群馬の城郭


箕輪城発掘調査現地説明会

平成13年11月18日(日)


・三の丸遺構

(参考−1)
・三の丸通路全景

写真中央奥が虎口です。

三の丸の虎口から幅5mの通路と両側に石垣が確認されました。(H12にて)
さらに調査を進めると、大量の石が出土しましたが崩落したためと考えられます。
当時の通路面はこの崩落した石のさらに下にあります。
       〜発掘調査説明会資料より〜

(一言)
秋○さん肖像権侵害ですがゆるしてネ。


虎口側から撮影



通路右側の拡大



通路左側の拡大

右隅に見える石垣は発掘する前から存在のわかっていた石垣です。(井伊氏の時代の石垣)



三の丸の隅に埋まっていた土塁と石垣です。
階段状に石を積んだ土塁で、この時期の曲輪は南西方向(写真右側方向)に傾斜のあったことがわかりました。
ある時期(16世紀後半〜末葉か)に土で埋めて(深いところで2mほど)平らな曲輪にしたことがわかりました。
なお、このような階段状に石を積む土塁は、箕輪城城主北条氏邦が城主を兼任していた鉢形城(埼玉県寄居町)でも検出されていて、その類似性が注目されます。
       〜発掘調査説明会資料より〜


下の写真と組です。
写真上(奥)が大堀切です。またこの右側には井伊氏の時代の高石垣があります。





上の写真と組です。



「箕輪城発掘調査現地説明」のトップへもどる