来て下さい」
「……」
「あーあ、仕方ないわねぇ。戻りますか」
「綾香お嬢様、戻る、とは申しておりません」
「え?」
「今宵のパーティーは2時間。もはや30分は過ぎております。ですから、あと1時間のみしかございません。藤田様とお会いできる時間は、20分ほどだと思われます。それでも参りますか?」
 こくこくこく。
 私は意味もなく3度、一生懸命頷いてしまった。
「あらー、長瀬、今日は気前が良いじゃない? ……何か裏があるの?」
「裏、というより、表も表、でございます。旦那様からお言いつけがございました」
「へっ?!」
「……」
「今しがた出て行かれた芹香お嬢様を、大切なお友達がお待ちになるところまで連れて行くように、と」
「……」
「へー……父さんも変なとこあるわねぇ」
「芹香お嬢様は、めざましいほど明るくなられた。それをたいそう旦那様はお喜びでございます。それに、その、なんと申しましょうか……」
「まあ、父さんはなるようになるさ、みたいなところがあるからねぇ」
「まさしく……ごほっ、ごほっ……」
「あはは、大丈夫、聞かなかったことにしてあげる。そのかわり、早く行ってよ、一分でも長くいられるようにさ」
「わかりました。では、お乗り下さい」



「はい、姉さん、携帯電話。浩之の番号も聞いておいたわ」
「……」
「え? そりゃ本人から……」
「……」
「んもー、浩之は姉さん一筋だから大丈夫だって」
「芹香お嬢様、到着いたしました」
 浩之さん……。
 いらっしゃって下さい……。
 そして、私と……会って……。

 ぷるるるる……かちゃ。

『はい、藤田ですけど』

 11月24日

 雛山理緒編

「はい、今日は終わり。雛山さんもお疲れさまでした」
「はい!! ありがとうございます!! では、また明日も宜しくお願いいたします!!」
 ふぅ……今日もゲームセンターのバイトが終わった……。
 ん? もう12時なんだ……。早く帰って寝ないと、明日の新聞配達の時間に間に合わないなぁ……。急いで帰ろう。
 そう考えて勢い良く外に飛び出した、けど……。
「さ、寒ぅ〜……」
 もう紅葉の季節も終わっちゃって、夜の気温は冬にまっしぐらに向かっている。
「ふぅ……早く帰って布団の中で暖まろう……」
 急いで帰路につくことにする。
 良太達が起きているときはこたつがあるけど、9時になると良太達は眠っちゃうから、消してしまう。
「はぁ……あ!!」
 ため息のように白い息を吐いて、空を見上げると、特別なこれがあったことに気付く。
 寒くなってくると、星の瞬きがより美しく輝いているんだ。
 まわりには誰もいない。私だけ、この美しい星空を満喫できる。
「……うん!」
 私はこんな、自然のくれるプレゼントが、とてもとても嬉しかった。



「………あれ?」
 部屋に電気が付けっぱなしだった。
「全く……電気代がもったいないから、ちゃんと消してね、って言ってるのに……」
 合い鍵を差し込み、からからと開ける。すると。
「ねーちゃーん……お帰りぃ〜……ふわぁっ……」
 目をこすりながら、あくびをしながら、私の弟が、ふらふらと立っていた。
「りょ、良太!? どうしたの!? こんな時間まで!?」
「……今日……じゃないや……昨日は……ねぇちゃんの誕生日だったよな……」
「え……!?」
 そう、私の誕生日は、ついさっき、12時で昨日になった。
「プレゼントとか……、なにもないけど……、おめでとぅ……」
「……」
「これしか言えないんだけどな……、それじゃぁ……寝るぞ……」
「……うん、ありがと」
「ねむ……、あ、こたつは消えてるぞ」
「はいはい」
「おやすみ」
「うん、おやすみなさい……」
 ……ありがとう、良太……。

 1月23日

 来栖川綾香編


「それでは、綾香お嬢様の誕生日をお祝いして、乾杯!!」
「乾杯!!」
「17歳の誕生日、おめでとうございます、綾香お嬢様!!」 
「また一段とお美しゅうなられて!!」
「さすが来栖川家のお嬢様。さらに気品に磨きがかかっていらっしゃる」
 あー、もー、姉さんと同じセリフ言ったりして、学習能力、ってのがないのかしら?
 本当、誕生日は鬱陶しいわ。
 こんな着たくもないドレスも着なくちゃならないし、つまらない話にわざわざにこにこしてなくちゃならないしで、楽しさの欠片もありゃしない。
「ふぅ……」

 ぽんぽん。

 そうため息を一つつくと、後ろから肩を二三度叩かれる。
 この綾香さんが気づかないうちに後ろを取れるのはこの世にそうはいない。
 きびすを返すと、やはり予想通りの人、姉さんが立っていた。
「………」 
「え? おめでとうって? ありがと、姉さん」
「…………」
「え? なんだか嬉しそうじゃないって? ううん、そんなことはないわ、ただ……」
「……………」
「……見抜かれてる、か。でも、そんなことはあまり言う事じゃないと思ってね」
「………」
「えぇ? 私が言っても全然聞こえないから大丈夫、ですって? あははっ!! 姉さん、そんな冗談も言うようになったのね〜」
「………」
「冗談ではありません、って? 違うわよ、そんな面白いことを言えるようになったんだなぁ、って。やっぱり、あの人のおかげ……かな?」
「……」
 赤くなって下に俯いてる……。
 姉さんには最近、気になる男性がいる、ということは聞いていた。
 あの! 姉さんが、気になるってどんな人なんだろう、と思ってた。
 見に行こうと思ったら、木に登りあげてしまった猫を助けようとした男の子がいたのよね。そのときはこの人とは思わなかった。そのときにぱんつ見られたけど、あの状況で見るな、というのも、健康な男の子には酷な話しよねぇ。
 ま、それはいいとして。
 その後、町中でたびたびあって。
 思い出話までしちゃって。
 ケータイの番号まで教えちゃって。
 そして、私と勝負して……楽しかった。すごく、すごく。今までのどんな時よりも。
 ちら、と姉さんの方を見る。
「?」
 私の方が先に出会っていれば、と思ったこともある。
 でも、姉さんの中の彼は、どんどん大きくなっていっている。
 私にはわかる。だって、姉妹だもの。

 なでなで

「え?」

 なでなで

「ね、姉さん……、どうしたの?」
「…………」
「私がつらそう、って? そんなことはないわよ、全然」
「……………」
「えっ!? 姉妹だから、それくらいの嘘はわかるって!? そ、そうなの??」
 私がそう言うと、姉さんは、にこり、と微笑んだ。
 そして、一言。
「……………」
 というと、きびすを返す。
「へっ?」
 今まで言ったことがないような間抜けな声を出してしまう。身体が一瞬動かなかった。
 私はそのセリフが信じられなかったのだ。姉さんは、姉さんは……。

 私、負けません。

 と言ったのだ。
 まさか、成績とか、なにかの実力とか、そんな類ではないだろう。
 ……わかってる。そして、姉さんにはわかってたんだ。
 姉さん、わかってるの? 今の発言の重さを。
 綺麗事じゃ済まないかもしれない。
 仲の良い姉妹ではいられなくなるかもしれない。
 私の中で、自らを頑丈に縛り上げた鎖に、いくつもの亀裂が入ってしまった。
「姉さん」
 姉さんの後ろ姿を見やると、普段の姉さんからは考えられないような絶対の自信が感じられた。
 そんな中でつぶやくように言う。
「もう、私、止まれないからね……」

 2月12日

 HMX−13セリオ編



「主任」

「ん? なんだい、セリオ」
「先程、藤田浩之様所有のマルチさんにお会いしたときに、このようなものを頂いてしまいました。辞退するのも申し訳ありませんでしたのでお受け取りいたしましたが、これはどのように扱えばよろしいでしょう?」
「ほぉ……これは……」
「どうなされたのですか? 私がCTで調べたところでは、危険物などは発見できませんでしたし、マルチさんがそのようなものを渡すとは到底思えませんが」
「あ、いや、そういうわけではないんだ。セリオ、これは君の部屋に持っていきなさい」
「私の部屋へ?」
「あぁ。それで、その中身を開けてみたまえ」
「はい、わかりました。失礼いたします」
 私はそう言い、主任に一礼すると、部屋へと向かった。
 包装紙に包まれたそれは、独特のやわらかさがあり、何かの布、もしくは繊維質と予想され、その布の中に何かの厚紙が入っていることは先程の検査で確認している。
 部屋に着き、早速主任の言われたように、袋を開けてみる。
「?」
 複雑な毛糸の編み目により、衣服として着用できるものに仕立て上げたものが出てきた。
 検索……終了。これはセーターと呼ばれる衣服の一種。
 そして、セーターの中から出てきた厚紙には、
『お誕生日おめでとうございます、セリオさん』
 と書かれていた。
 ……どういうことなのだろう?
 この単語の意味と、このセーターは何かつながりがあるのだろうか。
 そもそも、おめでとう、というのは誕生日とどのような関係があるのだろうか。
 わからない。

 こんこん

「セリオ、入っていいかね?」
「はい、どうぞ」
「どれどれ? あの袋には何が入っていたかね?」
「これとこれです」
「ふむ……」
「主任、これはいかなる意味があるのでしょうか?」
「うん。これはな……セリオ、お前が目覚めたのはいつか覚えているか?」
「はい、今からちょうど4年前の今日でございます」
「うん、つまり、君の誕生日が今日になるわけだな。セリオが生まれたことを、……セリオに出会えたことを心の底から喜んで、そしてありがとうの気持ちを品物で必死に表そうとしたんだ。それでマルチは君に贈り物を贈ったわけだ」
「……」
「人間の世界では、とても仲の良い『友達』の誕生日にはこうやって気持ちを表すことがあってね。うん、マルチも良くしてもらっているよ。去年の誕生日に贈り物を浩之君に貰ったのだろう。それで、マルチもセリオに品物を贈ろうとしたんだね」
「……」
「着てみたらどうだい? そして私に見せてくれないか?」
「わかりました」



「どうでしょうか、主任」
「うん……なんかそこら辺、ほつれていたりするなぁ。マルチが自分で編んだんだろうな」
「でも……」
「うん」
「どのように表現して良いかわかりません」
「大丈夫だ。君の顔が表しているから」
「?」
「それは『嬉しい』という感情だ。良く覚えておきなさい」

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